翻訳会社がインボイス登録を求める理由は、控除できなくなる金額を計算すると分かる

翻訳会社がインボイス登録を求める理由は、控除できなくなる金額を計算すると分かる 一人親方・個人事業主のインボイス

「インボイス登録をしてほしい」と翻訳会社から連絡が来たとき、なぜそう言ってくるのかの理由を知っておくと、交渉の土台が安定します。

理由はひとつです。翻訳会社が支払った消費税を、税務署に控除申告できる金額が減るからです。この控除できなくなる金額を「控除不可額」と言い、登録のない翻訳者への発注が続くほど、翻訳会社の経理上の損失として積み上がっていきます。

この記事では、控除不可額の具体的な計算と、それが交渉にどう使えるかを整理します。

翻訳会社が「控除できなくなる金額」が増えていく理由

インボイス登録のない事業者(免税事業者)への支払いに含まれる消費税は、インボイス制度の導入後、段階的に控除できなくなっていきます。この経過措置の期間と控除率は、消費税法の附則に定められています。

現在(令和8年10月)時点では、消費税相当額の70%が控除できます。令和10年10月(2028年10月)以降は50%に下がり、最終的に令和13年10月(2031年10月)以降はゼロになります。

期間 控除できる割合 控除できない割合
〜2026年9月30日 80% 20%
2026年10月〜2028年9月 70% 30%
2028年10月〜2030年9月 50% 50%
2030年10月〜2031年9月 30% 70%
2031年10月〜 0%(控除不可) 100%

(出典:国税庁「令和8年度税制改正特集」インボイス制度の経過措置)

翻訳会社が登録なしの翻訳者に発注し続けるほど、翻訳会社側の控除不可額は年々大きくなっていきます。

月100万円発注している翻訳会社の控除不可額の変化

翻訳会社が月に100万円(税込み、消費税約9.1万円が含まれる)を、登録のない翻訳者に発注しているケースで計算します。

期間 月あたりの控除不可額 年あたりの控除不可額
〜2026年9月 約1.8万円 約21.8万円
2026年10月〜2028年9月 約2.7万円 約32.7万円
2028年10月〜2030年9月 約4.5万円 約54.5万円
2030年10月〜2031年9月 約6.4万円 約76.4万円
2031年10月〜 約9.1万円 約109.1万円

(計算の前提:委託料100万円のうち消費税相当額は100万円 ÷ 1.1 × 0.1 ≈ 9.1万円。各期間の控除不可割合を掛けた金額。本則課税の翻訳会社を想定。)

月100万円の発注規模であっても、2031年10月以降は年間100万円超が控除できない額として積み上がります。翻訳会社がこの損失を避けようとすれば、登録のある翻訳者に切り替えるか、発注単価を下げるか、上乗せを要求するかの選択になります。

「登録してほしい」という要求の背景にある数字

翻訳会社の経理担当者や担当ディレクターが「インボイス登録をお願いしたい」と言ってくるのは、この控除不可額が経理上の損失に計上されるからです。

自分への発注額を把握していれば、翻訳会社がどれだけの控除不可額を抱えているかを逆算できます。月20万円の発注なら月約0.5〜1.8万円(時期によって変わる)、月50万円なら月約1.4〜4.5万円のレンジです。

この金額が、「登録してほしい」という要求の根拠になっています。逆に言えば、この金額が翻訳会社にとっての「解決したい問題」の大きさです。

「登録してほしい」と言ってこない委託元は免税事業者の可能性が高い

複数の委託先と取引していると、頻繁に連絡してくる翻訳会社もあれば、まったく言ってこないエージェントもあります。この違いは、委託元が課税事業者かどうかによって決まります。

売上が年間1,000万円以下の小規模なエージェントや個人の依頼主は、消費税の申告を行っていない免税事業者のケースがあります。免税事業者は仕入税額控除の仕組みが適用されないため、登録のない翻訳者に発注しても控除不可額の問題が発生しません。連絡してこないのは、問題がないからです。

自分の委託元が課税事業者かどうかは、国税庁の「インボイス制度 適格請求書発行事業者公表サイト」で法人番号を調べると確認できます。小規模なエージェントが免税事業者であれば、交渉の優先度は低くなります。

課税事業者と免税事業者、それぞれへの対応の優先順位

複数の委託元と取引している場合、次の基準で優先順位をつけることができます。

優先度が高いのは、発注額が大きく、かつ課税事業者の委託元です。この委託元には控除不可額が最も蓄積するため、「登録してほしい」という要求も強くなりやすく、交渉で合意する余地も大きくなります。

優先度が中程度なのは、課税事業者だが発注額が小さい委託元です。控除不可額は少ないため、緊急性は低くなります。

優先度が低いのは、免税事業者の委託元です。控除の問題が発生しないため、インボイス登録を求めてくる動機がありません。

委託元の種類 登録を求めてくるか 交渉の優先度
課税事業者・発注額大 求めてくることが多い 高
課税事業者・発注額小 求めてくることもある 中
免税事業者 ほぼ求めてこない 低

控除不可額をそのまま交渉の材料に使う

5省庁(公正取引委員会ほか)が公表しているQ&A(令和8年1月30日改正)のQ5には、次の記述があります。

「課税事業者に転換した仕入先の消費税分を、明示的に協議することなく取引価格を据え置くこと」は、独占禁止法上の優越的地位の濫用又は取適法上の買いたたきとして問題となるおそれがある。

(出典:免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A Q5、公正取引委員会等 令和8年1月30日改正版)

翻訳会社側から「登録してほしい」と言ってきた場合、それは翻訳会社にとっての問題を解決したいという動機があるということです。その動機の大きさが、前述の控除不可額として計算できます。

交渉では「登録するかどうか」と「単価を上乗せするかどうか」を別の話として整理することが大切です。「登録すること自体への合意」と「消費税分を上乗せすることへの合意」は、同時に話し合うべき2つの別々の事柄です。

翻訳会社の担当者が単価交渉の場で決定権を持っているかどうかについては、発注側の稟議の流れを解説した記事もあわせてご覧ください。

→ 翻訳会社の担当者は、単価を一人で決める立場にない

「登録を急いで求めてくる」委託元は2028年10月を意識している

2028年10月以降、控除できる割合が50%に下がります(現在の70%から)。この変化前に翻訳者との間で合意を取り付けたい翻訳会社が、2026年から2028年にかけて積極的に動いてくるケースがあります。

自分のもとに「インボイスについてご相談したい」という連絡が来るタイミングは、この控除率の変化の時期と重なることが多くあります。連絡が来た背景に控除不可額の変化があると知っておくと、話し合いの準備がしやすくなります。

消費税の試算と委託元への相談シート

自分の年収(売上)をもとに、2割特例・3割特例・簡易課税(第5種・50%控除)・本則課税のそれぞれで納める消費税の額を比較できるツールをご利用いただけます。

有料版(980円)では、委託元(翻訳会社・エージェント・直接クライアント)への相談シート(A4印刷用)も含まれています。取引ごとの金額を入れて、消費税分の上乗せを相談するための1枚として使えます。

→ 通訳・翻訳者の簡易課税と本則、2029年以降はどちらが有利になるか。経費の金額で損益分岐が決まる。

→ 通訳・翻訳者のインボイス 試算と値上げ相談シート(無料で使えます)

また、海外のクライアント(非居住者)への役務が輸出免税の対象になるかどうかについては、以下の記事もあわせてご覧ください。

→ 通訳・翻訳者のインボイス、海外のクライアントの売上は消費税が免除される

この記事を書いた人

業種別のツールを、一人で作っています。開業前の収支シミュレーター、法定研修キット、資格の問題集。どれも、厚生労働省の告示や調査の原文を自分で確かめてから数字を組み込んでいます。使う人が「この数字、合ってるか」と不安になるようなツールは作りたくないので。

上場企業で20年間、営業ひとすじ。電話営業・インサイドセールスから、約70名のチームのマネジメントへ。現場で「根拠のない数字」が判断を狂わせる場面を見続けてきたせいか、ツールを作るときも出典を確かめずにはいられません。

ご質問はメールで。電話・面談はしていません。

fufumumu_designをフォローする
一人親方・個人事業主のインボイス
fufumumu_designをフォローする

コメント

タイトルとURLをコピーしました