生活介護の開業、運営は成り立つか。収支差率で見る実態。

福祉事業の開業と運営

生活介護事業所を開業する前に「本当に運営が成り立つのか」を知りたい方が増えています。全国の経営データをもとに、収支差率の実態と経営を左右する条件を整理します。

全国平均の収支差率は9.0%——数字の意味と注意点

独立行政法人福祉医療機構の令和7年度経営概況調査(令和6年度決算)によると、生活介護事業所(定員20人以下)の収支差率の全国平均は9.0%です。

収支差率9.0%とは、収入100円に対して9円が手元に残る計算です。費用を差し引いた後の利益率に相当します。介護保険サービスの居宅介護支援(2〜3%台)と比べれば高い水準ですが、事業所間の差が大きく、平均だけを見ると実態を見誤る可能性があります。

全国平均9.0%は「多くの事業所がその水準に近い」という意味ではありません。収支差率がプラスで安定している事業所と、赤字が続いている事業所を含めた算術平均です。後述するとおり、事業所の条件によって収支差率は5%〜20%以上の幅で変わります。

全国の生活介護事業所数は12,990か所(令和7年1〜3月・障害福祉サービス等の利用状況について・厚生労働省)で、1年前の12,780か所から210か所増加しています。開業数は増えていますが、経営が厳しい事業所が一定数あることも調査から読み取れます。

収支差率を決める4つの要素

生活介護の収支差率は、次の4つの要素によって大きく変わります。

要素①:障害支援区分と所要時間(基本報酬の水準)

生活介護の基本報酬は、利用者の障害支援区分と1日の所要時間の組み合わせで決まります(平成18年厚生労働省告示第523号 別表第6)。

区分が高いほど、また所要時間が長いほど報酬単位数が高くなります。区分6・所要時間8時間以上の組み合わせが最も高い報酬です。区分3以下・所要時間3〜4時間の組み合わせと比べると、同じ1人当たりの利用日数でも受け取れる収入に2倍近い差が出ることがあります。

利用者の障害支援区分の構成(区分6が多いか、区分3が多いかなど)が、収支差率に直接影響します。地域で重度の方(区分5・6)を多く受け入れている事業所ほど、基本報酬が高くなります。

定員20人・所要時間6〜7時間・区分構成が区分6/5/4/3/2以下=20/20/30/20/10%・稼働率84%の場合、月収入は約337万円になります(1級地以外・地域区分その他の場合)。全国の定員20人以下の1事業所当たり月額収入(約341万円・WAM令和7年度調査)に近い水準です。

要素②:稼働率と損益分岐点

稼働率(実際の利用日数÷定員×稼働日数)が低いと、人件費などの固定費が収入を上回ります。全国平均の稼働率は84.2%(WAM令和7年度経営概況調査)です。

損益分岐になる稼働率の目安は60〜75%です(事業所の区分構成・人員体制・加算の取得状況により変わります)。定員20人の事業所で損益分岐稼働率を計算する場合、まず月の固定費(人件費+家賃+その他経費)を求め、それを1日当たりの収入単価で割ることで何人の利用者が必要かがわかります。

開業初期は稼働率が低い期間が続くことが多く、地域によっては定員の60〜70%に達するまでに6か月以上かかることも珍しくありません。「開業後に稼働率が上がるまでの赤字期間をどれだけの運転資金でカバーするか」が、開業前の計画で最も重要な部分です。

要素③:人件費率(職員配置の基準と実態)

生活介護は利用者への直接支援が中心のため、人件費の比率が高くなります。全国平均の人件費率は67.5%前後です(令和7年経営概況調査)。

職員の配置基準は、指定障害福祉サービスの事業等の人員、設備及び運営に関する基準(平成18年厚生労働省令第171号)第78条に規定されています。

  • 利用者の平均障害支援区分が4未満:利用者6人に対して生活支援員1人以上
  • 平均区分4以上5未満:利用者5人に対して生活支援員1人以上
  • 平均区分5以上:利用者3人に対して生活支援員1人以上

重度の利用者(区分5・6)を多く受け入れるほど配置基準が厳しくなり、必要な職員数が増えます。一方で基本報酬も高くなるため、どちらの影響が大きいかは事業所の区分構成・地域区分・加算の取得状況によって異なります。

人件費が収支差率を圧迫するケースの多くは、稼働率が低い時期に職員の固定人件費だけがかかり続けるパターンです。「職員を確保しておかなければ利用者を受け入れられないが、利用者が少ない段階では人件費が赤字を拡大させる」という構造的な問題があります。開業から稼働率が安定するまでの期間をどう乗り越えるかが、経営の最初の関門です。

要素④:加算の取得状況

生活介護では、基本報酬に加えて複数の加算を算定できます。加算の取得状況によって、同じ稼働率・同じ区分構成の事業所でも収入に10〜20%以上の差が生じることがあります。

主な加算の種類と収支への影響:

処遇改善加算

令和8年6月以降の体系では、段階に応じて基本報酬の9.3/9.7/9.2/9.6/7.9/6.7%を加算します。職員の賃金改善計画・実績報告・キャリアパスの整備などが要件です。最上位の加算を取得できている事業所とそうでない事業所では、年間収入に大きな差が出ます。加算要件は開業前から準備しておくことで、開業当初から算定を始めることができます。

人員配置体制加算(Ⅰ)(Ⅱ)

省令の基準より手厚い人員を配置した場合に算定できる加算です。基本報酬の5〜10%相当が追加されます。Ⅰは利用者2人に対して1人以上・Ⅱは利用者2.5人に対して1人以上の配置が目安です。人件費は増えますが、人件費以上の加算収入を見込める場合があります。

食事提供体制加算

令和9年3月末まで。低所得の利用者(負担上限月額が0円または4,600円の方)に食事を提供した場合に算定できます。対象利用者が多い事業所では収入への影響が大きい加算です。

医療連携体制加算

看護職員を配置または委託した場合に算定できます。医療的ケアが必要な利用者を受け入れている事業所で算定するケースが多いです。

令和7年経営概況調査の主要数値

WAM令和7年度経営概況調査(令和6年度決算)で公表されている主な数値を整理します。

  • 1事業所当たり月収入(定員20人以下):約341万円
  • 人件費率:67.5%前後
  • 稼働率(WAM調査ベース):84.2%
  • 収支差率:9.0%

ただし、これらの数値は「うまくいっている事業所の平均」ではなく「全事業所の平均」です。開業後1〜2年の事業所は稼働率が低く平均を下回るケースが多いため、全国平均を自分の事業所に当てはめて計画を立てると楽観的すぎる結果になります。試算の際は、稼働率60〜70%から始まり、12〜18か月で80%以上に達するという保守的なシナリオで確認することを強くすすめます。

収支差率の分布——平均値が意味しないこと

WAM令和7年度経営概況調査によると、生活介護(定員20人以下)の収支差率の全国平均は9.0%ですが、この数字には大きな分布があります。

収支差率が高い事業所(15%以上)に多い特徴:

  • 稼働率が85〜90%以上で安定している
  • 区分5・6の利用者を多く受け入れている
  • 処遇改善加算・人員配置体制加算をフルに取得している
  • 開業から3年以上経過して地域に定着している

収支差率が低い事業所(マイナスまたは5%未満)に多い特徴:

  • 開業から1〜2年以内で稼働率がまだ上がりきっていない
  • 処遇改善加算を取得できていない、または最下位の段階しか取得できていない
  • 地域の需要が見込みより少なく、利用申込みが集まらない
  • 定員20人での開業で規模の余裕がない

開業後の経営が安定している事業所の多くは「稼働率の確保・処遇改善加算の最大取得・区分の高い利用者の受け入れ」という3点を同時に達成しています。反対に、どれか一つが欠けると収支差率が急速に低下します。

定員規模と収支差率の関係

生活介護事業所の定員は、指定基準として20人以上が必要です(指定障害福祉サービスの事業等の人員、設備及び運営に関する基準・平成18年厚生労働省令第171号の設備に関する規定)。

定員規模が大きいほど、1人当たりの固定費(管理費・家賃・設備維持費・管理者人件費)を多くの利用者で割れるため、収支差率が改善しやすくなります。定員20人での開業は規模の下限に当たります。

WAM調査では定員規模別のデータが公表されており、定員21〜40人の事業所では定員20人以下と比べて収支差率が高い傾向があります。開業時点では定員20人で始め、事業が安定したら定員増加(変更申請)を検討する選択肢もあります。

地域区分が収入に与える影響

生活介護の報酬は、地域区分によって1単位当たりの金額が異なります。都市部ほど人件費が高いことへの補正措置として設けられています。

  • 1・2級地(東京都特別区・大阪市・名古屋市など):1単位 = 11.35〜11.10円
  • 3・4級地(東京都周辺・横浜市・京都市など):1単位 = 10.96〜10.84円
  • 5〜7級地・その他の地域:1単位 = 10.72〜10.00円

同じ定員・同じ稼働率・同じ区分構成でも、1・2級地とその他の地域では年間収入に10%以上の差が生じることがあります。ただし都市部では人件費・家賃も高くなるため、報酬単価が高いからといって一概に有利とは言えません。地域区分と地域の人件費水準・競合の状況を合わせて判断する必要があります。

経営が厳しくなりやすいパターン

以下のパターンに複数当てはまる場合は、開業前の計画を見直す必要があります。

稼働率が損益分岐点を下回ったまま続く

開業後に利用者が集まらず、稼働率が損益分岐点(定員20人規模では60〜75%前後)を下回る状態が続くと、人件費の固定費が収入を上回ります。地域の需要(重度障害者の人数・既存の受け皿の数・相談支援事業所からの紹介ルートの有無)を事前に調べることが重要です。

区分の低い利用者が多い

区分3以下の利用者が多い場合、基本報酬が低くなります。事業所の立地・設備・支援体制によって受け入れられる利用者の区分は変わりますが、開業前から「どの区分の利用者を主に受け入れるか」を想定した収支計画を立てることが必要です。

処遇改善加算を取れていない

処遇改善加算を算定していない場合、取得している事業所と比べて年間収入が数百万円少なくなることがあります。加算の取得に必要な要件(賃金改善計画・実績報告・キャリアパスの整備など)は、開業前から準備しておくことで開業当初から算定を始められます。

定員20人でスタートしたが稼働率が上がらない

定員20人は指定基準の下限です。固定費(家賃・管理者人件費・設備維持費)を20人で割るため、稼働率が少し下がっただけで収支が悪化しやすい構造にあります。定員が少ない事業所ほど、稼働率の変動が収支に与える影響が大きくなります。

経営を安定させるための手順

開業後に経営を安定させるためには、次の順序で進めることが現実的です。

  1. 開業前:処遇改善加算の要件整備
    指定申請の時点で賃金改善計画・就業規則・キャリアパスを整備し、開業初日から処遇改善加算を算定できる体制を作ります。開業後に後から整備しようとすると、加算のない期間が生じて収入が減ります。
  2. 開業後6か月:稼働率の引き上げを最優先
    地域の相談支援事業所へのあいさつ回り・見学受け入れ体制の整備・サービス担当者会議への参加などを通じて、利用申込みを増やします。稼働率が損益分岐点を超えるまでは赤字が続くため、この期間の運転資金を事前に確保しておく必要があります。
  3. 稼働率が80%を超えたら:加算の追加取得を検討
    稼働率が安定したら、利用者の平均区分に応じた人員配置体制加算(Ⅰ・Ⅱ)の取得を検討します。人件費が増えますが、加算収入がそれを上回るかどうかを事前に試算します。
  4. 開業3年目以降:定員変更の検討
    事業が安定し、利用申込みが定員を継続的に上回るようになったら、定員増加の変更申請を行います。定員が増えると固定費の割り付けが薄まり、収支差率が改善しやすくなります。

開業資金と資金繰りの目安

定員20人規模の生活介護事業所を開業する場合、自己資金700万円・借入2,500万円程度の資金計画が一つの目安です。

主な内訳:

  • 物件・内装工事:300〜800万円(物件の状況・スケルトン改装か居抜きかによる)
  • 設備・備品:200〜500万円(日中活動の設備・送迎車・厨房設備など)
  • 開業前人件費(準備期間3〜6か月):150〜300万円
  • 運転資金(開業後6〜12か月分の赤字補填):300〜800万円

開業後12か月程度で単月黒字になるケースが多いですが、それまでの累積赤字を自己資金または借入で手当てする必要があります。損益分岐になる利用者数(定員20人規模では17人前後が目安)に達するまでの期間を慎重に見積もることが重要です。

国保連からの報酬入金は、サービス提供月の翌々月中旬〜下旬ごろです。開業直後は収入が入るまでに2か月以上かかる点を資金繰りに織り込んでおく必要があります。

独立行政法人福祉医療機構(WAM)の社会福祉事業施設整備資金貸付・社会福祉事業経営安定資金貸付、または日本政策金融公庫の福祉医療・教育分野への融資を活用する方法があります。融資審査では事業計画書・収支計画・資金繰り計画の精度が見られます。開業前の早い段階(物件の目星がついた段階)で融資相談を始めることで、審査から融資実行まで余裕を持って進められます。

運営が成り立つかを事前に試算する

開業前に収支差率・損益分岐・資金繰りを自分の事業所の条件で試算したい場合は、シミュレーターを使うことができます。担当する利用者の区分の構成・定員・稼働率・加算の状況を入力して確認できます。

福祉事業の開業支援ツール一覧では、グループホーム・放課後等デイサービス・就労移行支援など他のサービスのシミュレーターも公開しています。

この記事を書いた人

業種別のツールを、一人で作っています。開業前の収支シミュレーター、法定研修キット、資格の問題集。どれも、厚生労働省の告示や調査の原文を自分で確かめてから数字を組み込んでいます。使う人が「この数字、合ってるか」と不安になるようなツールは作りたくないので。

上場企業で20年間、営業ひとすじ。電話営業・インサイドセールスから、約70名のチームのマネジメントへ。現場で「根拠のない数字」が判断を狂わせる場面を見続けてきたせいか、ツールを作るときも出典を確かめずにはいられません。

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