元請から取引条件の変更を告げられたとき、その場で返答する必要はありません。
インボイス制度への対応を理由に、取引金額や支払い条件を変えると告げてくる元請があります。建設の一人親方が受ける場面として多いのは、次の4つです。
この記事では、それぞれの場面で返答の前に何を確認すべきかをまとめています。
4つの場面と、それぞれの意味
①「インボイスに登録していますか」と尋ねてくる
元請が仕入税額控除を使うために、あなたの登録番号を確認したい状況です。登録しているかどうかを正直に答えれば十分です。登録を強制することはできません。
②「登録してもらえないなら単価を下げます」と言われる
インボイス未登録を理由に、請負代金を引き下げようとする場面です。後述しますが、この行為は建設業法上の問題になる場合があります。
③「登録しても単価は変わりません」と言われる
登録後に消費税を納税することになっても、受け取る金額を変えないという意味です。消費税分(10%相当)が実質的にあなたの負担になります。協議なく一方的に行われた場合は問題になります。
④「登録しないなら仕事を回せない」と示唆される
インボイスの登録を迫るために、仕事の打ち切りを示唆するケースです。この示唆を受けた側が、登録を強制されているわけではありません。
返答の前に確認すること3点
1. 書面で残すよう求める
「電話ではなくメールか書面で送ってほしい」と伝えてください。何をどのような理由で変えようとしているのかを文字で確認することが大切です。口頭のやりとりだけでは記録が残りません。工事の発注にかかわる取引条件は書面で記録しておくことが、後のトラブルを防ぐことにもつながります。
2. 変更の根拠を尋ねる
「なぜその変更が必要なのか」を尋ねてください。インボイス制度への対応が理由なのか、他に理由があるのかを確認します。根拠のない変更には応じない選択肢があります。
3. 即答しない
その場で返事を求められても、「確認してから連絡します」と答えて構いません。インボイスの登録をするかどうかはあなたが判断することです。
一つだけ、20年の営業経験から言わせてください。元請があなたに仕事を出しているのは、あなたの仕事が必要だからです。条件変更を突然告げられると動揺しますが、相手も取引を続けたいと思っているのが普通です。だからこそ、書面で確認を求めることや根拠を尋ねることは、関係を壊す行動ではありません。
「確認してから返答します」と言えるかどうかは、後の交渉の余地を決めることにもつながります。その場で「わかりました」と答えてしまうと、後から条件を変更するのが難しくなります。時間をおいて書面で確認してから、必要であれば协議を求めるという手順を踏んでください。
建設業法が禁じる「不当に低い請負代金」
建設業法第19条の3第1項には、次の規定があります。
「注文者は、その取引上の地位を不当に利用して、その注文した建設工事を施工するために通常必要と認められる原価に満たない金額を請負代金の額とする請負契約を締結してはならない。」
出典:建設業法第19条の3第1項
「通常必要と認められる原価に満たない金額」での契約を強いることは、この規定に反します。
5省庁(財務省・公正取引委員会・経済産業省・中小企業庁・国土交通省)が作成したQ&Aにも、建設業について次の記述があります。
「建設業の下請取引においては、元請負人が自己の取引上の地位を不当に利用して免税事業者である下請負人と合意することなく、下請代金の額を一方的に減額することは、建設業法第19条の3第1項の「不当に低い請負代金の禁止」の規定に違反する行為として問題となるおそれがある」
出典:5省庁「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」(令和8年1月30日改正)Q7
「合意することなく一方的に減額する」ことが問題です。裏返せば、合意なしの一方的な変更に対して協議を求めることは正当な行動です。
「据え置き」も協議なしでは問題になる
5省庁Q&Aには、「据え置き」についても同様の考え方が示されています。
「免税事業者であった仕入先が課税事業者に転換した場合、新たに納税が必要となる消費税分について、①仕入先と明示的に協議することなく取引価格を据え置くことは、独占禁止法上の優越的地位の濫用又は取適法上の買いたたきとして問題となるおそれがある」
出典:同Q&A Q5
「下げる」のではなく「変えない」という据え置きも、協議なく一方的に行われた場合は問題になります。インボイス登録後に消費税を納税することで手取りが減るのに、その分を考慮せずに金額をそのままにすることは、実質的な値下げです。
問題となる行為とならない行為の違い
5省庁Q&Aは、問題になる行為とならない行為の目安を次のように示しています。
| 行為 | 問題になるかどうか |
|---|---|
| 登録を求めないまま、免税事業者と取引を継続する | 問題にならない |
| 消費税分の値上げを協議した上で、合意を得ずに取引価格を据え置く | 問題になるおそれがある |
| 登録を条件に、一方的に単価を引き下げる | 問題になるおそれがある |
| 登録しないことを理由に、取引を打ち切ると脅す | 問題になるおそれがある |
| 双方で協議し、合意した上で取引条件を変更する | 問題にならない |
(出典:5省庁Q&A Q5・Q7をもとに整理)
建設業許可の有無と、使える法律の違い
建設業法第19条の3(不当に低い請負代金の禁止)が直接適用されるのは、正確には「建設業の許可を受けた業者が他の業者に建設工事を下請けに出す場合」が中心です。建設業許可を持っている元請と、一人親方として下請け・孫請けの関係にある場合に、この規定が機能しやすくなります。
建設業許可を持っていない一人親方でも、独占禁止法上の優越的地位の濫用や、5省庁Q&Aで示されている「取適法上の買いたたき」の観点から、問題になりうる取引はあります。ただし、適用される法律と相談窓口が変わります。建設業許可を持っている業者から工事を受けているかどうかを確認した上で、状況に合った窓口に相談することをすすめます。
請負代金に消費税が含まれているかどうかの確認
インボイス制度への対応を考えるとき、まず確認が必要なのは「今受け取っている請負代金に消費税が含まれているかどうか」です。
請負代金の扱いは大きく2パターンに分かれます。
| パターン | 内容 | インボイス登録後の変化 |
|---|---|---|
| 外税(税抜き+消費税別途) | 請負代金100万円+消費税10万円=計110万円の形で受け取っている | 受け取り額に変化なし。消費税10万円を納税するかどうかの問題になる |
| 内税(税込みで一つの金額) | 「100万円(消費税込み)」という形。消費税分が明示されていない | 登録すると消費税を自分が納税する形になり、実質的な手取りが減る |
今の請負代金が外税になっているかどうかは、元請から受け取っている請求書や工事請負契約書を確認してください。内税になっている場合は、インボイス登録後の消費税納税分を考慮した新しい請負代金を提案する交渉の余地があります。
フリーランス保護法と建設一人親方の関係
2024年11月1日に施行されたフリーランス保護法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)は、建設の一人親方にも一部適用される可能性があります。ただし、建設業に関しては建設業法が優先して適用されることが多く、フリーランス保護法はその補完的な位置づけになります。
フリーランス保護法の適用条件として、受ける側が「特定受託事業者」(従業員なし)、発注する側が「特定業務委託事業者」(従業員あり)、そして「6か月以上継続する業務委託」という3点が必要です。建設工事の場合、継続的に同じ元請から仕事を受けている一人親方であれば、これらの条件を満たす可能性があります。
なお、建設工事の下請け取引は「製造委託等適正化法(取適法)」の対象になる場合もあります。「取適法上の買いたたき」として5省庁Q&Aで言及されているのは、元請が優越的地位を利用して不当に低い価格を設定することです。
元請に交渉する前の準備
「インボイス登録後に消費税分の値上げをお願いしたい」と思ったとき、交渉の前に準備しておくと話が進めやすい点があります。
- 現在の請負代金の確認:内税か外税かを確認し、消費税相当分がいくらになるかを数字で把握しておく
- 工事の種類と継続性の確認:元請との取引が継続的かどうか(「次の工事もお願いします」という関係性)を確認する
- 書面での根拠の用意:5省庁Q&Aの該当箇所や建設業法第19条の3を手元に用意しておく
- 提案内容の具体化:「○%の上乗せ」という具体的な数字を準備する(「仕事を続けたいので話し合いたい」というスタンスが基本)
交渉の相手は取引を続けたいと思っているはずです。「上乗せをお願いしたい」というだけでなく、なぜそうなるのかを数字で説明できると、話がしやすくなります。消費税分の試算については、別途の記事にまとめています。
2026年10月以降に連絡が増えている背景
インボイス制度の経過措置は段階的に変わります。2023年10月〜2026年9月は「免税事業者からの仕入れについて消費税相当額の80%まで仕入税額控除できる」という措置がありました。2026年10月からはこの割合が50%に下がりました。
この移行のタイミングに合わせて、元請が一人親方のインボイス登録状況を改めて確認したり、条件変更を申し入れてくることが増えています。対応に迫られているように感じるかもしれませんが、登録するかどうかの判断は引き続き一人親方自身のものです。経過措置の変化を理由にした急かしに対しても、返答を急ぐ必要はありません。
よくある誤解と、正しい理解
インボイス制度に関して、現場でよく聞かれる誤解を3点まとめます。
誤解①「元請が登録を求めてきたので、応じなければいけない」
インボイスに登録するかどうかは、一人親方が自分の判断で決めることです。元請が求めてきても、それに応じる義務はありません。登録を強制されていると感じたときは、公正取引委員会や国土交通省の相談窓口に状況を伝えることができます。
誤解②「登録すれば元請との関係が良くなる」
登録するかどうかと、元請との取引関係の良し悪しは別の問題です。登録後に消費税を納税することになれば、手取りが減ります。その負担について協議せず、報酬だけ変わらないという場合は、5省庁Q&Aにある「協議なしの据え置き」の問題が起きます。登録が取引関係を自動的に改善することはありません。
誤解③「2026年10月以降はすぐに登録が必要」
2026年10月は消費税の経過措置の第2段階(仕入税額控除80%→50%)に移行した時期です。移行したからといって、一人親方がすぐに登録しなければいけないわけではありません。登録するかどうかは引き続き自分の判断で決めることができます。
交渉の記録の残し方
元請との間でインボイスに関するやりとりがあったとき、後から状況を確認できる形で記録を残しておくことをすすめます。
- メール・書面は保管する:受け取ったメール・FAX・書面は削除せずに保管する。日付・送受信者・内容が確認できる形で残す
- 口頭のやりとりはメモにする:電話・対面での会話の後、日付・内容・誰が言ったかをメモに残す。その場でメールで「先ほどのご連絡の確認です」と送ると書面として残る
- 変更の理由と具体的な金額を確認する:「インボイスのため」という理由だけでなく、具体的に報酬をいくら変えようとしているのかを確認する
相談窓口に連絡する場合も、これらの記録があると状況を正確に伝えやすくなります。記録を残しておくことは、後から「言った・言わない」の問題になるリスクを減らすことにもつながります。
インボイスの登録判断と交渉は、別の話
インボイスに登録するかどうかと、単価の交渉は別の問題です。
登録しないまま取引を続けることもできますし、登録した上で消費税分の上乗せを交渉することもできます。2割特例(2026年12月31日まで・個人の場合)・3割特例(2027年・2028年)の期間は、登録しても納税額が抑えられます。
登録を急ぐ前に、今の請負代金に消費税が含まれているかどうか(内税か外税か)を先に確認してからでも遅くありません。
消費税分の値上げを自分から元請に相談するときの具体的な方法と、伝え方については、別の記事にまとめています。
→ 一人親方の消費税分の値上げは、数字を1枚にして、そのまま頼む
→ 建設の一人親方のインボイス試算ツール(2割特例・3割特例・簡易課税の年ごとの比較ができます。無料)
相談できる窓口
元請から条件変更の申し入れを受けたとき、対応に迷ったときは、次の窓口に相談できます。相談時には、元請から受け取ったメール・書面の内容と、具体的な金額・変更内容を手元に用意しておくと話が進めやすくなります。
公正取引委員会(相談窓口)
独占禁止法・優越的地位の濫用・取適法上の買いたたきについて相談できます。
電話:0570-003-010(平日9:00〜17:00)
国土交通省 建設業適正取引推進指導室
建設業法第19条の3(不当に低い請負代金の禁止)に関する相談。
電話:03-5253-8362
中小企業庁 インボイス相談窓口
インボイス制度全般の相談。一人親方・フリーランスからの相談を受け付けています。
電話:0570-050-093
フリーランス・トラブル110番(厚生労働省委託事業)
フリーランス保護法に関する相談。報酬引き下げ・一方的な条件変更・中途解除について相談できます。
電話:0120-532-110(平日9:30〜17:30)
建設業許可を受けている事業者向けの相談は、各都道府県の建設業許可担当部署にも問い合わせることができます。どの窓口でも相談した時点でペナルティが生じることはなく、あくまで状況の確認と情報収集の手段として活用してください。相談してから元請への返答を決める順番でも問題ありません。
→ 建設の一人親方のインボイス試算ツール(2割特例・3割特例・簡易課税の年ごとの手取り変化が確認できます。無料)


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