訪問介護で認知症の基礎知識研修が特に必要な理由は、利用者の半数以上が認知症またはその疑いがある状態で介護を受けているからです(厚生労働省「令和4年度介護給付費等実態統計の概況」より、訪問介護の要介護認定者における認知症高齢者の日常生活自立度の割合)。
認知症の知識がない状態でケアをすると、利用者の混乱を引き起こしたり、不適切なケアに気づかないまま続けてしまうリスクがあります。この記事では、訪問介護の認知症研修で伝えるべき内容を整理します。
訪問介護の認知症研修は「追加テーマ」に位置づけられる
指定居宅サービス等の事業の人員及び運営に関する基準(平成11年厚生省令第37号)が定める義務研修(虐待防止・身体拘束・感染症・BCP・非常災害)の5テーマには、認知症は直接含まれていません。
しかし、国の通知(指定居宅サービス等及び指定介護予防サービス等に関する基準について・老企第25号)では、訪問介護の管理者研修・サービス提供責任者の要件として認知症介護に関する知識が求められています。また、介護保険サービスの質向上の観点から、認知症の知識は訪問介護の現場で欠かせない実務的なテーマです。
認知症の種類と主な特徴
認知症は一種類の病気ではありません。原因となる疾患によって症状や進行のしかたが異なります。研修では主要な4種類を取り上げることが効果的です。
| 種類 | 主な特徴 | 訪問介護で注意すること |
|---|---|---|
| アルツハイマー型認知症(最多・約67%) | 記憶障害が中心。最近のことから忘れていく。ゆっくり進行 | 今日のことを何度も確認する・昔の記憶は比較的保たれる。同じ質問への対応は否定せず、一緒に確認する |
| 脳血管性認知症(約20%) | 脳梗塞・脳出血の後遺症。障害された部位によって症状が異なる。感情の起伏が激しい(感情失禁)ことがある | 突然泣いたり怒ったりしても、脳の障害による反応であることを職員が理解しておく |
| レビー小体型認知症 | 幻視(いないものが見える)が特徴的。パーキンソン症状(歩行障害・震え)を伴うことが多い。日によって状態が大きく変わる(変動) | 「虫がいる」「知らない人がいる」という訴えを否定しない。転倒リスクが高い |
| 前頭側頭型認知症 | 記憶障害より先に、行動・人格・言語に変化が出る。同じ行動を繰り返す(常同行動)。社会規範を守れなくなることがある | 理由のない暴言・万引き・食べ物への固執などが症状として起きることを理解する |
全国の認知症患者数は約600万人(2020年時点・厚生労働省推計)で、2025年には約700万人(65歳以上の5人に1人)になると見込まれています。
中核症状と行動・心理症状(BPSD)の区別
認知症の症状は「中核症状」と「行動・心理症状(BPSD)」の2つに分けて理解すると整理しやすくなります。
中核症状(認知症そのものが引き起こす症状)
- 記憶障害:最近の出来事を覚えられない・同じことを何度も言う
- 見当識障害:今日の日付・場所・人物が分からなくなる
- 実行機能障害:料理・家事など、複数の手順が必要なことが難しくなる
- 失語・失認・失行:言葉が出にくくなる・物が何か分からなくなる・知っているはずの動作ができなくなる
行動・心理症状(BPSD):環境や関わり方で変わる症状
- 徘徊・帰宅願望(「家に帰りたい」)
- 幻視・幻聴
- 興奮・暴言・暴力
- 睡眠障害(昼夜逆転)
- 抑うつ・無気力
- 介護への抵抗
BPSDは中核症状と異なり、関わり方・環境・体調によって改善する可能性があります。「認知症だから暴言を言う」ではなく、「なぜその場面でそういう反応が出るのか」を考えることが、ケアの改善につながります。
訪問介護の現場で起きやすい場面と対応の考え方
訪問介護固有の認知症ケアの場面として、次のものを研修で取り上げることが効果的です。
「今日は来なくていい」と言われる場面
訪問時に「ヘルパーなんか頼んでいない」「帰ってください」と言われる場面があります。記憶障害によって訪問介護を利用していることを忘れているケースが多いです。
この場面での対応の考え方として、次のものがあります。
- 「いいえ、予定があります」と否定するのではなく、「○○さんにお会いしたくて来ました」など利用者が受け入れやすい言葉から入る
- どうしても拒否が強い場合は無理に進めず、管理者に連絡する
- 家族に連絡を取って状況を共有する
同じ質問を何度もされる場面
「今日は何日ですか」「家族はどこにいますか」と繰り返し聞かれる場面があります。記憶障害によるもので、利用者は本当に分からないと感じているため毎回聞いています。
「さっきも聞きましたよ」と伝えても、利用者はその「さっき聞いた」こと自体を覚えていないため意味がありません。毎回同じ質問への対応を続けることは職員の負担になりますが、「また聞いてきた」ではなく「この人は今、確認が必要な状態にある」と理解することが重要です。
食事・薬の管理が難しい場面
認知症が進行すると、食事をしたことを忘れて「食べていない」と言う・薬を飲んだかどうか分からなくなるケースが出てきます。
記録(食事の量・薬の管理状況)を毎回残すことが重要です。家族やケアマネジャーへの情報共有が必要な変化(食欲低下・薬の飲み忘れが続く)は、その都度報告します。
介護への抵抗・暴言・暴力がある場面
入浴介助・排泄介助などの身体に触れるケアを強く拒否する・暴言や暴力が出る場面があります。これはBPSDの一つで、認知症の症状として起きています。
対応の考え方として次のものがあります。
- 無理に進めない(ケアを続けようとすると抵抗が激しくなることが多い)
- 一度離れて時間をおく
- 場面を変える(別の話題から始める・好きな話をする)
- 管理者に報告して対応方法を共有する
- ケアプランの見直しを検討する(ケアマネジャーへの情報提供)
「どうしても拒否が続く場合は強引に進めずに報告する」という判断ができるようになることが、研修の目標の一つです。
認知症の人の「尊厳」を支えるケアの視点
介護保険の目的のひとつは「尊厳の保持」です(介護保険法第1条)。認知症があっても、利用者は自分の生活・感情・意向を持っています。
認知症の人が「自分で決めること」を支えるというケアの視点(パーソン・センタード・ケア)が、認知症ケアの考え方の基本として広く知られています。「できないことを補う」視点だけでなく、「利用者が何を望んでいるかを理解しようとする」姿勢が日常のケアに反映されることが重要です。
研修の進め方の例
認知症の基礎知識研修を事業所で実施する場合の進め方の例として、次のものがあります。
- 資料の配布・説明:認知症の種類・中核症状とBPSDの違い・訪問介護でよくある場面を資料で説明する(30〜45分程度)
- 事例で考える:「訪問時に利用者が拒否した場面」「同じ質問を繰り返される場面」など、実際の現場に近い場面を想定してどう対応するかを話し合う(15〜20分程度)
- 確認テスト:研修内容を確認する簡単なテスト(○×形式)で理解を確認する(5〜10分程度)
事例での話し合いは、職員が「自分の現場ではどうしているか」を共有する機会にもなります。管理者からの一方的な説明より、職員同士が話し合う形式のほうが記憶に残りやすいです。
認知症介護の初任者向け資格
認知症の理解を深めるための研修として、介護保険制度が設けているものとして次のものがあります。
- 認知症介護基礎研修:無資格の介護職員が受講義務を負う(2021年度〜。訪問介護員も対象)。6時間程度の研修
- 認知症介護実践者研修:現場の介護職員向け。認知症ケアのより実践的な内容
- 認知症サポーター:地域住民向けの普及啓発研修(90分程度)。受講は任意
訪問介護員(ヘルパー)のうち、初任者研修・実務者研修・介護福祉士の資格を持たない職員は、認知症介護基礎研修の受講が義務です。採用後おおむね1年以内に受講することが求められています。
訪問介護向け法定研修キットで管理する
「認知症の基礎知識」テーマは、訪問介護向け法定研修・訓練キット(https://fufumumu-design.com/kenshu-kit-houmon/)の有料版(14,800円買い切り)で利用できます。研修資料・確認テスト・受講記録・委員会の議題案を12テーマまとめてブラウザ上で管理でき、職員がスマートフォンから受講結果を提出することもできます。
無料版では虐待防止の1テーマを利用できます。義務の5テーマ+認知症の基礎知識・高齢者の特性と安全な介助・ターミナルケア・服薬介助と医療行為の範囲など訪問介護固有の7テーマを含む12テーマすべての利用には有料版が必要です。
あわせて読みたい:訪問介護の法定研修、何を何回やればいいか。
この記事で確認した根拠
- 介護保険法 第1条
- 指定居宅サービス等及び指定介護予防サービス等に関する基準について(老企第25号)
- 厚生労働省「令和4年度介護給付費等実態統計の概況」(認知症高齢者の日常生活自立度に関する数値)
- 厚生労働省「認知症施策推進大綱」(2019年)(認知症患者数の推計)


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