翻訳会社の担当者は、単価を一人で決める立場にない。交渉が通る出し方と通らない出し方

翻訳会社の担当者は、単価を一人で決める立場にない。交渉が通る出し方と通らない出し方 一人親方・個人事業主のインボイス



翻訳会社の担当者に消費税分の値上げを相談した結果、断られた経験がある方から、「何を言っても通らない」という声を聞くことがあります。

断られる理由のほとんどは、翻訳者への悪意ではありません。担当者が「自分一人では決められない」という構造的な問題です。

私は営業管理職として20年、発注する側と受注する側の両方を経験してきました。外注先からの条件変更の申し出を受けた回数も、外注先に条件変更を断った回数も、少なくありません。

その立場から言うと、「通る申し出」と「通らない申し出」には、はっきりした違いがあります。担当者の内側で何が起きているかを知ると、次の手が変わります。

翻訳会社の担当者は、単価を一人で決める立場にない

翻訳者が登録している翻訳会社の「担当者」は、業務調整・案件の割り振り・連絡を担う役割であることがほとんどです。単価表の改定を決める権限は、担当者の上位にある部門か、経営レベルにあることが多い。

翻訳者から単価改定の相談を受けた担当者が動くには、次の2段階が必要です。

  • ①担当者が社内で起案する(費用として処理できるか・他の登録翻訳者との整合性・単価表の変更手続き)
  • ②上長・経営層が承認する(金額の根拠が整っているか・自社の採算に影響するか)

この2段階のどちらかが詰まると、担当者は「検討します」「社内で確認します」と返し、そのまま時間が経つことがあります。「検討中」は、ほとんどの場合「担当者が起案できていない」か「起案したが上で止まっている」のどちらかです。

担当者を責めても動きません。担当者が上長に持っていきやすい形を整えることが、通る申し出の出発点です。

担当者が稟議に出せる申し出と、出せない申し出の違い

発注側の担当者が上長に起案するとき、必要なのは「なぜこの金額なのか」という根拠です。根拠がないと、上長から「他の翻訳者にも同じことになるのか」「どこまで認めると線が引けるか」という問いが返ってきます。担当者はその答えを持てないので、止まります。

通りやすい申し出には、次の要素が入っています。

  • 数字の根拠がある(「インボイス登録により年間○円の消費税の負担が発生しています」と試算を見せる)
  • 金額が合理的に説明できる(「1ワードあたり0.14円」「1日あたり1,023円」のように単位に直してある)
  • 交渉ではなく確認の形をとる(「費用として上乗せする対応を、ご検討いただけますか」)

一方、通りにくい申し出はこういう形です。

  • 「消費税が大変なので値上げしてください」(根拠なし・金額なし)
  • 「消費税分を払ってもらえなければ取引を見直さざるを得ません」(担当者が上に持っていきにくい)
  • 「他の会社は対応してくれています」(担当者には検証できない)

担当者の立場から見ると、根拠のある数字は上に出しやすく、感情的な表現は出しにくい。担当者が上長に説明できる材料を、こちらが用意するという発想が大切です。

申し出が通りやすい時期と、通りにくい時期がある

翻訳会社を含む企業は、費用の承認タイミングが予算サイクルと連動しています。

通りやすい時期の目安:

  • 新しい予算期が始まる直前(3月末決算の会社なら、1〜2月)。来期の費用として折り込めるため、担当者が起案しやすい
  • 新しい案件が来たタイミング。「この案件から単価について1点確認させてください」という入り方は、既存の単価表の変更ではなく個別の案件条件として処理できる場合があるため、担当者の起案ハードルが下がる

通りにくい時期の目安:

  • 繁忙期・締め切り前後。担当者の頭は目の前の案件で埋まっており、費用の相談は後回しになります
  • 決算期の終盤。今期の予算は使い切っており、来期の決定もまだ動いていない時期になります

一番効いたと感じる切り出し方は、「いつごろお時間いただけますか」という先行確認です。相手のタイミングを踏んでから数字を見せると、話の通りやすさが変わります。

断られた理由が「方針」か「後回し」かで、次の手が違う

断られた場合、理由を把握することが大切です。理由によって次の手が違います。

「方針として対応しない」という断り:翻訳会社として、インボイス制度への対応を取引条件に反映しないという経営判断をしているケースです。この場合、担当者への再申し出では変わりません。交渉を申し出た事実をメールで記録した上で、直接クライアントとの取引を増やす方向に動くほうが実際的です。

「決めかねている・後回しになっている」という断り:担当者が起案できていないか、社内で止まっているケースです。「検討中」「確認中」が続く場合はこちらの可能性があります。期限を設けて再確認することが有効です。「先般ご相談した件、○月末までにご連絡いただけますか」という形で、相手に動くきっかけを作ります。

「今は難しい」という断り:タイミングの問題の場合があります。次の予算期や新しい案件のタイミングで再度確認する余地があります。「改めてご相談する機会をいただけますか」と記録を残しておくと、次が動かしやすくなります。

どのパターンでも、交渉を申し出た事実はメールで残してください。5省庁「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」(令和4年1月19日、令和8年1月30日改正)Q5では、課税転換した仕入先の消費税分を「明示的に協議することなく取引価格を据え置くこと」は、優越的地位の濫用または取適法上の買いたたきとして問題となるおそれがあると述べています。(出典:5省庁「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」Q5)

断られた後にできる3つの選択肢

翻訳会社・エージェントからの申し出が通らなかった場合、次の選択肢があります。

①直接クライアントとの取引割合を増やす:企業や個人から直接受ける案件は、フリーランス法の保護がより直接的に働きます。フリーランス法第5条第1項第4号では、1か月以上の継続的な業務委託において、消費税相当額を含まない一方的な代金の決定(買いたたき)が禁止されています。直接取引の比率を高めることが、消費税の交渉環境を改善する根本的な方法の一つです。(出典:特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律 第5条第1項第4号)

②別の翻訳会社・エージェントへの登録を増やす:複数の取引先があると、条件の良い先へ稼働配分を移す選択肢が生まれます。今の取引先に依存した状態では、「断られたら終わり」になりやすい。稼働先を分散させることが、交渉力の底上げになります。

③申し出・断りの記録を残しておく:今すぐ何かが変わらなくても、やりとりの記録は残してください。制度が変わる(2026年10月以降、翻訳会社側の控除不可額が3割に増える)タイミングで、再度の申し出の根拠になります。相談先は、公正取引委員会の相談窓口または都道府県の労働局(フリーランス法の相談窓口)があります。

2026年10月以降、翻訳会社側の控除不可額が増える

インボイス制度の経過措置は、段階的に変わります。翻訳会社から見た「控除できない額の割合」は次のように増えていきます。

期間 翻訳会社が控除できる割合 翻訳会社の控除不可の割合
令和5年10月〜令和8年9月 80% 20%
令和8年10月〜令和10年9月 70% 30%
令和10年10月〜令和12年9月 50% 50%
令和12年10月〜令和13年9月 30% 70%
令和13年10月以降 0% 100%

(出典:国税庁「令和8年度税制改正特集」7・5・3割控除の見直し)

2026年10月以降、翻訳会社が免税事業者の翻訳者に支払う費用のうち、控除不可の割合が3割に増えます。相手も「どう対応するか検討中」という状態の会社が多い時期に申し出るほうが、「交渉してきた」ではなく「確認してきた」という印象になります。

20年の営業経験から一つだけ言うとすれば

発注する側に20年いて、外注先から条件変更を申し出られた場面をいくつも経験してきました。

相手が覚えているのは、内容より「印象」です。根拠をきちんと整えて、相手のタイミングを踏んで申し出てくれた外注先は、次の案件でも声をかけたい相手になります。数字の根拠もなく感情的に切り出してきた外注先は、担当者が「対応したくない」と感じます。担当者も人間なので。

「消費税の分を上乗せしてほしい」という申し出は、翻訳会社にとっても想定の範囲内です。ビジネスの話として持ちかけると、ビジネスとして返ってくることが多い。

それでも通らなかったとき、記録は残してください。残していない交渉は、なかったことになります。

よくある質問

Q. 翻訳会社の担当者から「検討します」と言われて3週間が経ちます。どうすればいいですか。
「先般お伝えした消費税分の件について、ご確認をお願いできますか」と、期限を具体的に示して再度メールしてください。「今月末までにご連絡いただけますか」という形にすると相手が動きやすくなります。

Q. 複数の翻訳会社に登録しています。まず誰に申し出ればいいですか。
取引量が多い先、または直接担当者と話せる先から始めるのが実際的です。エージェント経由の案件は個別交渉の余地が小さいことが多いため、翻訳会社への直接登録の取引先を優先するほうが効率がよいです。

Q. 断られたことを公正取引委員会に相談するのは大げさですか。
相談すること自体に費用はかかりません。「相談した」という事実が、その後の申し出の重みを変えることがあります。公正取引委員会の相談窓口はウェブで案内されています。都道府県の労働局でもフリーランス法に関する相談を受け付けています。

消費税の負担額と相談シートを確認できるツール

年間の消費税の負担額を無料で試算できます。売上を入れると、2割特例・3割特例・第5種(簡易課税)・本則課税の4方式を比べた表が出ます。

有料版(買い切り980円)では、翻訳会社・エージェント・直接クライアントへの相談シートを作成・印刷できます。自分の売上に基づいた数字と、国の根拠が1枚にまとまります。

→ 通訳・翻訳者のインボイス試算ツール

→ インボイス試算ツール(業種別一覧)

→ 翻訳会社の担当者は、単価を一人で決める立場にない。交渉が通る出し方と通らない出し方

この記事を書いた人

業種別のツールを、一人で作っています。開業前の収支シミュレーター、法定研修キット、資格の問題集。どれも、厚生労働省の告示や調査の原文を自分で確かめてから数字を組み込んでいます。使う人が「この数字、合ってるか」と不安になるようなツールは作りたくないので。

上場企業で20年間、営業ひとすじ。電話営業・インサイドセールスから、約70名のチームのマネジメントへ。現場で「根拠のない数字」が判断を狂わせる場面を見続けてきたせいか、ツールを作るときも出典を確かめずにはいられません。

ご質問はメールで。電話・面談はしていません。

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