訪問看護ステーションの開業に必要な資金は、大きく「初期費用」と「開業後の運転資金」に分けて考えます。訪問看護ならではの特徴として、看護師の給与水準が訪問介護より高いこと、介護保険と医療保険の両方から収入が入るため入金の仕組みが複雑なことの2点が、必要な資金の規模に影響します。この記事では、一次資料で確認できる数字をもとに、これを順番に説明します。
訪問看護ステーションの収支、全国平均から確認する。
まず現状の数字を確認します。厚生労働省「令和7年度介護事業経営概況調査」(令和6年度決算)によると、訪問看護ステーション1か所あたりの月額の実態は次のとおりです(介護保険のみの調査です。医療保険を含む全体の収支差率は、この調査では確認できません)。
| 項目 | 全国平均(月額) |
|---|---|
| 収入(介護保険) | 約348万円 |
| 訪問1回あたりの収入 | 8,248円 |
| 常勤換算の職員数 | 8.6人(うち看護職員5.4人) |
| 給与費比率 | 70.1% |
| 収支差率 | 10.3% |
同じ調査で、訪問介護の訪問1回あたりの収入は3,855円です。訪問看護の8,248円は、その2倍以上になります。訪問看護は単価が高い一方、給与費比率も70.1%(訪問介護は67.8%)と高く、人件費に収入の大半が出ていく構造です。
この「既存の事業所の平均」を開業直後に達成することはほぼできません。利用者が増えるまでは収入が少なく、人件費は人員基準(後述)を満たすために先行して発生します。開業資金を考えるうえで重要なのは、この「赤字が続く期間を乗り越えるための資金」が、看護師の給与水準によって訪問介護より大きくなるという点です。
看護師の給与は、訪問介護のヘルパーより高い。
訪問看護ステーションで働く看護師・保健師・助産師の賃金は、訪問介護のホームヘルパーより高い水準にあります。
厚生労働省「令和5年賃金構造基本統計調査」(一般労働者・フルタイム)によると、看護師の平均月給(所定内給与)は、ホームヘルパー(介護職員)より高い水準にあります。賞与・法定福利費などを加算した実際のコストはさらに大きくなります。
常勤換算2.5人以上という人員基準(後述)を最低限満たす配置で、看護師2〜3人分の月額人件費は、賞与・法定福利費込みで100万円前後から積み上がっていきます。開業後、利用者がゼロの状態から少しずつ増えていく間も、この人件費は出続けます。これが訪問看護ステーションの運転資金を押し上げる直接的な要因です。
入金は、サービス提供から2か月後になる。
訪問看護の収入には「介護保険」と「医療保険」の2本立てがあります。どちらも、サービスを提供してから収入として手元に入るまで、2か月近い期間があります。
介護保険の場合、当月提供したサービス分を翌月に国保連合会へ請求し、翌々月に入金されます(翌月初月請求・翌々月末頃入金)。医療保険も、請求から入金までの流れは介護保険とほぼ同じです(国保連合会・社会保険診療報酬支払基金経由。複数の都道府県の国保連合会の公式サイトで、全国共通のフローであることを確認しています)。
つまり、4月に開業してサービスを提供し始めても、最初の収入が手元に入るのは6月以降になります。この2か月間、人件費・家賃・通信費などの固定費は毎月出ていきます。さらに利用者数が少ない最初の数か月間は、入金があっても固定費を下回り続けます。
訪問看護は介護保険と医療保険の両方から収入が入るぶん、資金計画が複雑になりやすい点があります。たとえば、医療保険の割合が高い事業所では、入金額が月によって変動しやすくなります(重症度の高い利用者の状態変化・入退院が直接影響するため)。収支が「平均的に見えても、月ごとの資金の動きを管理しなければならない」という点では、訪問介護より難しい面があります。
指定申請の時点で、看護職員2.5人がそろっている必要がある。
訪問看護ステーションには、指定基準(指定居宅サービス等の事業の人員及び運営に関する基準 第60条)により、看護職員(保健師・助産師・看護師・准看護師)を常勤換算で2.5人以上配置する必要があります(うち1人は常勤であること)。
重要なのは、「この人数が、指定を受ける申請の時点でそろっていること」です。利用者が来てから人を増やすという後追いの採用では、そもそも指定を受けられません。
看護師2.5人(常勤換算)の採用・雇用は、開業の3〜4か月前には動き始める必要があります。採用活動の期間だけでなく、採用後の研修期間や、指定申請の書類整備の期間も含めると、人件費が発生し始めるのは利用者が1人も来ていない時期です。この「先行する人件費」が、開業時の運転資金の中心を占めます。
訪問看護ステーションの開設費用に、一次統計はない。
「訪問看護ステーションの開設にいくらかかるか」という点について、公的機関や業界団体が公表した一次統計は、現時点で確認できていません。
「500万〜1,000万円」という金額がインターネット上に多く出回っていますが、これらは開業支援コンサルタントや訪問看護ソフトベンダーが出しているものがほとんどで、公的機関・業界団体による調査の裏付けはありません(国立医療福祉研究機構(WAM)・日本看護協会・全国訪問看護事業協会の公開資料を確認しましたが、開設費用に特化した統計は見当たりませんでした)。
一次統計が存在しないため、この記事では初期費用の「項目」と、その規模を推測するための「根拠になるデータ」を示します。実際の金額は、事業所の立地・規模・既存設備の有無によって大きく変わります。後述するシミュレーターで、ご自身の想定に合わせた試算をおすすめします。
初期費用に含まれる項目。
訪問看護ステーションの開設にあたって一般的に発生する費用項目は次のとおりです。
法人設立の費用:訪問看護ステーションは個人事業主のままでは開業できず、法人格が必要です。株式会社の場合は登記にかかる登録免許税(資本金×0.7%、最低15万円)、定款認証手数料(3〜5万円・公証人役場)などが発生します。合同会社であれば登録免許税は最低6万円、定款認証は不要です(これらの金額は登録免許税法・日本公証人連合会の公式資料で確認済みです)。また、指定申請の書類作成を行政書士に依頼する場合は、その費用も加わります。
事務所の確保:指定基準では事務室・相談スペース・鍵のかかる書庫などの設備基準があります。賃貸の場合は敷金・礼金・前家賃、内装費用などが発生します。
備品・設備:パソコン・電話・鍵付き書庫・デスクなどの基本備品のほか、訪問看護専用の記録ソフト(訪問看護指示書・記録・介護保険請求の管理)の導入費用と月額費用が発生します。
採用費用:看護師の採用に人材紹介会社を使う場合、紹介手数料(年収の20〜35%程度)が発生することがあります。求人媒体の掲載費も必要になる場合があります。看護師の有効求人倍率は全職種の平均を大きく上回る水準が続いており(ハローワークの職業別職業紹介状況より)、採用費が見込みを超えるリスクがあります。
車両・訪問の移動手段:スタッフが自家用車を業務利用する場合は、業務使用保険(任意保険の特約)の費用が別途発生します。自転車・電動自転車を用意する場合は、購入費用と保険が必要です。
開業の流れと、資金が動くタイミング。
資金計画を立てるうえで重要なのは、「いつからお金が出て、いつから入るか」のタイムラインです。
訪問看護ステーションの開業は、大きく「法人設立」「事務所・備品の準備」「スタッフの採用」「指定申請・取得」「開業」という流れで進みます。準備期間の目安は3〜4か月とされることが多く、この間は収入がないまま法人維持費・事務所家賃・採用したスタッフの給与が出ていきます。
開業後は、利用者が増えるにつれて月次の収入が増えますが、前述のとおり入金は2か月後です。月ごとに「出ていくお金(人件費・家賃・通信費)」と「入ってくるお金(2か月前のサービス分)」の差を把握した資金計画が必要になります。
介護保険と医療保険の割合によっても、月ごとの入金の安定度が変わります。医療保険の利用者は重症度が高い場合が多く、状態変化・入院による利用中断が介護保険の利用者より多い傾向があります。利用者の状態変化を一定程度想定したうえで、月ごとの資金の下振れに備えた計画を立てておくことが大切です。
訪問看護ステーションの数は、毎年増えている。
厚生労働省の介護サービス施設・事業所調査によると、訪問看護ステーションの数は全国で増加が続いています。令和5年10月時点で約16,423か所(令和4年:約14,829か所→前年比+約1,594か所・+10.7%増。出典:厚生労働省「令和5年 介護サービス施設・事業所調査の概況」)。高齢化の進行・在宅医療への政策的な誘導が続くなかで、市場全体の規模は拡大しています。
一方、事業所が増えることで採用競争も激しくなっています。ある地域でスタッフが確保できても、別の地域では困難というケースが生まれています。開業地域での看護師の採用見込みを、事前に確認しておく必要があります。
訪問看護ステーション固有の確認事項。
開業にあたって、訪問看護ステーション固有の次の点を確認しておく必要があります。
24時間対応体制の費用:訪問看護の利用者に重症度の高い方が多い場合、24時間対応(夜間・休日のオンコール体制)を整備することになります。オンコール手当・緊急出動手当は通常の訪問費用に加えて発生し、スタッフの確保とともに費用面の準備も必要です。
管理者の配置:訪問看護ステーションには、常勤専従の管理者(保健師または看護師)の配置が必要です。管理者は一定の条件のもとで訪問業務と兼務できますが、管理業務の時間が必要になるため、実態上は利用者への直接訪問数が他のスタッフより少なくなります。これを加味した収支計画が必要です。
訪問看護指示書の取得:訪問看護を開始するには、主治医が発行する「訪問看護指示書」が必要です。開業後、訪問看護を開始できる利用者の数は、指示書を発行してもらえる医師・医療機関との関係づくりのスピードにも依存します。これは資金が直接かかるものではありませんが、収入の立ち上がりを左右する要素です。
訪問看護と訪問介護の開業資金、比較。
| 比較項目 | 訪問看護ステーション | 訪問介護事業所 |
|---|---|---|
| 訪問1回あたりの収入 | 8,248円 | 3,855円 |
| 給与費比率(全国平均) | 70.1% | 67.8% |
| 収支差率(全国平均) | 10.3%(介護保険のみ) | 9.6% |
| 人員基準 | 看護職員常勤換算2.5人以上 | 訪問介護員2.5人以上・サービス提供責任者1人以上 |
| 資格の取得難易度 | 看護師免許(国家資格)が必要 | 介護職員初任者研修等で参入可 |
| 収入の源泉 | 介護保険+医療保険の2本立て | 介護保険のみ(原則) |
訪問1回あたりの収入は訪問看護の方が大きいですが、人件費の水準も高いため、収支差率は近い値になっています。看護師の採用難易度と給与水準が、開業時の運転資金の規模を直接左右します。
試算の準備には、シミュレーターを使う。
初期費用と運転資金の合計は、看護師の採用人数・給与設定・利用者の増え方・医療保険と介護保険の比率によって大きく変わります。「他の事業所の事例」をそのまま当てはめることが難しい部分が多いため、自分の想定で入力して試算する方法が実態に近い数字を出しやすくなります。
訪問看護ステーションの開業向け収支シミュレーターを公開しています。介護保険と医療保険の2本立て収入・24時間対応の費用・看護職員の人員構成・入金の遅れを入力して、月次の収支と必要資金の目安を試算できます。無料版では年次の収支確認ができます。
訪問介護の開業資金については、こちらで解説しています:訪問介護の開業資金はいくら必要か。
訪問介護と訪問看護の開業の違いについては、こちらも参考にしてください:訪問看護の開業、訪問介護と比べてどう違うか。


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