認知症で口座凍結されても仮払い制度で現金を引き出す手続き
親が認知症と診断された後、銀行口座が事実上使えなくなるケースがあります。認知症による口座凍結は法律上の「凍結」ではなく、金融機関が本人の判断能力を確認できないと判断した時点で取引を制限するものです。ただし、遺産分割前でも一定額を引き出せる「仮払い制度」があり、介護費用や生活費の確保に活用できます。まず制度の全体像を把握することが重要です。
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認知症と口座凍結の仕組みを正確に理解する必要がある
「口座凍結」という言葉は広く使われていますが、認知症の場合と死亡後の場合では法的な意味が異なります。
認知症による口座制限は法律上の凍結ではない
金融機関は、口座名義人が認知症などにより判断能力が著しく低下していると判断した場合、本人保護の観点から取引を制限することがあります。これは民法上の行為能力に関する考え方に基づくものであり、法律で一律に定められた「凍結」ではありません。金融庁の「顧客本位の業務運営に関する原則」(2017年3月公表・複数回改訂)においても、高齢顧客への対応を金融機関が適切に行うことが求められており、各金融機関がそれぞれのガイドラインに従って運用しています。
実務上は、窓口での引き出し時に行員が認知症の疑いを感じた場合、あるいは家族から「本人が認知症です」と申し出た場合に、取引が制限されるケースがあります。ATMのキャッシュカードによる引き出しは継続できる場合もありますが、高額の引き出しや定期預金の解約などには本人確認が必要となり、実質的に操作が困難になります。
死亡後の口座凍結は相続手続きに直結する
一方、口座名義人が死亡した場合、金融機関に死亡の事実が伝わった時点で口座は凍結されます。これは相続財産の保全と遺産分割のための措置です。認知症の親が存命中の口座制限とは別の問題ですが、両者を混同して「どうすれば引き出せるか」と混乱されるご家族も少なくありません。本記事では主に「認知症の親が存命中」のケースを扱います。
仮払い制度は相続発生後に使える制度であることを確認する
「仮払い制度」という言葉が登場した背景として、2019年7月1日に施行された改正民法(相続法)があります。
改正民法で新設された預貯金の仮払い制度の内容
法務省が公表している改正相続法の解説によれば、2019年7月1日施行の改正民法(民法909条の2)により、相続人は遺産分割が完了する前であっても、一定額の範囲内で単独で預貯金の払戻しを求められるようになりました。
具体的な計算式は以下のとおりです。
- 各相続人が単独で引き出せる上限額=「相続開始時の預貯金残高 × 1/3 × 当該相続人の法定相続分」
- ただし、同一の金融機関からの払戻しは150万円を上限とする
この制度は、葬儀費用や当面の生活費、被相続人が残した医療費・介護費の支払いなどに充てることを想定したものです。なお、払い戻した金額は相続分の前払いとして扱われます。
重要なのは、この仮払い制度は「相続開始後(被相続人の死亡後)」に使える制度である点です。認知症の親が存命中には適用されません。
家庭裁判所の審判による仮払いも相続発生後の制度
同じく改正民法の規定(民法909条の2とは別に家事事件手続法200条3項)により、相続人が家庭裁判所に申し立てを行い、審判を得ることで、150万円の上限を超える金額の仮払いを受けることも可能です。急迫の事情があると認められた場合に活用できますが、こちらも相続発生後の手続きです。
認知症の親が存命中に使える資金確保の手段は別に存在する
認知症の親が生きているうちに、介護費用や生活費を確保するための手段は「仮払い制度」とは異なります。主な選択肢を整理します。
法定後見制度を利用して後見人が財産管理を行う方法
成年後見制度は、判断能力が不十分な方の法律行為を支援する制度です。最高裁判所事務総局が毎年公表している「成年後見関係事件の概況」(2025年1月公表・2024年分)によれば、成年後見関係事件の申立件数は近年増加傾向が続いており、利用者全体の約7割が認知症を主な判断能力低下の原因としています。
成年後見人が選任されると、後見人が本人に代わって銀行口座の管理・介護サービスの契約・施設入所手続きなどを行うことができます。ただし、家庭裁判所への申立てから審判確定まで数か月かかる場合があること、後見人には一定の報酬が発生すること(専門職後見人の場合)、原則として本人が亡くなるまで制度が続くことなどを踏まえて検討する必要があります。
申立てに必要な主な書類は以下のとおりです。
- 申立書(家庭裁判所所定の書式)
- 本人の戸籍謄本・住民票
- 本人の診断書(家庭裁判所所定の書式に基づくもの)
- 財産目録および関係資料(預金通帳の写し等)
- 後見人候補者の住民票・身分証明書等
任意後見制度は判断能力があるうちに契約しておく制度
任意後見制度(任意後見契約に関する法律・1999年施行)は、本人が判断能力のあるうちに、将来の後見人となる人物と公正証書で契約を締結しておく制度です。認知症が進行した後に任意後見監督人の選任申立てを家庭裁判所に行い、任意後見が開始します。
この制度のポイントは、あらかじめ信頼できる人物(家族・親族・専門家等)を後見人として選んでおける点です。ただし、すでに判断能力が低下している状態では新たに任意後見契約を締結することはできないため、早期の対応が重要です。
家族信託は認知症リスクに備えた財産管理の仕組み
家族信託(民事信託)は、信託法に基づいて家族間で財産の管理・処分を委託する仕組みです。親(委託者)が判断能力のあるうちに子(受託者)と信託契約を結び、財産の管理権を移転しておくことで、認知症発症後も受託者が財産を管理・活用できます。
不動産の売却・預貯金の管理・介護費用の支出などを信託の目的として設定することが可能です。ただし、信託できる財産の範囲・税務上の取り扱い・契約設計の複雑さなど、専門的な知識が必要な場面が多いため、司法書士・弁護士・税理士等への相談が推奨されます。
金融機関ごとの認知症対応手続きには差がある点に注意する
銀行・信用金庫・ゆうちょ銀行など、金融機関によって認知症への対応手続きは異なります。
「代理人登録制度」「家族への情報提供制度」を活用する
金融庁が2021年2月に公表した「高齢顧客への対応に係る比較可能な共通KPI」に関する方針等を背景に、多くの金融機関が高齢顧客・認知症顧客への対応体制を整備しています。
主な対応として、以下のような制度を設けている金融機関があります。
- 代理人カード・代理人登録制度:本人が元気なうちに家族を代理人として登録しておくことで、一定範囲の取引を代理人が行える
- 家族等への情報提供の同意制度:本人があらかじめ同意しておくことで、認知症等の際に金融機関が家族に口座情報を提供できる仕組み
これらは金融機関によって呼称・内容が異なるため、利用している金融機関に直接確認することが必要です。
手続きに必要な書類を事前に確認しておく
成年後見人が選任された後に金融機関で手続きを行う際には、一般的に以下の書類が求められます。
- 審判書(成年後見開始の審判書)および確定証明書
- 登記事項証明書(後見登記等に関する法律に基づく)
- 後見人本人の身分証明書
- 後見人の実印・印鑑証明書(金融機関により異なる)
後見登記事項証明書は法務局(全国の登記所)で取得できます。申請は本人・後見人等に限られており、プライバシー保護の観点から第三者は原則として取得できません。
認知症による口座凍結リスクを早期に回避するための準備
判断能力があるうちに対策を講じることが重要な理由
厚生労働省が2024年6月に公表した「認知症施策推進基本計画(案)」をはじめとする行政資料では、65歳以上の認知症有病者数の推計が示されており、2025年時点で約500万人以上と見込まれています(推計方法により数字は異なります)。認知症は発症後に急速に進行することもあるため、判断能力が低下してからでは選択できる手続きの幅が大きく狭まります。
特に以下の点は早期に確認・準備しておくことが望ましいです。
- 主要な金融機関への代理人登録・家族への情報提供同意の手続き
- 任意後見契約の検討(公正証書の作成が必要)
- 家族信託の設計・契約(専門家との相談が必要)
- 財産目録の作成と家族間での情報共有
市区町村や専門家相談窓口を活用する方法
成年後見制度の利用促進については、2016年5月に施行された「成年後見制度の利用の促進に関する法律」に基づき、市区町村が中核機関(地域連携ネットワークの核となる機関)の整備を進めています。最寄りの市区町村の高齢者担当窓口・地域包括支援センターに相談することで、成年後見制度の利用についての案内を受けることができます。
また、法テラス(日本司法支援センター)では収入要件を満たす方向けに弁護士・司法書士への相談費用の立替制度があります。費用面が不安な場合は活用を検討してみてください。
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まとめ:認知症と口座凍結・仮払い制度の手続きを整理する
本記事の要点を整理します。
- 認知症による口座制限は法律上の「凍結」ではなく、金融機関の判断による取引制限
- 「仮払い制度」(改正民法909条の2)は相続発生後(死亡後)に使える制度であり、存命中の認知症には適用されない
- 認知症の親が存命中に財産管理が必要な場合は、成年後見制度(法定後見・任意後見)または家族信託が主な選択肢となる
- 判断能力があるうちに任意後見契約や家族信託を設計しておくと、選択の幅が広がる
- 各手続きの詳細は市区町村・地域包括支援センター・法テラス・専門家(弁護士・司法書士等)に相談することが推奨される
制度は定期的に改正されることがあるため、最新情報は法務省・厚生労働省・最高裁判所等の公式サイトおよび専門家にご確認ください。本記事は情報提供を目的とするものであり、個別の法的アドバイスを提供するものではありません。
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