飲食店の居抜き物件と新装、初期費用の差が損益分岐点をどう変えるか。

飲食店の居抜き物件と新装、初期費用の差が損益分岐点をどう変えるか。 飲食店の開業

居抜き物件を選ぶと、内外装・厨房設備・什器の既存利用により初期費用を200〜400万円程度削減できます。日本政策金融公庫の創業計画書記入例(2025年4月版・洋風居酒屋)では設備資金合計が970万円ですが、居抜きを活用すると600万円台前半に抑えられます。初期費用を340万円削減し5年返済にすると、月次固定費が約6.0万円減り、損益分岐点の月商は約9.2万円下がります。

居抜き物件とスケルトン物件の定義

飲食店の物件は「居抜き物件」と「スケルトン物件(新装前提)」の2種類に大別されます。居抜き物件とは、前のテナントが使っていた内装・厨房設備・什器が残った状態で引き渡される物件のことです。スケルトン物件はコンクリートや鉄骨が剥き出しの状態で引き渡されるため、内装・設備をすべてゼロから作ります。

実際には両者の中間にあたる「一部居抜き」の物件が多く、厨房設備は残っているが内装は改装する、あるいは内装はそのままだが厨房機器は新しくする、といったケースが一般的です。どの設備を流用できるかによって、節約できる金額が変わります。

居抜き物件の内装・設備を利用する権利は「造作(ぞうさく)」と呼ばれ、前のテナントから「造作譲渡料」を支払って取得するのが一般的です。造作譲渡料は物件の状態・立地・設備の新旧によって数十万円から数百万円まで幅があります。工事費の節約額と造作譲渡料のバランスを確認することが判断の出発点になります。

居抜きで節約できる費用と節約できない費用

日本政策金融公庫の創業計画書記入例(2025年4月版・洋風居酒屋・スケルトン新装前提)では、設備資金の内訳は物件取得費・保証金等500万円、内外装工事200万円、厨房設備150万円、什器備品120万円の合計970万円です。

居抜きを活用した場合、内外装工事・厨房設備・什器備品の一部または全部を節約できます。一方で、物件取得費・保証金はスケルトンと同様に発生します。また、食品衛生法の営業許可は前テナントのものを引き継げないため、新規に取得する必要があります(東京都の例では18,300円)。

費用の種類 スケルトン新装(記入例水準) 居抜き活用の場合(目安) 削減効果
物件取得費・保証金等 500万円 500万円 削減不可
造作譲渡料 0円 50〜200万円(物件による) 新規発生
内外装工事費 200万円 30〜80万円(手直し・修繕のみ) 最大170万円削減
厨房設備費 150万円 20〜60万円(不足機器の追加) 最大130万円削減
什器備品費 120万円 20〜50万円(不足分の追加) 最大100万円削減
設備資金合計(目安) 970万円 620〜890万円 80〜350万円の削減

節約できない費用の主なものは、物件の保証金(家賃の数か月分以上になることがあります)・営業許可申請費・食品衛生責任者の資格取得費(東京都食品衛生協会の例で約12,000円)・看板やサインの新規作成費・開業後の運転資金(初期仕入・採用費・準備期間の家賃等)です。公庫の記入例では運転資金として290万円(初期仕入90万円・その他140万円・準備期間の家賃等60万円)が計上されており、居抜きかスケルトンかに関わらず必要です。

居抜きの節約効果が最も大きいのは、前のテナントと業態が近い場合です。前が焼き鳥店で自分も焼き鳥店を開く場合、厨房の換気ダクト・グリル設備・作業台をそのまま使えます。逆に、前がラーメン店で自分はカフェを開く場合は、厨房をほぼ入れ替えることになり、削減効果が小さくなります。

初期費用の差が借入額と月次返済に与える影響

初期費用を抑えることで、借入額を減らし、月次の固定費(返済額)を下げることができます。月次固定費が下がれば損益分岐点の月商も下がり、開業初期の売上が計画を下回る時期でも、より小さな売上でトントンを維持できます。

以下は、初期費用の削減額と借入削減・月次返済削減の関係を整理した表です。公庫融資の目安として年利2.5%・元利均等返済で試算しています。

初期費用の削減額 借入の削減額 5年返済での月次削減 10年返済での月次削減
100万円 100万円 約1.8万円 約0.9万円
200万円 200万円 約3.5万円 約1.9万円
340万円(居抜き効果の目安) 340万円 約6.0万円 約3.2万円
500万円 500万円 約8.9万円 約4.7万円

※年利2.5%・元利均等返済の場合の月次削減額の目安です。実際の返済条件は金融機関・融資制度によって異なります。

公庫の記入例(洋風居酒屋)では借入1,000万円・年利2.5%・10年返済の場合、月次返済は約9.4万円です。居抜きで初期費用を340万円削減して借入を660万円に抑えた場合、同条件の月次返済は約6.2万円です。差額3.2万円が毎月の固定費の削減分になります。

月次固定費の削減が損益分岐点をどう変えるか

損益分岐点の月商は「固定費÷粗利率」で計算します。公庫の経営指標調査(飲食店・宿泊業、2025年度)では、一般飲食店の粗利率(売上総利益率)の平均は65〜66%前後です。ここでは原価率35%・粗利率65%を前提に試算します。

月次固定費が6.0万円下がると、損益分岐点の月商は 6.0万円÷0.65=約9.2万円低下します。公庫記入例の軌道後月商322万円に対して、損益分岐点が9.2万円下がることは約2.9%の余裕に相当します。

借入の削減額 返済期間 月次固定費の削減 損益分岐点の月商削減(粗利率65%) 月商322万円に対する比率
100万円 5年 約1.8万円 約2.8万円 約0.9%
200万円 5年 約3.5万円 約5.4万円 約1.7%
340万円 5年 約6.0万円 約9.2万円 約2.9%
340万円 10年 約3.2万円 約4.9万円 約1.5%
500万円 5年 約8.9万円 約13.7万円 約4.3%

損益分岐点の改善効果は、返済期間が短いほど大きくなります。居抜きで340万円の借入を減らし、5年返済にした場合は損益分岐点が約9.2万円下がります。これは毎月9.2万円の売上が少なくても黒字を維持できる、という意味です。

日本政策金融公庫の「2025年度新規開業実態調査」(2,165社)によると、開業後の苦労として「資金繰り・資金調達」を挙げた人が56.9%と最多です。開業初期の立ち上がり期間(売上が計画の77%程度になる時期)に、固定費の水準が低いほど資金ショートのリスクが下がります。居抜きによる初期費用の削減は、この立ち上がり期間の財務的なクッションを厚くする効果があります。

居抜き物件を選ぶときの確認ポイント

居抜き物件は初期費用の削減という大きなメリットがある一方、事前確認が不十分だと後から追加費用が発生するリスクがあります。物件を内覧する際は以下の項目を一つひとつ確認してください。

確認カテゴリ 確認項目 注意点
厨房設備の稼働状態 ガスレンジ・冷蔵庫・換気扇・グリストラップの動作確認 動作確認は専門業者と一緒に行う。修繕費を見込む
設備の修繕責任 引き渡し後の設備不具合は誰が負担するか 契約書に明記されていない場合はテナント側負担になることがある
排気ダクトの状態 容量・位置が自店の業態に合っているか・油煙の汚れ 前店が揚げ物・ラーメン店の場合は油脂の蓄積が多い。清掃費が発生する
グリストラップ 清掃状態・容量・最終清掃日 未清掃の場合、清掃・修繕に数十万円かかることがある
電気・ガスの容量 契約容量と使用予定機器の消費量が一致しているか 大型機器を追加する場合は電気工事費が発生することがある
内装の状態 床・壁・天井の状態・臭い(業態による) 焼肉・ラーメン店の臭いはクロスを全面張り替えても残ることがある
前店の閉店理由 閉店の理由・地域での評判 食中毒や問題が理由の場合、客足に影響することがある
造作譲渡料の内訳 何に対して支払う費用か・内訳の妥当性 「設備一式」という説明のみで高額を求められるケースがある。内訳を必ず確認する
賃貸借契約の条件 保証金の扱い・原状回復の範囲・名義変更の費用 居抜きの場合は引き渡し時の状態が「原状」になるが、契約書で確認する

特に見落としやすいのがグリストラップと電気・ガスの容量です。グリストラップは油脂分を除去する設備で、定期清掃が義務付けられています(食品衛生法に基づく施設管理基準)。引き渡し時に汚れが蓄積している場合、清掃と修繕で数十万円かかることがあります。

電気容量については、IHクッキングヒーターや大型冷蔵設備を追加する計画がある場合は、現在の契約アンペア数が足りるかを電力会社に確認します。容量不足の場合は引き込み工事が必要になり、費用と工期が追加で発生します。

居抜きと新装のどちらを選ぶべきかの判断基準

居抜きと新装のどちらを選ぶかは、初期費用の大小だけで決まりません。以下の3点で判断します。

第1に、業態の一致度です。前のテナントと料理の系統・調理方法が近いほど、厨房設備をそのまま流用できる可能性が高く、居抜きの節約効果が大きくなります。業態が大きく異なる場合、厨房の多くを入れ替えることになり、削減効果が縮小します。

第2に、内装がブランドの核心になるかどうかです。カフェや高単価レストランのように内装の世界観が集客の要になる業態では、居抜きの内装を大幅に改装することになり、コスト削減効果が限定的になります。立地と価格帯で集客する大衆飲食店では、内装投資よりも初期費用の抑制を優先する判断が合理的になることが多いです。

第3に、物件の立地です。人通りが多く賃料が高いエリアでは、居抜きで取得できる物件自体が少なかったり、造作譲渡料が高くなったりする場合があります。希望エリアでの居抜き物件の供給状況を確認した上で判断します。

日本政策金融公庫の「2025年度新規開業実態調査」では、開業費用の中央値は600万円です。居抜きを活用して設備資金を600万円台前半に抑えることは、この中央値水準での開業を実現する手段のひとつです。同調査では開業後に「黒字基調」と回答した人が67.0%に上り、初期費用を抑えて資金的な余裕を持った状態で開業することが、黒字基調維持の一因になると考えられます。

まとめ

居抜き物件の活用により、日本政策金融公庫の記入例水準(設備資金970万円)から200〜400万円程度の削減が期待できます。借入を340万円減らして5年返済にすると、月次固定費が約6.0万円下がり、損益分岐点の月商は約9.2万円低くなります。立ち上がり期間中の資金的な安全性が高まり、資金ショートのリスクを減らせます。

ただし、グリストラップの状態・電気容量・業態の一致度・造作譲渡料の内訳を事前に確認しないと、後から追加費用が発生して節約効果が相殺されます。この記事の確認ポイント表を活用して、物件の内覧時に設備の状態を一つひとつ確認してください。

自分の計画している業態・席数・客単価・開業資金の条件で、居抜きと新装それぞれの収支がどう変わるかは、飲食店の開業 収支シミュレーターで試算できます。初期費用・借入額・返済期間を入力すると、36か月の月次収支と損益分岐点が自動で計算されます。

本記事の数字は日本政策金融公庫「創業計画書記入例(2025年4月版・洋風居酒屋)」および「2025年度新規開業実態調査」(2,165社)を参考に試算したものです。実際の費用は物件・業態・地域によって異なります。融資・物件の契約については、金融機関・不動産業者・各行政窓口にご確認ください。本ツールは当方が作成した民間のシミュレーターであり、日本政策金融公庫が作成・提供するものではありません。むむ(fufumumu_design)作成・2026年10月確認。

この記事を書いた人

業種別のツールを、一人で作っています。開業前の収支シミュレーター、法定研修キット、資格の問題集。どれも、厚生労働省の告示や調査の原文を自分で確かめてから数字を組み込んでいます。使う人が「この数字、合ってるか」と不安になるようなツールは作りたくないので。

上場企業で20年間、営業ひとすじ。電話営業・インサイドセールスから、約70名のチームのマネジメントへ。現場で「根拠のない数字」が判断を狂わせる場面を見続けてきたせいか、ツールを作るときも出典を確かめずにはいられません。

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