インボイス制度(適格請求書等保存方式)において、未登録の取引先に発注し続ける発注側(課税事業者)が控除できない消費税の割合は、段階的に増えていきます。2026年10月から、発注側の控除不可額はそれまでの2.5倍になりました。月100万円(税抜)の業務委託を受けているフリーランスであれば、発注側の年間控除不可額は約24万円から約60万円へと増えています。
次の変化は2029年9月末です。この時点で経過措置が完全に終了し、2029年10月以降は発注側の控除不可額が消費税の全額(100%)になります。同じ月100万円の委託に対して、発注側の年間控除不可額は約120万円になります。
「なぜ発注側がインボイス登録を求めてくるのか」という疑問は、この控除不可額の計算で説明がつきます。この記事では、経過措置の3段階にわたる変化を委託費の金額ごとに一覧にし、この計算が当てはまらない例外と、発注側が動く順序を整理します。
控除不可額が、発注側にとってインボイス登録を求める動機になる
消費税の申告において、発注側(課税事業者)は「仕入税額控除」という仕組みを使うことができます。取引先に支払った消費税を、自社が納めるべき消費税から差し引ける制度です。たとえば、ある月に売上で預かった消費税が100万円、取引先への支払いで実際に支払った消費税が60万円であれば、発注側が納める消費税は差引40万円になります。
ところが、取引先がインボイス(適格請求書)を発行できる登録事業者でない場合、原則としてこの控除ができなくなります。控除できなかった消費税分は、発注側が余分に納める税額として現れます。金額が大きい委託関係ほど、この差も大きくなるため、発注側の担当部門が「インボイス登録をお願いしたい」と動く動機になります。
インボイス制度の開始直後からすぐに全額が控除不可になるわけではなく、「経過措置」として一定の割合は控除を認めることとされています。ただし、この経過措置は段階的に縮小します。
「インボイス制度の実施後、一定期間は、インボイスを受領できない場合でも仕入税額相当額の一定割合を仕入税額とみなして控除できる経過措置が設けられています」
出典:国税庁「消費税の仕入税額控除制度における適格請求書等保存方式に関するQ&A」問111
第1段階(2023年10月〜2026年9月)では、控除不可は消費税相当額の20%にとどまっていました。2026年9月末でこの段階が終了し、2026年10月から第2段階に入っています。控除不可の割合は20%から50%へと上がっています。
発注側の控除不可額は3段階で増える
経過措置は3段階に分かれており、段階が進むごとに発注側の控除不可割合が増えていきます。
| 期間 | 仕入税額控除 できる割合 |
控除できない割合 (控除不可率) |
状況 |
|---|---|---|---|
| 令和5年10月〜令和8年9月 (2023年10月〜2026年9月) |
消費税相当額の80% | 20% | 終了 |
| 令和8年10月〜令和11年9月 (2026年10月〜2029年9月) |
消費税相当額の50% | 50% | 現在ここ |
| 令和11年10月以降 (2029年10月〜) |
控除なし | 100% | 次の段階 |
出典:消費税法附則第52条・第53条。国税庁「消費税の仕入税額控除制度における適格請求書等保存方式に関するQ&A」問111
2026年10月の時点で、現在は第2段階にあります(この記事の執筆は2026年10月です)。2026年9月末で第1段階が終わり、控除不可の割合が20%から50%へと上がりました。次に変化するのは2029年9月末です。
委託費の金額別・年間控除不可額の変化
発注側が実際に感じる「控除できない金額」の水準を、委託費のパターン別に示します。消費税率10%・税抜の委託費を基準にした年間の概算です。
| 月の委託費 (税抜の目安) |
〜2026年9月まで (不可20%)年間 |
2026年10月〜2029年9月 (不可50%)年間 |
2029年10月以降 (不可100%)年間 |
|---|---|---|---|
| 月20万円 | 約4.8万円 | 約12万円 | 約24万円 |
| 月50万円 | 約12万円 | 約30万円 | 約60万円 |
| 月100万円 | 約24万円 | 約60万円 | 約120万円 |
| 月200万円 | 約48万円 | 約120万円 | 約240万円 |
消費税率10%・税抜金額で計算。控除不可額の概算=月委託費(税抜)×10%×不可割合×12か月。発注側が一般課税(本則課税)を選択している場合の計算です。
月50万円(税抜)の委託を受けているフリーランスの場合、2026年10月以降は発注側の年間控除不可額が約30万円になります。2026年9月まで(約12万円)の2.5倍です。2029年10月以降はさらに約60万円になります。
月100万円以上の委託では、2026年10月以降の発注側の年間控除不可額が60万円を超えます。この水準になると、発注側の財務・税務担当が「対応が必要か」と具体的に検討しやすくなります。
2026年10月から控除不可額が2.5倍になった
2026年9月末で、インボイス制度の第1段階の経過措置が終了しました。第1段階(2023年10月〜2026年9月)では、発注側の控除不可は消費税相当額の20%でした。月100万円(税抜)の委託に対して、発注側の月あたりの控除不可額は2万円(年24万円)にとどまっていました。
第2段階(2026年10月〜2029年9月)では、この割合が50%に上がります。月100万円の委託に対して、発注側の月あたり控除不可額は5万円(年60万円)になります。第1段階と比べて2.5倍の増加です。
インボイス制度が始まった2023年には「経過措置があるからしばらく様子を見てもいい」という判断が広まりました。それから3年が経ち、その経過措置の第1段階が2026年9月末で終わりました。制度開始当初は急かしてこなかった発注側が、2026年10月以降に改めて取引先への対応を検討し始める可能性があります。特に月100万円以上の大口委託で控除不可額の増加が目立つため、その規模の取引を持つ発注側ほど動きやすくなります。
2029年9月末が次の分岐点になる
現在(2026年10月〜2029年9月)の第2段階では、控除不可は消費税相当額の50%です。この状態は2029年9月末まで続きます。2029年10月から経過措置が完全に終了し、控除不可は消費税の全額(100%)になります。
月50万円(税抜)の委託に対して、2029年10月以降の発注側の年間控除不可額は約60万円になります。現在(2026年10月〜2029年9月)の約30万円から、さらに2倍の水準です。月200万円の委託では、年間240万円が控除できなくなります。これは発注側が毎月20万円を「インボイス未登録の取引先との取引コスト」として実質負担し続けることを意味します。
2029年9月末の期限は、この記事の執筆時点(2026年10月)からまだ3年先です。ただし、「期限が迫ってから動く」とは限りません。定期的な業務委託契約の更新、期末の税務処理の見直し、新規取引の開始時など、契約関係を整理するタイミングに合わせて確認が入ることがあります。
月100万円以上の大口委託を複数のフリーランスから受けている発注側は、合計した控除不可額が大きくなります。「まとめて対応する」という動きが起きやすいのも、複数の取引先への控除不可額の合算が無視できない金額になってきたときです。
簡易課税を選択している発注側には、この計算は当てはまらない
ここまでの計算は、発注側が「一般課税(本則課税)」を選択している場合に当てはまります。発注側が「簡易課税」を選択している場合は、取引先のインボイス登録有無が発注側の消費税の計算に影響しません。
簡易課税とは、仕入れにかかる消費税を実際には計算せず、売上にかかる消費税に「みなし仕入率」を掛けて納税額を求める方式です。取引先から受け取った請求書がインボイスかどうかを確認する必要がないため、インボイス未登録の取引先と取引を続けても、発注側の消費税の計算は変わりません。
「簡易課税制度を適用している課税期間においては、(中略)適格請求書等の保存を要件とする仕入税額控除の規定は適用されません」
出典:国税庁「消費税の仕入税額控除制度における適格請求書等保存方式に関するQ&A」問81
簡易課税を選択できるのは、基準期間(前々年または前々事業年度)の課税売上高が5,000万円以下の事業者です(消費税法第37条)。個人事業主や小規模の法人が多く該当します。地域の工務店、個人経営のサロン、地方の中小メーカーなど、売上が数千万円規模の取引先は、簡易課税を選択しているケースがあります。
「発注側が簡易課税かどうか」を外部から確認する公的な手段はありません。ただし、次のことが判断の参考になります。
- インボイス制度が始まって3年以上経過した2026年10月時点でも、登録についていっさい言ってこない発注先がある場合、簡易課税を選択している可能性があります。ただし、単に後回しにしているだけのケースもあります。
- 発注先の規模感が比較的小さい(年間売上高が5,000万円以下の可能性がある)場合は、簡易課税の選択肢がある事業者です。ただし、要件を満たしていても一般課税のままの事業者もいます。
- 「簡易課税を選択されていますか」と直接確認することが最も確実です。この情報の開示義務はありませんが、担当者に聞けば教えてもらえることがほとんどです。
簡易課税であることが確認できれば、少なくとも「控除不可額が増えるからインボイス登録を求める」という動機は、その発注先には存在しないと分かります。消費税の仕組みを理由にした交渉圧力はかかりません。
なお、複数の発注元を持つフリーランスの場合、一部は一般課税、一部は簡易課税という組み合わせになっていることがあります。「一般課税の取引先から求められ、簡易課税の取引先からは言われない」という状況は実際に起こり得ます。
発注金額が大きいほど早めに求めてくる
インボイス登録を求める際の順序として、「控除不可額が大きい取引先から先に動く」という傾向があります。月100万円以上の委託を受けているフリーランスは、発注側の年間控除不可額が現時点(2026年10月以降)で60万円を超えており、発注側が具体的な対応を検討しやすい水準にあります。
月20万円以下の小口委託や単発案件については、年間の控除不可額が相対的に小さいため、後回しにされることがあります。「わざわざ取引先に登録を求める手間が、得られる控除額に見合わない」と発注側が判断するケースです。2029年10月以降の経過措置終了後も、少額の取引先については特に動かない発注側も存在します。
ただし、発注先が複数の小口フリーランスと取引していて、合計すると控除不可額が大きくなっている場合は、まとめて対応を求めてくることがあります。「一件あたりは少額でも、全取引先を合算すると無視できない金額になっている」という状況です。
業種ごとにも傾向が異なります。
- 建設業のように元請け・下請け・孫請けの重層構造がある業種では、元請けが下請けに求め、下請けが孫請けに求めるという形で、順番に登録要請が下りてくることがあります。
- 軽貨物運送のように配送代行会社が複数の個人ドライバーと取引している場合、大規模な業務委託管理の見直しの中でまとめて確認を求めるケースがあります。
- 翻訳・ITフリーランスのように、発注元が一定規模以上の法人(翻訳会社・システム会社)である場合は、経理部門が主導して取引先に一斉に確認を送ることがあります。
各業種の委託構造と、発注側の課税方式(一般課税か簡易課税か)の組み合わせによって、登録を求められるタイミングと内容が変わります。自分の業種における具体的な試算は、以下のツールで確認できます。
各業種の試算ツール
インボイス登録の有無が自分の手取りにどのくらい影響するかを、業種別に試算できるツールを用意しています。試算は無料です。発注側への交渉の根拠となる相談シートは、各ツールの有料版に含まれます。
- 建設の一人親方のインボイス試算ツール 建設業の下請け・孫請け構造における影響を試算します。
- 軽貨物ドライバーのインボイス試算ツール 配送委託契約における試算と、元請けへの相談シートが含まれます。
- 通訳・翻訳者のインボイス試算ツール 翻訳会社・エージェントへの発注構造を前提にした試算です。
- 美容師・ネイリスト・アイリストのインボイス試算ツール 美容室・サロンとの歩合型業務委託を前提にした試算です。
- フリーランスエンジニア・デザイナー・ライターのインボイス試算ツール IT・クリエイター業種向けに、フリーランス保護法の交渉根拠も確認できます。
- イラストレーター・漫画家・声優・ナレーターのインボイス試算ツール 著作権業務委託を前提にした試算です。
- 訪問介護ヘルパー・登録ヘルパーのインボイス試算ツール 介護報酬ベースの業務委託を前提にした試算です。


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