認知症が進んで本人が医療の意思決定をできなくなった場合、後見人は「手術に同意できるか」「入院に同意できるか」という問いに直面する。日本の法律では後見人に「医療同意権」は与えられていないという現実がある。後見人と医療同意の法的な関係・実務上の対応を整理した。
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後見人に「医療同意権」はない
成年後見人は本人の財産管理・契約の代理権を持つが、医療行為への同意権は法律上明確に付与されていない(民法第858条・第859条)。
- 現行法では後見人に医療同意権が認められていない:民法第858条・第859条では、成年後見人の権限として「財産管理・代理行為」が定められているが、医療行為への同意(手術・入院への同意等)は含まれていない。これは「医療は本人の自己決定権に基づく」という原則によるものだ
- 学説・実務上は「緊急の場合は許容される」と考えるものが多い:緊急手術等で本人の同意を得られない場合は「緊急事務管理(民法第698条)」や「緊急避難」の考え方から、後見人が同意しても違法ではないと解する考え方が実務上は多い。ただしこれは法的根拠が明確でない状態での対応だ
- 厚生労働省の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」:厚生労働省は2018年に「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」を改定し、本人が意思を示せない状態での医療決定の手順として「家族等の信頼できる者と医療チームの話し合い」を推奨している(本人の最善の利益を基準とする)
実務上の「医療同意」はどうなされているか
現実の医療現場での認知症患者への医療同意の実態を整理した。
- 家族(近親者)が同意するケースが多い:法律上の根拠は曖昧だが、現実の医療現場では「家族(配偶者・子)」が医療への同意書にサインするケースがほとんどだ。医療機関も「家族の同意」を実質的な同意として受け入れていることが多い
- 後見人が選任されている場合は後見人に相談が来る:後見人が選任されている場合は、医療機関から後見人に「手術に同意してほしい」「入院手続きをしてほしい」という相談が来ることがある。後見人は法的には同意権がないため、「家族と相談の上で対応する」という形になることが多い
- 「入院の手続き」は後見人が行える:後見人に医療同意権はないが、入院に伴う「入院申込書(契約)」の締結は後見人の代理権の範囲で行うことができる。入院自体への同意と、入院の契約手続きは別の問題だ
「医療同意問題」への事前の対策
認知症の診断後・意思能力があるうちに「医療への同意問題」に備えておく方法を整理した。
- 任意後見契約に「医療同意の代理権」を付与する方法:任意後見契約(本人が意思能力のうちに自分で後見人を選ぶ制度)では、「医療への同意(手術・入院等)を代理する権限」を後見人候補者(任意後見受任者)に付与することが実務上可能だ。任意後見では法定後見より広い権限を設定できる可能性がある
- 「事前指示書(アドバンス・ディレクティブ)」を作成する:本人が「将来意思能力を失った場合に希望する医療の内容(延命治療の有無・臓器提供の意思等)」を事前に文書で残しておく「事前指示書」を作成する方法がある。法的拘束力は明確でないが、医療チームが判断する際の重要な材料になる
- ACP(アドバンス・ケア・プランニング)の実施:ACPは「将来の医療・ケアについて本人・家族・医療チームが事前に繰り返し話し合うプロセス」だ。厚生労働省の2018年改定ガイドラインでも推奨されている。認知症の診断を受けた早期のうちに、主治医・家族とACPの話し合いを始めることをすすめる
「後見人ができること・できないこと」の整理
医療同意との関係で、成年後見人に何ができて何ができないかを整理した。
- 後見人ができること(法律上明確に認められていること):①財産の管理(預金の管理・入出金・各種料金の支払い等)②法律行為の代理(施設入居契約・各種サービス契約・不動産の売買等)③身上監護(医療・介護・生活環境の維持に関する配慮義務・施設訪問・状況確認等)④入院の「手続き(契約)」の代理
- 後見人ができないこと(法律上の権限外):①医療行為への同意(手術・検査・薬の投与等)②遺言書の作成代理(遺言は本人の意思でのみ作成できる)③家族信託の受託者・受益者への変更同意(後見人の権限外の場合)
- 「身上監護」に含まれる医療への配慮義務とは:後見人には「医療機関の選択・入院先への訪問・治療内容の確認・退院後の生活の準備」等の配慮義務がある(民法第858条の「本人の意思の尊重・身上に配慮する義務」)。しかし「医療行為への同意」そのものとは異なる
「後見人への医療同意権の付与」が議論される理由
現行法では後見人に医療同意権がないため、実務上の問題が生じている。その背景を整理した。
- 医療機関が後見人への同意を求めるケースが増えている:医療機関側が「家族がいない・連絡が取れない」等の場合に、後見人を「医療同意者」として扱うことを求めるケースが増えている。後見人としては法律上の根拠がないままに対応を迫られる状況が生じている
- 独居高齢者・身寄りのない高齢者の増加:家族がいない独居高齢者が増えており、医療機関・施設が「家族代わりの意思決定者」として後見人を期待するケースが増えている。現行法の空白を埋める制度整備が求められている状況だ
- 「意思決定支援」の観点からの議論:近年の障害者権利条約の勧告等を受けて「代替的意思決定(後見人が代わりに決める)」より「意思決定支援(本人の意思を最大限に引き出す支援)」の重要性が強調されている。後見人に医療同意権を付与するより「本人の意思を引き出す支援の仕組みを整える」方向での議論も続いている
「手術への同意」が緊急に必要な場合の対応
本人が意思決定できない状態で緊急手術が必要になった場合の対応を整理した。
- 近親者(配偶者・子)が同意書にサインする:緊急の場合は近親者が「家族代表者」として同意書にサインするケースが多い。後見人がいる場合も、家族と後見人が連携して対応する
- 後見人がいない場合の緊急対応:後見人がいない場合に医療機関が「緊急の医療同意者がいない」という状況になることがある。医療機関は「病院の倫理委員会への諮問」「医療チームによる検討」の上で緊急処置を行うことが多い
- 「後見人申立ての審判前の保全処分」の活用:後見申立てが係属中の場合は「審判前の保全処分(民法第876条の3)」として裁判所が一時的な財産管理者を選任する方法があるが、医療同意の問題には直接対応できない
成年後見制度改正の動向
医療同意権については、成年後見制度の改正議論の中でも論点になっている。
- 法制審議会での議論:法制審議会の家族法制部会では、成年後見制度の見直しの中で「後見人への医療同意権の付与」が議論されている。ただし2026年時点では法改正は未定であり、現行法では後見人に医療同意権はない
- 「意思決定支援」の重要性が高まっている:2022年の国連障害者権利条約勧告等を受けて、「本人の意思を最大限尊重する意思決定支援(代替的意思決定から本人支援型へ)」の重要性が高まっている。認知症であっても「本人の希望・意思」を尊重する方向での議論が続いている
「家族もいない・後見人もいない」独居高齢者の医療同意
家族も後見人もいない独居高齢者が入院した場合の医療同意の問題は、社会的に解決が難しい課題だ。
- 市区町村への相談が第一歩:家族・後見人がいない独居高齢者の医療同意が必要な場合は、市区町村の福祉担当部門に「緊急の成年後見申立ての支援」を依頼することができる。市区町村長が後見申立てを行う制度がある(老人福祉法第32条)
- 市区町村長申立ての対象:老人福祉法第32条により、65歳以上の者の福祉を図るため特に必要があると認めるときに市区町村長が後見等の審判の申立てをすることができる。家族がいない・家族が申立てを拒否している等の場合に活用できる
- 「第三者後見人(弁護士・司法書士)」が医療に関わる場合の実務:家族がいない場合に弁護士・司法書士等の「専門職後見人」が選任されることがある。専門職後見人は医療機関との連絡・調整・「入院手続き(契約)」の代理は行えるが、医療行為への同意権はないため、医療機関の倫理委員会や院内での判断が行われる
この記事のまとめ
- 成年後見人に医療同意権は法律上付与されていない(民法第858条・第859条)。現行法では「財産管理・代理行為」が後見人の権限範囲
- 実務上は家族(近親者)が同意するケースが多い。後見人は入院の「契約手続き(代理行為)」は行えるが、医療行為への同意は法的根拠が明確でない
- 事前の対策:①任意後見契約への医療同意の代理権の付与 ②事前指示書(アドバンス・ディレクティブ)の作成 ③ACP(アドバンス・ケア・プランニング)の実施
- 厚生労働省ガイドライン(2018年改定):本人が意思を示せない状態では「家族等の信頼できる者と医療チームの話し合い」で本人の最善の利益を判断する
- 相談先:かかりつけ医(ACP)・弁護士(任意後見契約の設計)・地域包括支援センター(意思決定支援の相談)・市区町村の成年後見相談窓口(後見申立て・市区町村長申立ての相談)
- 独居高齢者で家族がいない場合:老人福祉法第32条により市区町村長が後見申立てを行える。市区町村の福祉担当部門に相談して緊急対応の支援を求めることが第一歩だ
出典:民法第858条・第859条(後見人の権限)・第698条(緊急事務管理)・第876条の3(審判前の保全処分)、厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」(2018年改定)
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