福祉事業の開業、損益分岐点はどう考えるか。6サービスの収支差率と稼働率の試算。

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福祉事業の収支差率は、サービスによって違う

福祉事業の開業を考えるとき、「黒字になるのかどうか」は最初に知りたいことのひとつです。ただ、どのサービスで開業するかによって、損益分岐点の達しやすさはかなり変わります。

国の調査をもとに6つのサービスの全国平均収支差率を並べると、就労移行支援の5.2%から訪問看護の10.3%まで幅があります。開業前の試算をするなら、まずこの数字が「全国の事業所の平均がどの水準か」の目安になります。

この記事では、損益分岐点の考え方と、稼働率が収支に与える影響をサービス横断で整理します。

損益分岐点とは、月の収支がゼロになる水準

損益分岐点とは、月の収入と月の支出がちょうど等しくなる水準のことです。それを超えると黒字、下回ると赤字になります。

福祉事業では「損益分岐点の利用者数(または訪問回数・入居者数)」として把握するのが実用的です。たとえば訪問介護なら「月に何件訪問すれば黒字になるか」、グループホームなら「何人入居すれば黒字になるか」です。

注意したいのは、損益分岐点を超えること(月次の黒字化)と、手元の資金が底をつかないこと(資金ショートの回避)は別の問題だという点です。開業直後は利用者が少なく、損益分岐点に達するまでに数か月〜2年以上かかることがあります。その間の赤字の累計が、最低限必要な手元資金(または借入額)の目安になります。

6サービスの全国平均収支差率

厚生労働省の調査をもとに、主なサービスの収支差率(収入に対する収支差の割合)の全国平均をまとめます。

サービス 収支差率(全国平均) 調査
訪問看護(介護保険分) 10.3% 令和7年度介護事業経営概況調査(令和6年度決算)
訪問介護 9.6% 令和7年度介護事業経営概況調査(令和6年度決算)
障害者グループホーム(介護サービス包括型) 9.1% 令和5年障害福祉サービス等経営実態調査(令和4年度決算)
生活介護 9.0% 令和7年介護・障害福祉事業経営概況調査(令和6年度決算)
放課後等デイサービス 5.8% 令和5年障害福祉サービス等経営実態調査(令和4年度決算)
就労移行支援 5.2% 令和7年介護・障害福祉事業経営概況調査(令和6年度決算)

収支差率=(収入−支出)÷収入。黒字・赤字の全事業所を含む平均。サービスの種別・定員規模によって変わります。訪問看護の数値は介護保険分のみ(医療保険を含む全体の収支差率の全国統計は未公表)。

この表に出ている数字は、既に運営中の全事業所の平均です(赤字の事業所も含む)。収支差率が9〜10%台のサービスでも、開業直後は利用者が少ないため赤字になる月が続きます。「全国平均が黒字」と「開業してすぐ黒字になる」は別の話です。

6サービスのより詳細なデータ(給与費率・稼働率・中央値との比較)は、全国の数字(収支差率・人件費率・稼働率)にまとめています。

収益と固定費の構造がサービスごとに違う

損益分岐点の高低は、「収入が何によって決まるか」と「固定費がいくらかかるか」の2つのバランスで決まります。

訪問系(訪問介護・訪問看護)は、利用者1人あたり・1回あたりの報酬で収入が積み上がる構造です。利用者が増えるほど収入が増えるため、損益分岐の利用者数を超えれば、そこからの利益の伸びは比較的スムーズです。一方、常勤のヘルパーや看護師の人件費は利用者数に関係なくかかるため、開業直後の固定費の重さが課題になります。

施設・通所系(GH・放デイ・生活介護)は、定員という物理的な上限があります。定員が埋まっても最大収入に天井があり、それ以上に増やすには定員を広げる(別の物件や棟の追加)必要があります。GHでは世話人・生活支援員の人員配置が定員に対して義務づけられるため、定員が少ないと人件費の割合が高くなります。

国の調査から読める給与費比率(給与費÷収入)を見ると、訪問看護70.1%・訪問介護67.8%(令和7年度介護事業経営概況調査)・GH61%前後(令和5年障害福祉サービス等経営実態調査)・生活介護67.5%前後(令和7年介護・障害福祉事業経営概況調査)となっており、いずれも収入の6〜7割が人件費です。損益分岐点を越えた後に手元に残る利益の幅は、収支差率の数字が示す通りで大きくありません。開業初期に赤字が続く期間を乗り越えるための資金を確保することが、最初のハードルになります。

給与費比率がGHで低めになっている背景には、世話人が夜間の泊まり勤務で対応するケースが多く、常勤換算での配置コストが訪問系より抑えやすい面があります。ただしGHは建物の確保(賃借か建築か)という初期費用の大きさが別の課題で、準備段階の資金負担が重くなります。

収支差率が低いサービスは、なぜ低いのか

放デイや就労移行支援の収支差率が低い理由は、報酬の構造と固定費の比率にあります。

放課後等デイサービスは1日の定員が決まっており(全国平均は1事業所あたり10人前後)、定員が埋まっても1日の最大収入に天井があります。一方で、人員基準(児童発達支援管理責任者・支援員など)による固定費は定員に関わらずかかります。定員が小さいほど、固定費を薄く割れる利用者数の余地が狭くなります。

就労移行支援はさらに特殊な構造を持っています。報酬単価は利用者が一般就労に定着した実績(定着率)によって決まる区分制です。開業から2年間は定着率を問わない特例(みなし期間)が適用されますが、3年目以降は実績が単価に直接反映されます。定着率が基準を下回ると単価の区分が下がり、収支が一気に悪化することがあります。詳しくは後述します。

訪問看護の収支差率が最も高い理由のひとつは、1回あたりの報酬単価が訪問介護の約2倍(令和7年度概況調査:訪問看護8,248円 vs 訪問介護3,855円)あることです。ただし看護師・准看護師の確保が難しく、人件費比率が高くなる傾向があります(同調査:訪問看護70.1% vs 訪問介護67.8%)。

シミュレーター試算でわかる、サービスごとの損益分岐の目安

各サービスの収支シミュレーターを使った試算例を示します。いずれも「全国平均に近い費用構造」になるよう調整した既定値での計算です。地域・賃金・経費の条件によって変わります。

サービス 損益分岐の目安 月次黒字化(試算例) 必要資金の目安(試算例)
訪問看護 利用者35人前後 10か月目 約1,800万円
訪問介護 月430回前後の訪問(利用者33人) 24か月目 約1,700万円
グループホーム(定員15人) 入居率65〜70%(9〜10人前後) 17か月目 —
就労移行支援(定員20人) 利用者16人前後(2年目基準) 24か月目頃(2年目) —

当サイトの収支シミュレーターの既定値(全国平均に近い費用構造)による試算。必要資金は初期費用+赤字累計の最大額の目安(借入返済を含まない)。「—」は試算例から読み取れていない項目。

訪問介護で月次黒字化に24か月かかるのは、利用者が月2〜3人ずつ増えていく想定で試算しているためです。利用者の獲得速度が速ければ短くなり、遅ければもっと長くなります。

訪問看護の黒字化が10か月目と早いのは、1回あたり単価が高いため、利用者35人前後という比較的少ない人数でも損益分岐に届くためです。ただし自己資金600万円+借入1,200万円の資金計画でも最低資金が221万円(試算例)と薄くなる時期があり、余裕が少ない計画になります。

稼働率が低い段階で、収支はどのくらい傾くか

訪問介護を例に、稼働水準別の収支をイメージします。損益分岐点は月430回前後の訪問(利用者33人相当)です。

稼働水準(訪問介護の例) 月の訪問回数の目安 損益
開業直後(利用者10〜20人) 月100〜250回 赤字(月次収支はマイナス)
損益分岐点付近(利用者30〜35人) 月380〜450回 ほぼ収支ゼロ
全国平均に近い水準(月850回前後) 月800〜900回 黒字(収支差率8〜10%前後)

訪問介護・地域区分「その他」・常勤ヘルパー2人体制の試算を参考にしたイメージ。実際の収支は条件によって異なります。

グループホームの場合、稼働率は「入居者数÷定員」で見ます。定員15人の事業所では入居者が7〜8人(50%程度)のままでは赤字が続き、試算例では9〜10人前後(65〜70%)が損益分岐の目安です。入居率が上がるほど1人あたりの固定費が薄まり、収支が改善します。

放デイは1日定員(10人前後)の埋まり具合が稼働率になります。定員が小さいため、利用者が1〜2人増減するだけで月の収入が大きく変わります。学校の休業日(夏休み・冬休み)に利用者が増えるという特性もあり、通年の安定した稼働を確保するのが課題になります。

就労移行支援の3年目に起きること

就労移行支援に関しては、損益分岐点とは別に注意が必要な点があります。

就労移行支援の報酬単価は、前年度の定着率(就労後6か月時点の職場定着の割合)によって区分が変わります。開業後2年間はみなし期間として定着率にかかわらず一定の単価が適用されますが、3年目からは実績が反映されます。

シミュレーターの試算例(定員20人)では、開業後2年目に月次黒字化(24か月目頃)していた事業所が、3年目に定着率の区分が一段下がることで収支差率がマイナス9.7%に転落し、資金ショートのリスクが生じることを示しています。2年目の損益分岐の利用者数は16人前後ですが、3年目以降は単価が変わるため同じ人数では黒字を維持できなくなります。

就労移行支援での開業を考える場合は、3年目以降の定着率の見込みも含めて資金計画を立てておくことが重要です。

開業前の試算で確認しておく3つの数字

試算で押さえておきたい数字は次の3点です。

1. 損益分岐点(何人・何回)
月次の収支がゼロになる利用者数または訪問回数です。開業から何か月でこの水準に達せるか、利用者の増え方の見込みと合わせて考えると、黒字化の時期の見当がつきます。損益分岐点が低いほど、少ない利用者で黒字化できます。

2. 月次黒字化の時期(何か月目か)
黒字化が24か月後であれば、少なくとも2年分の月次赤字を手元資金で持ちこたえる必要があります。日本政策金融公庫のスタートアップ支援資金(運転資金:返済最長10年・据置最長5年)の返済が始まる前に黒字化できるかどうかの目安にもなります。

3. 資金の谷(累積赤字の最大額)
開業後、月次黒字化に至るまでに積み上がる赤字の最大値が「資金の谷」です。この金額を下回らないように自己資金と借入をあわせて確保する必要があります。月次黒字化の時期が早くても、それまでの赤字の累計が大きければ資金不足になります。

報酬の入金タイミングにも注意が必要

福祉事業の報酬は、サービスを提供した月の翌月10日ごろまでに国保連合会に請求し、翌々月末ごろに入金されます。開業直後から収入は発生しますが、最初の入金まで2〜3か月かかります。その間の人件費・家賃・光熱費などは手元の資金から支払う必要があります。

この入金の遅れも含めて、月次の資金繰りを見ておくことが資金計画では重要です。損益分岐点の計算だけでは入金のズレは見えないため、月次の資金残高を追う必要があります。

試算から見えるサービスごとの傾向

シミュレーターの試算例を横並びにすると、サービスごとの傾向が見えてきます。

訪問看護は必要資金が約1,800万円と大きい一方で、黒字化が10か月目と早い部類に入ります。損益分岐の利用者数が35人と少ないため、早期に利用者を確保できれば資金の谷が浅くなります。逆に、看護師の採用が遅れて利用者の増え方が鈍ければ、谷が深くなります。

訪問介護は黒字化が24か月目と長くかかる試算例になっています。これは「月2〜3人ずつ増えていく」という保守的な想定によるものです。ケアマネジャーとの関係が早期に構築できる地域や、既存の法人が訪問介護を加える場合は、利用者の増え方が変わります。

GHは施設型のため利用者の増減が訪問系より予測しやすく、一度満床になれば収入が安定する特性があります。問題は「満床になるまでの期間」で、入居者の獲得には相談支援事業所との連携や地域での認知度が必要です。

放デイ・生活介護は、通所型として日々の利用者数の変動に左右されます。学校の休業期間・利用者の体調・家庭の事情で利用日数が変わるため、月単位の収入が安定しにくい面があります。一方で1日の利用者数を安定させられれば収入の見通しが立てやすいサービスでもあります。

シミュレーターで自分の条件で試算する

全国平均はあくまでも参考値です。実際の収支は、開業する地域・職員の賃金・家賃・利用者の増え方によって大きく変わります。地域区分は全国で7級地+その他の計8区分あり、都市部と地方では単価が最大14%異なります。

当サイトでは、各サービスの収支シミュレーターを無料で公開しています。年次の収支・必要資金の目安・損益分岐点は無料で試算できます。月次36か月の詳細と資金繰りグラフはPro版(各9,800円・買い切り)で確認できます。

訪問介護の損益分岐点の詳細な試算方法については、訪問介護の損益分岐点の記事で詳しく解説しています。

福祉事業の開業・運営に関するツールと記事の一覧は、福祉事業の開業と運営(入口ページ)にまとめています。各シミュレーターは無料で試せます。


出典
・厚生労働省「令和7年度介護事業経営概況調査」(令和6年度決算)
・厚生労働省「令和7年介護・障害福祉事業経営概況調査」(令和6年度決算)
・厚生労働省「令和5年障害福祉サービス等経営実態調査結果」(令和4年度決算)
・日本政策金融公庫「新規開業・スタートアップ支援資金」(返済条件は2026年9月時点)
・試算例は当サイトの収支シミュレーターの既定値によるもの。実際の収支を保証するものではありません。

この記事を書いた人

業種別のツールを、一人で作っています。開業前の収支シミュレーター、法定研修キット、資格の問題集。どれも、厚生労働省の告示や調査の原文を自分で確かめてから数字を組み込んでいます。使う人が「この数字、合ってるか」と不安になるようなツールは作りたくないので。

上場企業で20年間、営業ひとすじ。電話営業・インサイドセールスから、約70名のチームのマネジメントへ。現場で「根拠のない数字」が判断を狂わせる場面を見続けてきたせいか、ツールを作るときも出典を確かめずにはいられません。

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