翻訳会社から「インボイス制度に関して取引条件について確認させてください」という連絡が来ることがあります。
2026年10月以降、免税事業者と取引している翻訳会社が控除できない額の割合が増えるため(令和8年10月〜は30%)、取引条件を整理しようとする翻訳会社が増えていきます。
このような連絡を受けたとき、すぐに返答しないほうがよい理由があります。
私は営業管理職として20年、発注する側と受注する側の両方を経験してきました。取引条件の変更を告げる側にいたこともあります。その立場から言うと、返答の前に確認すべきことがあります。
翻訳会社が取引条件を変えると言ってくる4つのパターン
「取引条件の確認」という言葉の中身は、翻訳会社によって異なります。連絡の中身を確認してから返答を考えることが先です。
①インボイス登録しているかを確認してくる
「インボイス発行事業者に登録されていますか」という確認の連絡です。このパターンは、翻訳会社が登録の有無を把握しようとしているだけの段階で、条件変更の提案ではありません。登録しているなら登録番号を回答し、登録していないなら「未登録です」と回答すれば足ります。
②単価の引下げを提案してくる
「インボイス制度を踏まえて、現行の単価から○%調整させてください」という形の申し出です。翻訳会社の仕入税額控除が一部できなくなることへの対応として、その分をフリーランス側の単価で調整しようとしているケースです。
③「現在の単価のまま続けたい」という一方的な通知
申し出でも確認でもなく、「これまでどおりの条件で続けます」という形の連絡です。取引条件の変更を求めてきているわけではありませんが、インボイス登録によって翻訳者が消費税を納めることになった場合、単価が据え置かれると実質的な手取りが減ります。
④「登録しないなら取引を見直す」という示唆
インボイス登録を促すとともに、登録しない場合の取引継続について言及してくるケースです。
返答の前に確認すること3点
いずれのパターンでも、口頭または電話での返答より先に、以下の3点を確認してください。
①連絡はメールで確認し、記録を残す
電話で連絡が来た場合は、「後ほどメールでご確認させてください」と伝えて、書面のやりとりに切り替えます。「インボイス制度に関する取引条件の変更について、確認のため内容をメールでお送りいただけますか」という形です。記録がない申し出は、後から内容が変わっても確認できなくなります。
②「なぜその金額か」の根拠を尋ねる
単価の引下げを提案されたとき、「どのような計算でこの額になるのかをご説明いただけますか」と尋ねてください。根拠なく提示された金額は、再協議の余地があります。翻訳会社が仕入税額控除できなくなる額を根拠に提示している場合は、数字が整合しているか確認できます。
③即答しない
その場での返答は不要です。「内容を確認した上でご回答します」という形で、時間を取ってください。受け取った翻訳会社の申し出が法律上どのような扱いになるかを整理する時間が必要です。
問題になる行為とならない行為の違い
5省庁(公正取引委員会・中小企業庁・農林水産省・財務省・国土交通省)が公表した「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」(令和4年1月19日、令和8年1月30日改正)Q7では、取引条件を見直すこと自体は直ちに問題となるものではないとした上で、問題になる行為とならない行為の違いを示しています。
問題にならない対応
取引価格の再交渉において、仕入税額控除が制限される分について、双方納得の上で取引価格を設定すれば、結果的に取引価格が引き下げられたとしても、独占禁止法上問題となるものではありません。(出典:5省庁「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」Q7)
つまり、「話し合いの結果として価格が変わること」は問題ではありません。
問題になる可能性がある対応
同Q7では、次の行為について述べています。
- 再交渉が形式的なものにすぎず、翻訳会社の都合のみで著しく低い価格を設定し、フリーランスが仕入れ時に支払っていた消費税額も払えないような価格を設定した場合——独占禁止法上問題となります(Q7 §1)
- 著しく低い取引価格を一方的に設定し、不当に不利益を与えることとなる場合であって、これに応じない相手方との取引を停止した場合——独占禁止法上問題となるおそれがあります(Q7 §5)
(出典:5省庁「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」Q7)
また、翻訳業務が1か月以上の継続的な業務委託に当たる場合、フリーランス法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)第5条第1項第4号では、消費税相当額を含まない一方的な代金の決定(買いたたき)が禁止されています。(出典:特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律 第5条第1項第4号)
「取引を停止する」と言ってきた場合の考え方
翻訳会社から「インボイス登録をしなければ取引を見直す(終了する)」という意思が示された場合、どう考えるかを整理します。
5省庁Q&A Q7では、取引を停止すること自体が「基本的に自由」としています。どの事業者と取引するかは、原則として当事者の判断に委ねられます。
ただし、「著しく低い価格を一方的に設定し、応じない相手との取引を停止した場合には、独占禁止法上問題となるおそれがある」と述べています。つまり、条件変更とセットで「応じないなら取引をやめる」という組み合わせが問題になり得る場面があります。(出典:5省庁「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」Q7)
この場合も、やりとりをメールで記録し、「どのような理由で取引を停止するのか」を明確にしてもらうことが最初の一手です。
登録する・しないの判断と、交渉を区別する
インボイス登録するかどうかは、翻訳者自身の判断です。翻訳会社から登録を求められても、応じる義務はありません。
5省庁Q&A Q7では、課税事業者が取引先の免税事業者に対してインボイス登録を求めること自体は独占禁止法上問題となるものではないとしています。ただし、「登録をしなければ取引を停止する」という発言と組み合わさる場合は、前述のとおり問題になり得る場面があります。(出典:5省庁「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」Q7)
現時点で登録していない翻訳者にとって考えるべきことは2つです。
- 自分の売上規模・取引先の構成から見て、インボイス登録したほうがよいかどうか(これは税務上の判断のため、税務署や税理士に確認してください)
- 取引条件の変更について、翻訳会社との交渉をどう進めるか
この2つは別の判断です。登録するかどうかを決める前に、取引条件について翻訳会社と話し合うことができます。
20年の経験から見ると、こういうことが起きている
発注する側に20年いて、外注先に「取引条件について確認したい」と連絡することが何度もありました。
そのときの実感として、担当者が「問題になりたくない」と思っていることが伝わります。一方的に下げるのではなく、「話し合った上で決めた」という形にしたい。そのための確認の連絡です。
だから、条件変更の連絡を受けたときに「応じるしかない」と思う必要はありません。翻訳会社が「話し合いたい」という形をとってきているなら、こちらも「話し合います」と返して、根拠のある数字を見せながら話すことができます。
一方で、「話し合いたい」という形ではなく、「これが新しい条件です」という通知の形できた場合は、メールで「内容を確認したいので、条件変更の根拠をご説明ください」と返すことができます。
記録を残すことと、返答を急がないこと。この2点が、取引条件の変更を告げられたときの最初の対処です。
よくある質問
Q. 翻訳会社から単価の引下げを提案されました。断ったら取引がなくなりますか。
「断ったら取引がなくなる」ということを翻訳会社が伝えていない場合、断っても取引が続くこともあります。まず「なぜその金額になるか根拠を教えてください」と返し、話し合いの形をとることができます。取引が終了するかどうかは翻訳会社の判断ですが、著しく低い価格を設定して応じない場合に取引を停止することは問題になり得ます。
Q. 「現行の単価のままです」という通知が来ました。これはどういう意味ですか。
インボイス登録によって消費税を納めることになった場合、単価が据え置かれると実質的な手取りが減ります。この状態での申し出は、「消費税分を考慮した取引条件の見直しをお願いしたい」という形で応じることができます。翻訳会社側が「明示的に協議することなく取引価格を据え置くこと」は問題になり得ます。(5省庁Q&A Q5・Q7)
Q. 相談できる窓口はありますか。
公正取引委員会の相談窓口(独占禁止法・取適法)および都道府県の労働局(フリーランス法)が対応しています。いずれも相談自体は無料です。相談の事実も記録として残ります。
消費税の負担額と相談シートを確認できるツール
年間の消費税の負担額を無料で試算できます。売上を入れると、2割特例・3割特例・第5種(簡易課税)・本則課税の4方式を比べた表が出ます。
有料版(買い切り980円)では、翻訳会社・エージェント・直接クライアントへの相談シートを作成・印刷できます。自分の売上に基づいた数字と、国の根拠が1枚にまとまります。
また、翻訳会社が登録を求めてくる背景にある控除不可額の計算については、翻訳会社がインボイス登録を求める理由は、控除できなくなる金額を計算すると分かるで詳しく整理しています。委託元の視点を知っておくと、条件変更の話し合いの準備がしやすくなります。


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