訪問介護の損益分岐点。何件訪問すれば黒字になるか。

訪問介護の損益分岐点。何件訪問すれば黒字になるか。 介護

自分の事業所の損益分岐点を計算したい方は、訪問介護 開業向け収支シミュレーターをお試しください。利用者数・訪問頻度・人件費を入力すると、損益分岐点が計算できます。

標準的な条件で訪問介護事業所を開業した場合、損益分岐点は利用者33人前後になります。利用者が月2人ずつ増えるペースで進んだとすると、黒字化は開業から約24か月後が目安です。その間に手元資金が最も少なくなる時点では、約62.5万円の不足が生じます。開業前にこの金額を上回る運転資金を確保しておかないと、損益分岐点に届く前に現金が底をつくリスクがあります。

損益分岐点という言葉は会計の用語ですが、「何人集めれば採算がとれるか」という問いに数字で答えを出せる、実用的な指標です。この記事では、収入の組み立て方・費用の分類・計算式の使い方・資金繰りの注意点まで、順を追って説明します。

訪問介護の収入は介護報酬の「単価×訪問回数」で積み上がる

収入は、利用者ごとに発生する介護報酬の積み上げで決まります。1件あたりの収入はサービスの種別・時間・地域によって異なり、根拠は令和6年厚生労働省告示第86号です。

基本報酬の単位数は次のとおりです。

サービス区分 単位数 収入目安(その他地域・10円/単位)
身体介護 20分未満 163単位 1,630円
身体介護 20〜30分 244単位 2,440円
身体介護 30分〜1時間 387単位 3,870円
身体介護 1時間以上(1時間時点) 567単位(以後30分ごと+82単位) 5,670円
生活援助 20〜45分 179単位 1,790円
生活援助 45分以上 220単位 2,200円
通院等乗降介助 97単位 970円

1単位の単価は地域区分によって異なります。東京都特別区などの1級地では11.40円、地方部(「その他」区分)では10.00円です(平成27年告示第93号)。同じ30分の身体介護でも、東京と地方では1件あたり数百円の差が生じます。

利用者1人の月収入を試算してみます。身体介護30分〜1時間を週3回利用する方であれば、1か月(4.3週計算)で約13回の訪問になります。1回3,870円(その他地域)×13回で、その利用者1人からの月収入は約50,310円です。

生活援助が中心の利用者であれば、週3回でも1か月あたりの収入は約28,600円(2,200円×13回)にとどまります。利用者の要介護度やサービス内容の組み合わせが、1人あたりの単価を大きく左右します。

費用の約7割は人件費で、固定費と変動費の二種類に分かれる

令和7年度介護事業経営概況調査(令和6年度決算)によると、訪問介護事業所の全国平均の給与費比率は67.8%です。売上の約3分の2が給与に使われる構造です。1回の収入が3,000円なら、そのうち約2,000円が人件費の計算になります。

費用を整理するには、固定費と変動費を区別することが出発点です。

固定費は、利用者数や訪問回数に関わらず毎月かかる費用です。

  • 事務所の家賃(自宅兼用でない場合、月3万〜8万円程度が多い)
  • 管理者・サービス提供責任者の給与(常勤1名以上が人員基準の必須)
  • 介護ソフト・請求システムのライセンス費
  • 電話・FAX・インターネット通信費
  • 損害賠償責任保険料
  • 車両の自動車税・保険など固定の維持費

小規模事業所でも固定費は月30万〜50万円程度になります。管理者とサービス提供責任者が兼任であっても、その給与は毎月発生する固定費です。

変動費は、訪問1回ごとに増える費用です。

  • 訪問ヘルパーの時給・交通費(1件ごとの支払い)
  • 車両のガソリン代(訪問件数に比例)
  • 手袋・マスクなどの消耗品費

変動費のうち最も大きいのはヘルパーへの給与です。収入3,000円の訪問に対してヘルパー給与が1,800円であれば、残りの1,200円が限界利益となります。この1,200円を積み上げて固定費を回収することが損益分岐点の仕組みです。

損益分岐点は「月の固定費÷1回あたりの限界利益」で求まる

損益分岐点の計算式は次のとおりです。

  • 1回あたりの限界利益 = 1回あたりの平均収入 – 1回あたりの変動費
  • 損益分岐点(訪問回数)= 月の固定費 ÷ 1回あたりの限界利益
  • 損益分岐点(利用者数)= 損益分岐点の訪問回数 ÷ 利用者1人の月訪問回数

具体的な数字で計算してみます。

前提 数値
月の固定費合計 50万円
1回あたりの平均収入(身体介護30分〜1時間中心) 3,000円
1回あたりの変動費(ヘルパー給与・交通費など) 1,800円
1回あたりの限界利益 1,200円
利用者1人の月訪問回数(週3回) 約13回

計算すると次のようになります。

  • 損益分岐点(訪問回数)= 500,000円 ÷ 1,200円 = 約417回
  • 損益分岐点(利用者数)= 417回 ÷ 13回 = 約32人

利用者33人前後が損益分岐点の目安です。これより少なければ赤字、多ければ黒字です。

固定費や変動費が変わると損益分岐点も動きます。

ケース 月固定費 1回の限界利益 損益分岐点(人)
標準(外部事務所あり) 50万円 1,200円 約32人
事務所を自宅兼用(家賃削減) 40万円 1,200円 約26人
身体介護中心で1回単価を上げた場合 50万円 1,500円 約26人
管理者・サービス提供責任者が別々(人件費増加) 70万円 1,200円 約45人

事務所を自宅兼用にするか、身体介護の比率を上げるかだけで、損益分岐点は6〜7人分変わります。反対に管理者とサービス提供責任者を別々の常勤で置くと、固定費が増えて損益分岐点は大幅に上がります。開業時の体制設計が収益構造に直結します。

全国平均の訪問介護事業所は月853回の訪問・収支差率9.6%で運営している

令和7年度介護事業経営概況調査(令和6年度決算)が公表している全国平均は次のとおりです。

指標 全国平均
月収入 約316万円
延べ訪問回数(月) 853.3回
常勤換算職員数 7.4人
訪問1回あたり収入 3,855円
給与費比率 67.8%
収支差率(利益率) 9.6%

月853回の訪問を利用者1人あたり週3回(月13回)で換算すると、利用者数は約66人分に相当します。損益分岐点の約2倍の規模です。全国平均まで成長した事業所は、固定費を大きく上回る収入を確保しています。

収支差率9.6%は、月収入316万円に対して利益が約30万円という水準です。ヘルパー不足が深刻になったここ数年は、人材確保のためにヘルパーへの待遇改善が必要になり、人件費が上昇しています。全国平均の数字が9.6%であっても、個別の事業所の差は大きく、利用者数が損益分岐点を下回ったまま運営が続けられなくなるケースが出ています。

開業から黒字化まで24か月間、手元資金は減り続ける

国保連合会経由の介護報酬は、サービス提供月の翌月10日までに請求して、翌々月末までに入金されます。10月にサービスを提供して、12月末に代金が入るという2か月遅れの仕組みです(平成11年老企第25号等に基づく請求・支払の流れ)。利用者負担分(1〜3割)は直接回収しますが、こちらも月1回の請求が多く、同様に1か月程度のずれが生じます。

この入金の遅れが、開業直後の資金繰りに大きく影響します。利用者が増えてサービスを提供しても、その代金が入るのは2か月後です。固定費は毎月出ていきますが、入金は後ずれするため、利用者が増えるほど一時的に手元現金が減っていきます。

標準的な新規開業モデル(利用者が月2人ずつ増加)のシミュレーションでは、手元資金が最も少なくなる時点で約62.5万円の不足が生じます。開業時にこの金額を用意していなければ、損益分岐点が目前に迫った段階で資金が底をつく可能性があります。

開業資金の調達で日本政策金融公庫の創業融資が使われることが多いのは、車両・事務機器などの設備投資だけでなく、損益分岐点に達するまでの運転資金を確保するためです。融資審査でも、売上の見込みとともに月々の収支シミュレーションの提出が求められます。

「損益分岐点を超えれば黒字になる」というのは正しいですが、「黒字になること」と「現金が手元に増えること」は別の話です。損益分岐点を超えた月でも、2か月後の入金を待っている間は現金の支出が続きます。この期間をどう乗り越えるかが、開業計画の核心になります。

損益分岐点を早める三つのアプローチ

標準モデルで24か月かかる黒字化を早めるには、固定費を抑えるか、1回あたりの限界利益を増やすか、利用者が増えるペースを上げるかという三つの方向があります。

固定費を抑える:事務所を自宅兼用にする

訪問介護事業所の設備基準(指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準・第28条)では、事業の運営に必要な広さの専用の区画・必要な設備および備品の確保が求められます。自宅の一室をこれに充てることは可能です。

月5万円の事務所家賃を削れると、固定費が50万円から45万円になります。損益分岐点は約4人分下がります(1回の限界利益1,200円で計算した場合)。開業初期に固定費を最小にすることは、損益分岐点を下げる最も直接的な方法のひとつです。事業が安定してから事務所を構えることも選択肢として持てます。

単価を上げる:身体介護の比率を高める

生活援助(掃除・調理・買い物)より身体介護(入浴・排泄・移動介助)のほうが単価が高くなります。生活援助45分以上が220単位(2,200円)であるのに対し、身体介護30分〜1時間は387単位(3,870円)です(令和6年厚生労働省告示第86号)。同じ45分程度の現場滞在でも収入は1.7倍以上の差があります。

要介護度が高い利用者を積極的に受けられるよう、ケアマネジャーとの関係を深めることが単価向上につながります。「身体介護対応の事業所」として認知されるには、スタッフの対応能力を高め、ケアマネジャーが安心して紹介できる実績を積むことが先決です。

加算を取得する:特定事業所加算で収入を底上げする

特定事業所加算は、人員体制・研修の実施・定期的な会議の開催など一定の質の要件を満たした事業所に上乗せで付く加算です。加算Ⅰ〜Ⅴまで種類があり、要件が厳しいほど加算率が高くなります。

加算が付くと1件あたりの収入が増えるため、同じ訪問回数でも損益分岐点に届きやすくなります。開業直後から取得できる要件もあるため、加算の内容を確認したうえで体制を整えることが、損益分岐点を早める選択肢のひとつです。

損益分岐点の前に廃業しないための資金計画が最初の課題になる

2025年に訪問介護事業者の倒産が91件に上った事実(東京商工リサーチ)が示すように、需要がある業種であっても廃業は起きます。損益分岐点に達する前に資金が尽きるパターンが、経営行き詰まりの主な経路のひとつです。

開業計画を立てるときに確認すべき数字は、次の三つをセットで押さえることが大切です。

  1. 損益分岐点の利用者数:何人集めれば黒字になるか
  2. そこに到達するまでの月数:どのペースで利用者が増えるか(現実的な見込みで)
  3. その間に必要な運転資金:手元資金が最低でいくら必要か

この三つを把握することで、融資申請額の根拠が出ます。また、何か月たっても利用者が増えない場合に「このままでは資金が続かない」と早めに気づく基準にもなります。

現場経験が豊富な方が開業する場合も、数字の裏付けなく計画を進めることには注意が必要です。ケアの質と経営の安定は別の問題です。損益分岐点の計算は難しくありませんが、「やってみないとわからない」で始めるより、「33人が目標、24か月で届く見込みがあるか」を確認してから始めるほうが、事業が長続きする可能性が高くなります。

自分の事業所の損益分岐点を計算したい方は、訪問介護 開業向け収支シミュレーターをお試しください。利用者数・訪問頻度・人件費を入力すると、損益分岐点が計算できます。

すでに訪問介護を運営中の事業所向けに、法定研修の資料セットも用意しています。
▶ 訪問介護 法定研修キット(管理者・従業員向け研修資料一式)

この記事を書いた人

業種別のツールを、一人で作っています。開業前の収支シミュレーター、法定研修キット、資格の問題集。どれも、厚生労働省の告示や調査の原文を自分で確かめてから数字を組み込んでいます。使う人が「この数字、合ってるか」と不安になるようなツールは作りたくないので。

上場企業で20年間、営業ひとすじ。電話営業・インサイドセールスから、約70名のチームのマネジメントへ。現場で「根拠のない数字」が判断を狂わせる場面を見続けてきたせいか、ツールを作るときも出典を確かめずにはいられません。

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