認知症が進んで自分で意思決定できなくなった時に「延命治療を希望するか」「どこで最期を迎えたいか」を、本人が元気なうちに決めておかないと、家族が重大な決断を迫られる。ACP(アドバンス・ケア・プランニング)と延命治療の拒否の法的な位置づけ・手続きを整理した。
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ACP(アドバンス・ケア・プランニング)とは何か
ACP(アドバンス・ケア・プランニング)は「将来の医療・ケアについて、本人・家族・医療チームが事前に繰り返し話し合うプロセス」だ。厚生労働省の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン(2018年改定)」で推奨されている。
- 「一度話し合えば終わり」ではない:ACPは「一度書いて終わり」ではなく、病状の変化・生活状況の変化に合わせて繰り返し話し合うプロセスだ。認知症の診断を受けた直後から始め、病状が進む中で定期的に更新することが望ましい
- 「本人の意思の尊重」が基本原則:ACPの基本は「本人が自分の価値観・希望に基づいて意思決定すること」だ。認知症であっても、軽度〜中等度の段階では本人が自分の意思を表明できることが多い。この段階で家族・医療チームと話し合っておくことが重要だ
- ACPで話し合う主な内容:①将来重症化した場合の治療の希望(人工呼吸器・胃ろう・心肺蘇生等)②最期を迎えたい場所(自宅・病院・施設)③臓器提供の意思④自分にとって大切なこと(家族との時間・好きな食事・趣味等)
「延命治療の拒否」の法的な位置づけ
本人が「延命治療を希望しない」という意思を示した場合の法的な扱いを整理した。
- 「本人の事前の意思」は医療チームの判断材料になる:本人が「延命治療を希望しない」という意思を事前に書面(事前指示書・DNAR指示等)で残していた場合、医療チームはその意思を「尊重すべき重要な情報」として扱う。ただし日本では法的な拘束力が明確でない状態だ
- 「DNAR指示(蘇生拒否)」の実務:DNAR(Do Not Attempt Resuscitation=心肺蘇生を行わないでほしい)は、本人または家族が主治医に「心肺停止になった場合に心肺蘇生を行わないでほしい」と伝えた際に主治医がカルテ等に記録する指示だ。法律上の制度ではないが、医療現場で広く使われている
- 「尊厳死法案」は日本では未成立:日本では「延命治療の中止を法的に許容する尊厳死法」はまだ成立していない(2026年時点)。欧米諸国に比べて法制度の整備が遅れている分野だ
- 厚生労働省ガイドラインが実務の拠り所:厚生労働省の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」が医療・介護現場での判断の拠り所となっている。ガイドラインでは「本人の意思が確認できる間に医療チームと十分話し合い、本人の意思が尊重されるよう努める」とされている
「事前指示書」の作り方と記載内容
本人が「将来の医療への希望」を書面で残しておく「事前指示書(アドバンス・ディレクティブ)」の作成方法を整理した。
- フォーマットに決まりはない:事前指示書の形式に法的な決まりはない。自分で作成した手書きのものでも有効だが、主治医・弁護士等の専門家に相談して内容を整理することをすすめる
- 記載する主な内容:①自分の病状が末期状態になった場合の治療の希望(人工呼吸器・心肺蘇生・胃ろう等の希望・不希望)②代理意思決定者(本人の代わりに医療決定をしてほしい人の氏名・連絡先)③最期を迎えたい場所④その他の希望(趣味・宗教的な配慮等)
- 「代理意思決定者」の指名が重要:本人が意思決定できない状態になった際に「本人の代わりに医療決定を行う人(代理意思決定者)」を事前に指名しておくことが重要だ。指名された人が医療チームとの話し合いに参加することで、本人の意思に沿った医療が受けやすくなる
- 主治医・家族と共有しておく:作成した事前指示書は主治医・ケアマネジャー・施設のスタッフ・家族と共有しておく。緊急時に「どこにあるかわからない」という状態を防ぐために、カルテへの添付・施設への預け等も検討する
「胃ろう(経管栄養)」の判断
認知症が進んで食事が摂れなくなった場合に「胃ろうをつけるかどうか」という問題が発生する。
- 胃ろうは延命手段であり「しない」という選択も可能:胃ろう(経皮内視鏡的胃ろう造設術)は「口から食事を摂れない状態」になった場合の栄養補給方法だ。胃ろうをつけることで生存期間を延ばせる場合があるが、認知症末期の場合は「本人の希望・生活の質」を考慮した上で家族・医療チームが判断することになる
- 日本老年医学会の立場表明(2012年):日本老年医学会は2012年に「高齢者の終末期の医療およびケアに関する立場表明」を発表し、「認知症末期の経管栄養については、本人の意思・価値観・生活の質を尊重した上で慎重に判断するよう」求めている
- 「いったん胃ろうをつけると外せない」は誤解:胃ろうは「いったんつけたら外せない」と誤解されることがあるが、医学的・倫理的には状況の変化に応じて栄養補給の方法を変更することは可能だ。ただし家族間の合意・医療チームとの話し合いが必要
「認知症と診断された後すぐにACPを始める」ことの重要性
認知症の診断を受けた後、できるだけ早くACPを始めることが重要な理由を整理した。
- 軽度〜中等度の段階では本人が自分の意思を表明できる:アルツハイマー型認知症の初期は「日常生活の基本的な判断・自分の希望の表明」が可能な状態が続く。この段階でACPを始めることで、本人が自分の希望を直接伝えることができる
- 診断後に時間が経つほど意思確認が難しくなる:認知症は進行性の疾患であるため、診断後に時間が経てば経つほど本人の意思確認が困難になる。「いつかやろう」と思っているうちに本人の意思確認ができない状態になるケースが多い
- 家族間の意見の違いが表面化しにくくなる:ACPを早期に始めると「本人の希望」が明確になり、家族間で「延命治療についての意見の違い」が生じた場合も「本人の意思を尊重する」という軸で話し合いができる。逆に本人の意思が不明な状態では家族間の対立が起きやすい
「施設入居後のACP」——施設でのACPの進め方
本人が特養・グループホーム等の施設に入居している場合のACPの進め方を整理した。
- 施設のケアマネジャー・看護師がACP担当者となる:施設では「本人・家族・施設のケアマネジャー・担当看護師・嘱託医」がACP担当チームとして機能する場合が多い。施設に「ACPについて話し合いたい」と伝えることで、担当チームとの面談を設定してもらえる
- 「急変時対応計画書(急変時の希望を記録した書類)」の作成:施設では「急変時にどうするか(救急搬送・心肺蘇生の有無・胃ろうの希望等)」を事前に記録した書類を作成していることが多い。入居時または入居後早期にこの書類を施設と共同で作成しておくことが重要だ
- 定期的な見直し(半年〜1年ごと):本人の状態が変化するにつれて、ACPで確認した内容も変わる場合がある。施設のケアマネジャーと半年〜1年ごとに「現在の希望・状態」を確認する機会を設けることが望ましい
「在宅での看取り」を希望する場合の手続き
本人が「自宅で最期を迎えたい」という希望を持っている場合の手続きを整理した。
- 在宅での看取りには「訪問診療医」が必要:自宅で最期を迎えるためには「在宅での訪問診療(往診)」を行ってくれる医師が必要だ。自宅での死亡の場合、訪問診療医が「死亡診断書」を作成する。訪問診療医がいない状態で自宅で亡くなると「変死」として警察が対応する場合がある
- 訪問看護ステーション・ケアマネジャーへの相談:在宅での看取りを希望する場合は、担当ケアマネジャーと訪問看護ステーションに「在宅看取りを希望している」と早期に伝えておくことが重要だ。急変時の対応・連絡先の確認等を事前に行う
- 「急変時に救急車を呼ばない」意思確認:在宅で看取る場合、急変時に救急車を呼ぶと自動的に病院搬送・蘇生処置が行われる。在宅看取りを希望する場合は「急変時に救急車を呼ばない」意思を家族全員が共有しておくことが重要だ
「ACPを始めるきっかけ」になりやすい状況
ACPを始めるタイミングとしてよくある状況を整理した。
- 認知症と診断されたとき:認知症の診断を受けたことがACPを始める最も良いタイミングだ。まだ自分の意思を明確に伝えられる段階で、将来の医療・ケアについて主治医・家族と話し合いを始めることができる
- 要介護認定を受けたとき:要介護認定を受けてケアマネジャーが決まったタイミングで「将来の生活の希望・治療方針」についてケアマネジャーと話し合うことができる
- 施設への入居が決まったとき:施設への入居時に「急変時の対応・看取りの希望」について施設・家族と確認する機会があることが多い。入居契約と合わせてACPの書類(急変時対応計画書等)を確認・作成しておくと良い
- 転倒・骨折・入院後:転倒・骨折で入院した後、在宅に戻るか施設に移るかの判断をする際に「今後の生活の希望」を医療チーム・家族と話し合う機会になる
この記事のまとめ
- ACP(アドバンス・ケア・プランニング):本人・家族・医療チームが将来の医療・ケアを繰り返し話し合うプロセス。厚生労働省ガイドライン(2018年改定)で推奨
- 延命治療の拒否:日本では法的な拘束力は明確でないが、事前指示書・DNAR指示として医療チームの判断材料になる
- 事前指示書の記載内容:①治療の希望(人工呼吸器・胃ろう等)②代理意思決定者の指名③最期を迎えたい場所④その他の希望。主治医・家族・施設と共有しておく
- 胃ろうの判断:日本老年医学会(2012年)では認知症末期への経管栄養は本人の意思・生活の質を尊重した判断を推奨
- 在宅看取りの準備:訪問診療医の確保・ケアマネジャーへの事前相談・急変時の対応(救急車を呼ばない意思確認)が必要
- 相談先:かかりつけ医・ケアマネジャー・訪問看護ステーション・地域包括支援センター
出典:厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」(2018年改定)、日本老年医学会「高齢者の終末期の医療およびケアに関する立場表明」(2012年)、民法第858条・第859条(後見人の権限)
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