訪問介護の損益分岐。稼働率と件数で考える、黒字になる条件。

訪問介護の損益分岐は、人件費をいつ回収できるかで決まる

訪問介護の事業収支は、シンプルに言えば「何件訪問したか × 1件の報酬単価」が収入のほぼすべてだ。施設系サービスのような「定員」という概念はなく、訪問件数をどれだけ積み上げられるかが収益の鍵になる。

全国平均の収支差率は9.6%(令和6年度決算・厚生労働省「令和7年度介護事業経営概況調査結果(案)」)。100万円の収入があれば9.6万円が利益になる計算だが、この数字は大規模事業所と小規模事業所が混在した全体平均だ。開業初期の小規模事業所では、この数字よりかなり低い水準から始まることが多い。

損益分岐を考えるうえで最初に押さえておくべきことがある。訪問介護の費用構造は、人件費の比率が非常に高い。厚生労働省の同調査では、訪問介護の給与費比率は67.8%(令和6年度)。収入の3分の2以上が人件費だ。つまり、損益分岐は「固定的に発生する人件費をいつ訪問件数で回収できるか」という問いに集約される。

この記事では、訪問介護の収入の仕組み・固定費の構造・稼働率と損益分岐の試算の順に整理する。開業前の収支試算や、今の稼働率が採算ラインにあるかどうかを確認したい方に向けて書いた。


訪問介護の収入は「単位数 × 1単位の金額 × 訪問件数」で決まる

訪問介護の報酬は「単位」という単位で設定されており、1単位の金額は事業所の所在地によって異なる。地域区分が高い(人件費の高い)地域ほど1単位の金額が高く設定されている。

令和6年度改定後の主な基本報酬単位数は以下のとおり(出典:指定居宅サービスに要する費用の額の算定に関する基準・厚生労働省告示)。

サービス区分 単位数 金額(1単位10円の場合)
身体介護 20分未満 163単位 1,630円
身体介護 20〜30分未満 244単位 2,440円
身体介護 30〜60分未満 387単位 3,870円
身体介護 60〜90分未満 567単位 5,670円
生活援助 20〜45分未満 179単位 1,790円
生活援助 45分以上 220単位 2,200円

1単位の金額は地域によって異なる。東京都23区(1級地)では11.40円、政令指定都市の多くは10.70〜10.90円、地方都市や町村部では10.00円(その他)となる。上表は「その他(10.00円)」で計算したものだ。東京23区の場合、身体介護30〜60分は387単位 × 11.40円 = 4,412円になる。

実際の請求では、これに各種加算(特定事業所加算・緊急時対応加算・夜間・早朝・深夜加算等)が上乗せされる。たとえば特定事業所加算Ⅰは所定単位数の20%加算なので、身体介護30〜60分の場合は387単位 × 1.20 = 464.4単位(端数処理あり)となる。加算を積み上げることで1訪問あたりの単価は大きく変わる。

収入を見積もるときに重要なのは「平均単価」だ。身体介護と生活援助の比率、訪問時間の長さ、加算の取得状況によって事業所ごとに異なる。1訪問あたりの平均単価を仮に3,500円と置くと、月200件の訪問で70万円、月300件で105万円の収入になる。


固定費は月100〜150万円から始まる

収入の見込みが立ったとして、次に考えるべきは固定費だ。訪問介護の固定費は、大半が人件費で占められる。

開業時に最低限必要な人員は、管理者1名とサービス提供責任者1名(兼務可)、そして訪問担当のヘルパーだ。訪問件数を増やすほどヘルパーが必要になり、人件費も比例して増える。

以下は、開業時の小規模事業所(常勤3名+非常勤数名)を想定した月次固定費の目安だ。

費目 月額の目安 備考
人件費(常勤3名) 90〜120万円 管理者・サービス提供責任者・ヘルパー。社会保険料含む
家賃・光熱費 5〜15万円 事務所スペース。自宅兼用の場合は低くなる
車両・交通費 5〜10万円 ガソリン代・リース料・公共交通費
通信費・システム費 3〜8万円 介護ソフト・電話・インターネット等
保険料・消耗品等 3〜7万円 賠償責任保険・マスク・手袋等
合計(目安) 106〜160万円

非常勤ヘルパーの人件費は変動費になるが、訪問件数が増えるほど増加する。「件数が増えたのに利益が出ない」という状況の多くは、訪問件数の増加に比例して非常勤ヘルパーへの支払いも増えているためだ。

また、訪問介護ではヘルパーが利用者宅へ移動する時間(=直行直帰の移動時間)は基本的に報酬に含まれないが、事業所が労働時間として扱うかどうかで人件費が変わる。移動時間を含めて賃金を支払う場合、稼働時間に対して報酬が発生する時間の割合は下がる。


損益分岐の試算。稼働率60〜70%が最初の目標ラインになる

固定費の目安が出た。次に「月何件の訪問で固定費を回収できるか(損益分岐)」を試算する。

損益分岐の計算式は単純だ。

損益分岐の訪問件数 = 固定費(月) ÷ 1訪問あたりの平均単価

固定費130万円、平均単価3,500円で計算すると:

1,300,000円 ÷ 3,500円 ≒ 371件/月

月25日稼働、ヘルパーが1日に対応できる訪問は最大5〜7件(移動時間込み。都市部では5件程度、地方では7件に近づく)とすると、常勤3名でこなせる理論上の最大訪問件数は:

常勤3名 × 1日6件 × 25日 = 450件/月(理論最大)

損益分岐371件 ÷ 理論最大450件 ≒ 稼働率82%

これは、常勤3名だけで回す場合の損益分岐が「稼働率82%」に相当するという試算だ。開業直後にこの稼働率を達成するのは現実的ではない。多くの事業所では、非常勤ヘルパーを加えることで理論最大件数を増やし、損益分岐の稼働率を下げるという構造で運営する。

たとえば非常勤ヘルパーを3名加え、全員合わせての理論最大を650件に増やすと:

損益分岐371件 ÷ 理論最大650件 ≒ 稼働率57%

非常勤分の人件費が変動費として加わるため実際には単純な割り算ではないが、非常勤を活用することで損益分岐ラインの稼働率は確実に下がる。開業初期の稼働率60〜70%達成を最初の目標として設定するのが実務上よく使われる考え方だ。

平均単価の違いで損益分岐は大きく変わる

平均単価の設定が損益分岐に与える影響は大きい。身体介護中心か、生活援助中心かによっても変わるが、特定事業所加算の取得有無がポイントになる。

平均単価の想定 損益分岐件数(固定費130万円)
2,500円(生活援助中心・加算なし) 520件/月
3,000円(身体介護中心・加算なし) 433件/月
3,500円(身体介護中心・一部加算) 371件/月
4,200円(身体介護中心・特定事業所加算Ⅰ取得) 310件/月

特定事業所加算Ⅰ(所定単位数の20%加算)を取得できれば、同じ件数でも収入が2割増える。損益分岐件数が371件から310件に下がり、稼働率換算でも相当楽になる。ただし特定事業所加算は人員要件(訪問介護員の7割以上が介護福祉士等)・体制要件・計画作成・定期的な会議等の義務があり、開業直後から取得できる加算ではない。


全国平均の収支差率が9.6%を示す意味

厚生労働省「令和7年度介護事業経営概況調査結果(案)」(2025年12月・第249回介護給付費分科会提出資料)によれば、訪問介護の収支差率は9.6%(令和6年度決算)だ。前年(令和5年度)の11.1%から低下しており、令和6年4月の介護報酬改定(訪問介護は全体で▲2.0%)の影響が反映されている。

9.6%という数字をどう読むかは慎重に考える必要がある。

この数字は全国の訪問介護事業所の平均であり、規模・地域・サービスの種類・加算の取得状況によって事業所間のばらつきは大きい。黒字事業所の高い収支差率が、赤字事業所の数字を押し上げている面もある。開業初年度の事業所は、平均より低い収支差率から始まるケースが多いと見ておいた方がいい。

また、人件費率67.8%という数字も見ておく必要がある。収入の約3分の2が人件費だということは、収入が10%増えても支出(人件費含む)も7〜8%増えるという構造だ。件数を増やせば増やすほど人件費も増えるため、規模が大きくなれば自動的に利益率が上がるわけではない。

それでも全国平均で9.6%という収支差率は、適切に運営できれば黒字化できるサービスであることを示している。損益分岐を超えた後は、1件増えるごとに利益が積み上がる構造がある。


稼働率を上げる、3つの実務的なポイント

損益分岐を超えて安定した収益を確保するために、現場の実務で重要になる3点を整理する。

1. 利用者1人あたりの訪問回数を増やす

新規の利用者を獲得するコストと時間は、既存の利用者への訪問件数を増やすコストよりも大きい。ケアマネジャーとの関係を丁寧に維持し、担当利用者1人あたりの週あたりの訪問回数を増やすことが、稼働率向上の最も効率的な方法だ。

週3回の生活援助しか計画に入っていない利用者に、家族の状況や本人の希望に応じた身体介護のニーズを確認し、ケアマネジャーと連携してサービス計画を見直すことで、同じ利用者から得られる報酬を増やせる。

2. 移動時間を設計する

訪問介護の収益性は「移動時間をどれだけ圧縮できるか」に強く依存する。担当エリアを絞って近距離の利用者を集中的に受けることで、1日あたりの訪問件数を増やせる。特定の曜日・時間帯に訪問が集中している利用者を優先的に受け、移動の無駄を減らす。

サービス提供責任者の配置基準は利用者40人に対して1人(常勤)だが(指定居宅サービス等の人員・設備及び運営に関する基準・厚生労働省令第5条)、利用者数と担当ヘルパーの移動範囲のバランスが、事業所の実際の稼働効率を左右する。

3. 加算の取得を段階的に目指す

開業直後から取得できる加算は限られるが、運営が安定してきたら特定事業所加算の取得を目指すことが収益性の改善につながる。特定事業所加算には複数の区分があり(加算Ⅰが20%・加算Ⅱ・Ⅲが10%・加算Ⅳ・Ⅴが3%)、区分ごとに人員要件や体制要件の難しさが異なる(出典:指定居宅サービスに要する費用の額の算定に関する基準・厚生労働省告示)。加算Ⅰは訪問介護員等の7割以上が介護福祉士等であることが求められるが、加算Ⅳ・Ⅴは体制要件が中心で比較的取得しやすい。達成できる要件の区分から段階的に取得を目指すことが、現実的な収益改善の順序だ。

緊急時対応加算(月1回・100単位)や夜間・早朝・深夜加算(25〜50%加算)は、体制さえ整っていれば加算の取得自体はそれほど難しくない。夜間・早朝対応は負担が大きいが、1件あたりの単価を大幅に引き上げられる。


開業前に確認しておくべき試算の5つのポイント

損益分岐の試算は、以下の5点を自分の事業所の数字に落とし込むことで精度が上がる。

  • 地域区分:1単位の金額は地域によって異なる。都市部と地方で収入が1割以上変わる
  • 人員構成:常勤何名・非常勤何名でスタートするか。常勤の比率が高いほど固定費が増える
  • 平均単価の見込み:担当予定の利用者の介護度・サービスの種類・加算の見込みを考慮する
  • 1人1日の訪問件数の現実値:担当エリアの広さ・移動手段によって5〜7件の間で変わる
  • 開業後の立ち上がり期間:稼働率が損益分岐に達するまでの期間(通常3〜6ヶ月)の運転資金を見ておく

これらの数字を具体的に入れて試算すると、「何ヶ月目から黒字になるか」「運転資金がいつまで持つか」を確認できる。


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出典

  • 厚生労働省「令和7年度介護事業経営概況調査結果(案)」第249回社会保障審議会介護給付費分科会(2025年12月3日提出):収支差率9.6%・給与費比率67.8%
  • 指定居宅サービスに要する費用の額の算定に関する基準(厚生労働省告示):基本報酬単位数・特定事業所加算・緊急時対応加算・夜間早朝深夜加算
  • 指定居宅サービス等の人員、設備及び運営に関する基準(厚生労働省令第5条):サービス提供責任者の配置基準
  • 厚生労働省「令和6年介護サービス施設・事業所調査」:訪問介護事業所数37,264事業所

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この記事を書いた人

業種別のツールを、一人で作っています。開業前の収支シミュレーター、法定研修キット、資格の問題集。どれも、厚生労働省の告示や調査の原文を自分で確かめてから数字を組み込んでいます。使う人が「この数字、合ってるか」と不安になるようなツールは作りたくないので。

上場企業で20年間、営業ひとすじ。電話営業・インサイドセールスから、約70名のチームのマネジメントへ。現場で「根拠のない数字」が判断を狂わせる場面を見続けてきたせいか、ツールを作るときも出典を確かめずにはいられません。

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