訪問介護事業所からインボイス登録を求められた。事業所が求める計算を確認してから返答する。

訪問介護事業所からインボイス登録を求められたとき、返答する前に事業所側の計算を確認してください。登録を求める動機は「仕入税額控除の金額が変わるから」ですが、介護報酬が非課税売上の中心である訪問介護事業所にとって、ヘルパーへの業務委託料の控除不可額は他業種の発注者より小さいことが多いです。仕組みを理解してから交渉の場に入ることで、返答の根拠が変わります。

事業所がヘルパーに登録を求める計算は、業務委託料だけが対象になる

訪問介護事業所の主な収入は介護報酬です。国民健康保険団体連合会(国保連)を通じて支払われる介護報酬は、消費税法の非課税売上に分類されます(消費税法別表第一第6号)。利用者が負担する1割・2割・3割の自己負担分も同様に非課税です。

そのため、訪問介護事業所では「課税売上割合」が低くなりやすい構造があります。課税売上割合が95%未満の場合、仕入税額控除は個別対応方式または一括比例配分方式で計算します(消費税法第30条第2項)。この場合、課税仕入れのうち控除できる金額は課税売上割合に比例して小さくなります。

登録ヘルパーへの業務委託料は、この「課税仕入れ」の一部です。ヘルパーが適格請求書発行事業者(インボイス登録済みの課税事業者)でない場合、経過措置の期間に応じて、業務委託料の消費税相当額の一部または全部が控除できません。

ヘルパーへの業務委託料が月20万円(税抜き)のとき、事業所の控除不可額の変化は次の表のようになります。

時期 経過措置(免税事業者からの仕入れ) 控除不可額(月20万円の業務委託料) 年間の控除不可額
2023年10月〜2026年9月 80%まで控除可(控除不可:20%) 20万円 × 10% × 20% = 4,000円/月 約48,000円/年
2026年10月〜2029年9月 50%まで控除可(控除不可:50%) 20万円 × 10% × 50% = 10,000円/月 約120,000円/年
2029年10月以降 控除なし(控除不可:100%) 20万円 × 10% × 100% = 20,000円/月 約240,000円/年

出典:国税庁「消費税法改正のお知らせ」(令和5年版)。経過措置:令和5年10月〜令和8年9月は80%控除可、令和8年10月〜令和11年9月は50%控除可、令和11年10月以降は控除なし(消費税法附則第52条・第53条)

2026年10月は経過措置の第2段階に移行しました。前の時期(2023年10月〜2026年9月)は控除不可額が月4,000円でしたが、2026年10月以降は月10,000円に上がっています。この変化が、今年10月以降に事業所からの連絡が増えている理由のひとつです。

介護報酬が非課税だから、控除不可額は他業種の発注者より小さい

同じ「月20万円の業務委託料」でも、発注者の業種によって事業所全体への影響は大きく変わります。

たとえば、売上のほぼすべてが課税売上のIT企業が複数のフリーランスエンジニアに業務委託しているとします。課税売上割合が95%以上の企業は、仕入税額控除を原則として全額使えます。そのため、外部委託先がインボイス未登録であれば、控除できない消費税がそのまま費用として積み上がります。

訪問介護事業所では状況が異なります。介護報酬が売上の多くを占めるため、課税売上割合が低くなります。課税売上割合が低い事業所では、業務委託料に対する仕入税額控除の恩恵も、計算上は課税売上割合が高い事業者より小さくなります。

控除不可額の金額を把握することは、交渉の根拠として有効です。「年間でどのくらいの金額が問題になっているのか」を確認しておくと、要求の大きさに対して返答しやすくなります。月20万円の業務委託料で2026年10月以降の控除不可額は月1万円、年間12万円です。この金額をどう折り合いをつけるかが、協議の出発点になります。

登録ヘルパーが受ける3つの場面

訪問介護事業所からの連絡は、内容によって3つに分けられます。

場面①「インボイスに登録していますか」と確認される

状況を把握しようとする連絡です。「登録していません」と答えるだけで構いません。その時点で何かを決める必要はなく、確認に対して答えることは、登録を約束することではありません。

場面②「登録しても報酬は変わりません」と言われる

報酬を据え置いたまま登録を求めるパターンです。登録するかどうかはヘルパー自身の判断ですが、インボイス登録をすると消費税の課税事業者になり、納税義務が生じます。

2026年9月末をもって2割特例(インボイス登録後の最初の期間、消費税の納税額を売上消費税の20%に軽減する特例)の適用期間が終了しています。現時点では2割特例は使えません。簡易課税制度(第5種サービス業・みなし仕入率50%)を選択すれば負担を抑えることはできますが、事前の届け出が必要です。報酬が変わらないまま登録することで、手元に残る金額が変わる可能性があります。

場面③「登録しないと契約の更新が難しくなります」と言われる

圧力に近い表現です。即答する必要はありません。次の「返答の前に確認すること」を先に行ってください。

インボイス登録後に変わる3点

登録の判断をする前に、登録後に何が変わるかを整理してください。

消費税の申告・納税が必要になる

免税事業者である間は、消費税を受け取っても納税の義務がありません。課税事業者になると、年間の消費税の申告・納税が必要になります。

訪問介護ヘルパー(サービス業・第5種)であれば、簡易課税を選択した場合、みなし仕入率50%で計算します。月20万円の業務委託料(税抜き)に対して消費税は2万円です。簡易課税の場合、納税額は2万円 × (1 − 50%) = 1万円になります。年間で12万円の納税額が発生します。報酬が変わらなければ、この分が手元から減ります。ただし、簡易課税を選択するには事前の届け出(原則として前課税期間中の届け出)が必要です。

事務負担が増える

課税事業者になると、消費税の申告書の作成・提出が毎年必要になります。帳簿の記載方法も変わり、適格請求書の様式を整える必要が出てきます。税理士に依頼する場合はその費用も発生します。

登録は事業所の依頼に応じるためではなく、自分の状況に照らして判断することです。報酬の変更条件を確認しないまま登録することは、後から取り消しが難しくなるため(登録取り消しは届け出が必要で、原則として翌課税期間からの適用)、慎重に進めてください。

返答の前に確認すること3点

1. 書面で残すよう求める

口頭での要求は記録に残りません。「書面でお送りいただけますか」と返すだけで構いません。書面を用意できない場合、後から条件を変えやすくなります。メールで受け取っている場合は削除せずに保管してください。記録を残すことは、後の協議で自分の立場を守ることにつながります。

2. 変更の根拠を尋ねる

「インボイスの登録を求める理由と、報酬についてどのように変更する予定かを書面で教えてください」と聞いてください。根拠を示さないまま登録だけ求める要求には、協議の余地があります。根拠が示されれば、それに対して返答できます。

3. 即答しない

その場で「わかりました」と答えることは避けてください。登録後に不利な条件に気づいても、すぐには戻せない場合があります。簡易課税や本則課税の選択にも届け出の期限があります。「確認してから返答します」と伝えることは問題ありません。

協議なしに報酬を据え置くことは問題になる

5省庁(公正取引委員会・財務省・国税庁・中小企業庁・消費者庁)は、インボイス制度導入にともなう取引上の問題についてQ&Aを公表しています。

「免税事業者であった仕入先が課税事業者に転換した場合、新たに納税が必要となる消費税分について、①仕入先と明示的に協議することなく取引価格を据え置くことは、独占禁止法上の優越的地位の濫用又は取適法上の買いたたきとして問題となるおそれがある」

出典:5省庁「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」(令和8年1月30日改正)Q5

「明示的に協議することなく」という点が重要です。事業所がヘルパーに登録を求め、そのまま報酬を変えない場合は、Q5に示す問題となるおそれがあります。ヘルパーが登録することで消費税の納税義務が発生します。その負担分について、事業所は協議を経ることが求められます。

また、同Q&AのQ7では、発注者がインボイス登録をするかどうかの意思決定に対して不当な影響を与えることは問題となるおそれがあると示されています(要旨)。インボイスに登録するかどうかはヘルパー自身の判断であり、事業所がその決定を急かしたり、強制的な状況をつくったりすることは認められていません。

「登録しないと契約の更新が難しくなります」という表現がこの「不当な影響」に当たるかどうかは、実際の状況によって判断が変わりますが、記録に残しておくことで相談窓口に状況を伝えることができます。

フリーランス保護法が適用される場合

2024年11月1日に施行された「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(フリーランス保護法)は、個人として業務委託を受けている登録ヘルパーに適用される可能性があります。

フリーランス保護法の対象となる「特定受託事業者」は、業務委託を受ける側が従業員を雇用していない個人または法人です(同法第2条第1項)。多くの登録ヘルパーはこの条件を満たします。

業務委託の期間が「1か月以上継続するもの」である場合に限り、報酬引き下げ禁止などの保護規定が適用されます(同法第12条〜第17条)。週1〜数回の定期的な業務委託であれば、通常は1か月以上継続するものとして扱われます。なお第5条(就業環境整備義務)は6か月以上の継続的業務委託が条件です。

1か月以上継続する業務委託の場合、発注側には次の行為が禁じられます(同法第12条〜第17条)。

  • 合理的な理由のない業務内容の変更
  • 合理的な理由のない報酬の引き下げ
  • 不当な成果物の受領拒否
  • 契約終了前30日以内の中途解除・不更新の通知
  • ハラスメント行為

出典:特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(令和5年法律第25号)第12条〜第17条

「登録しないと契約の更新が難しくなります」という言い回しが、合理的な理由のない契約の不更新を示唆するものとして問題になるかどうかは、実際の状況によって変わります。迷ったときは、フリーランス・トラブル110番に相談できます。

事業所の規模で適用される法律が変わる

フリーランス保護法では、発注者の規模によって義務の範囲が異なります。

発注者の区分 条件 主な義務の範囲
特定業務委託事業者 従業員を1人以上雇用している個人または法人 書面交付・60日以内支払・不当な報酬引き下げ禁止・ハラスメント防止体制・中途解除の30日前通知
業務委託事業者(特定なし) 従業員を雇用していない個人または法人 書面交付・60日以内支払のみ

出典:特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(令和5年法律第25号)第2条・第3条・第13条〜第17条

訪問介護事業所として介護保険法の指定を受けている場合、サービス提供責任者の配置は人員基準の要件のひとつです(指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準・厚生労働省令第37号・第5条)。そのため、ほとんどの訪問介護事業所は従業員を雇用しており、「特定業務委託事業者」に当たります。特定業務委託事業者に対しては、表に示した保護規定がすべて適用されます。

報酬の変更や契約の不更新について一方的な通知を受けた場合、フリーランス保護法の問題として相談できます。

登録するかどうかを判断するための確認リスト

事業所から登録を求められたとき、次の5点を確認してから返答することをすすめます。

  • 今の報酬は内税か外税か:業務委託契約書または通知書で確認する。内税(消費税込みで一つの金額)の場合、登録後の納税額が手取りから出る形になる
  • 事業所は報酬の変更を提案しているか:「報酬は変わりません」という場合、協議の申し入れをする根拠がある
  • 業務委託期間は1か月以上か:1か月以上継続する業務委託であれば、フリーランス保護法の報酬引き下げ禁止規定が適用される
  • 事業所に従業員はいるか:訪問介護事業所として指定を受けている事業所は原則として従業員を雇用しており、フリーランス保護法の特定業務委託事業者に当たる
  • 要求は書面で届いているか:口頭のみの場合は書面での確認を求める。記録があると相談窓口での対応がしやすくなる

5点の確認が終わってから、事業所に返答する内容を決めてください。

相談できる窓口

インボイス登録を求められた経緯や、条件変更の対応に迷ったときは、次の窓口に相談できます。いずれも無料で、匿名での相談を受け付けている窓口もあります。相談の際は、事業所から受け取ったメール・書面の内容、業務委託料の金額、契約の継続期間を手元に用意しておくと話が進めやすくなります。

公正取引委員会(相談窓口)
独占禁止法・下請法・取引適正化法に関する相談。協議なしの報酬据え置きや取引上の圧力について相談できます。
電話:03-3581-3373(受付時間:平日9:00〜12:00 / 13:00〜17:00)

中小企業庁 インボイス相談窓口
インボイス制度全般の相談。フリーランス・個人事業主からの相談を受け付けています。
電話:0570-090-340

フリーランス・トラブル110番(厚生労働省委託事業)
フリーランス保護法に関する相談。報酬の引き下げ・一方的な条件変更・中途解除・ハラスメントについて相談できます。
電話:0120-532-110(受付時間:平日9:30〜17:30)

→ 登録ヘルパーのインボイス試算ツール(業務委託料の金額を入れると、登録した場合・登録しない場合の手元に残る金額の変化が確認できます)

インボイス登録の判断と、報酬の交渉は別の問題

インボイスに登録するかどうかと、報酬をどうするかは、分けて考えてください。

登録しないまま業務委託を続けることもできます。登録した上で、消費税の納税分を考慮した報酬の上乗せを事業所に協議することもできます。登録するかどうかの判断は一人親方・登録ヘルパー自身のものです。事業所が求めているという理由だけで、急いで決める必要はありません。

事業所に協議を求める際は、「消費税の納税額がこれだけ増えるので、この分を考慮した報酬に変更してほしい」という具体的な数字を示すと話が進めやすくなります。その試算には試算ツールを活用してください。

この記事を書いた人

業種別のツールを、一人で作っています。開業前の収支シミュレーター、法定研修キット、資格の問題集。どれも、厚生労働省の告示や調査の原文を自分で確かめてから数字を組み込んでいます。使う人が「この数字、合ってるか」と不安になるようなツールは作りたくないので。

上場企業で20年間、営業ひとすじ。電話営業・インサイドセールスから、約70名のチームのマネジメントへ。現場で「根拠のない数字」が判断を狂わせる場面を見続けてきたせいか、ツールを作るときも出典を確かめずにはいられません。

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