ヒヤリハットは実際の被害が発生していない出来事ですが、事故を未然に防ぐ情報として記録・分析します。短期入所では宿泊中の夜間対応・移乗介助・服薬管理など、通所サービスにはないリスク場面があります。基準第40条(第145条で準用)に基づく事故防止の義務をふまえ、研修で確認すべき内容をまとめました。
ヒヤリハットと事故報告の違いは被害の有無と行政報告義務
ヒヤリハットと事故は、被害の有無で区別します。
- ヒヤリハット:利用者に被害(怪我・病状悪化など)は発生しなかったが、「ひやり」とした・「はっ」とした出来事。ひとつ判断が遅れていたら事故になっていた可能性がある場面。
- 事故:利用者に実際の被害が生じた出来事。転倒による骨折・誤嚥・服薬ミスによる体調変化などが典型例。
事故が発生した場合は基準第40条(第145条で準用)に基づき、都道府県・市町村・家族への速やかな報告と記録が義務です。一方、ヒヤリハットは行政報告の義務はなく、施設内で自主的に記録・分析・再発防止策を検討する取り組みです。
解釈通知(障発第1206001号)は、事故の発生防止について「利用者に対するサービスの提供に当たっては、事故の発生又はその再発を防止するための措置を講じなければならない」としており、ヒヤリハット記録はこの「措置」の中心的な取り組みとして位置づけることができます。(出典:解釈通知(障発第1206001号・最終改正令和7年3月31日))
ヒヤリハットの法的根拠は事故の発生防止義務(基準第40条)
基準第40条(第145条で準用)は次のとおり定めています。
- 事故が発生した場合は速やかに市町村・家族等に連絡し、必要な措置を講じること
- 事故の状況と対処について記録すること
- 利用者の安全及び適切なサービスの提供を確保するために講じた措置を記録すること
ヒヤリハットは直接この条文に規定されていませんが、解釈通知が示す「事故の再発防止のための措置」には、ヒヤリハット記録・分析・共有が含まれると解釈されています。(出典:基準(平成18年厚生労働省令第171号・e-Gov法令検索))
ハインリッヒの法則(1件の重大事故の背後には29件の軽微な事故と300件のヒヤリハットがある)は、ヒヤリハットを組織的に記録・分析することで重大事故の発生を防ぐという考え方の根拠として広く使われています。これは法令に基づく義務ではありませんが、事故防止の実践的な枠組みとして有用です。
短期入所特有のヒヤリハット事例は宿泊中・夜間・移乗・服薬の4場面に集中しやすい
通所サービスと異なり、短期入所は宿泊を伴うため、夜間の少人数体制時に複数の利用者の状態が重なるリスクがあります。研修では次の4場面を中心に事例を確認してください。
| 場面 | ヒヤリハット事例 | 未然防止のポイント |
|---|---|---|
| 移乗・移動介助 | 車いすからベッドへの移乗時にバランスを崩し、床に手をついた | 移乗前のブレーキ確認・フットレスト除去の手順徹底 |
| 夜間の徘徊・離床 | 夜間に利用者が居室を出て廊下で立ったままになっていた | 離床センサーの設置・見回り間隔の短縮 |
| 服薬管理 | 別の利用者の薬を間違えて取り出しかけた(与薬前に気づいた) | 与薬前の3確認(薬袋の氏名・薬の種類・服用時間)の徹底 |
| 浴室・入浴後 | 入浴後、ぬれた床で滑りかけた(手すりにつかまり転倒を回避) | 浴室出口のマット整備・介助者の位置確認 |
表は当方が短期入所のリスク場面を整理したものです。
入浴介助中に皮膚の状態(新しい傷・褥瘡の初期兆候・発赤)を発見した場合も、ヒヤリハットに準じて記録します。家族から報告を受けていない傷が見つかった場合は、施設での発生か家庭での発生かを確認するためにも記録が重要です。
ヒヤリハット記録は「5W1H+原因+対策」の形で書く
ヒヤリハット記録の内容が漠然としている(「〇〇しかけた」だけで原因と対策が空欄)場合、分析に使えず再発防止につながりません。記録には必ず原因の考察と具体的な対策を添えます。
- When(いつ):発生日時(時間帯は重要。夜勤か日勤かが明確になる)
- Where(どこで):発生場所(居室・廊下・浴室・食堂など)
- Who(誰が):当事者(利用者のイニシャルまたは番号・関わっていた職員)
- What(何が):起きた出来事(「移乗時に〇〇しかけた」など具体的に)
- How(どのように):発見した経緯・その後の経過
- 直接原因:なぜその場面で起きたか(手順の省略・環境の問題・利用者の状態変化など)
- 背景要因:直接原因の背景にある要因(人員配置・マニュアルの未整備・業務の多忙など)
- 再発防止策:誰が・いつまでに・何をするかを明記する
記録はできる限りその日のうちに作成します。時間が経つと記憶があいまいになり、詳細が失われます。複数の職員が関わっていた場合は、それぞれの立場から補足記録を残すことが望ましいです。
RCAまたはSHELL分析でヒヤリハットの根本原因を掘り下げる
個別のヒヤリハットを処理するだけでなく、月次で集計・傾向分析を行うことで、組織的なリスクを発見できます。深刻なヒヤリハットや同じパターンが繰り返される場合は、根本原因を分析する手法を使います。
RCA(Root Cause Analysis・根本原因分析)
「なぜ」を繰り返して(一般的に5回)根本原因を探る手法です。例として「なぜ転倒しかけたか→なぜ手すりがなかったか→なぜ設置されていなかったか→なぜ必要性が認識されていなかったか→なぜアセスメントが不十分だったか」という形で原因を掘り下げると、「個人のミス」ではなく「アセスメントの仕組み」に問題があると見えてきます。
SHELL分析
- S(Software・手順書):マニュアル・チェックリストに問題があったか
- H(Hardware・設備):設備・機器・環境に問題があったか
- E(Environment・環境):照明・騒音・室温・混雑などに問題があったか
- L(Liveware・利用者):利用者の状態変化が影響したか
- L(Liveware・スタッフ):当該職員の疲労・知識・スキルに問題があったか
SHELL分析は、責任を個人に帰着させず組織全体の問題として捉えるために有効です。特に夜間帯の少人数体制時のヒヤリハットでは、スタッフ側の疲労・環境の問題が複合的に絡んでいることが多いため、この視点が役立ちます。
ヒヤリハット記録の保管期間は5年・事故記録も同様
ヒヤリハット記録の保管期間に関する直接の規定は基準には明示されていませんが、基準第41条(第145条で準用)が記録の保管義務(2年または5年)を定めており、事故関連記録と同様に5年間保管することが一般的です。
運営指導では、事故報告書だけでなくヒヤリハット記録の整備状況を確認される場合があります。「ヒヤリハットを記録していない」「月次集計をしていない」という状況は、事故防止に向けた組織的な取り組みが不十分と判断される可能性があります。
電子記録(専用システム・Excelシート)と紙記録のどちらでも管理可能ですが、電子記録の場合はバックアップと閲覧権限の管理を確認してください。
ヒヤリハット研修は年2〜4回が目安・月次集計の共有を定例化する
ヒヤリハット研修には法定の義務回数はありませんが、月次でヒヤリハット集計を職員ミーティングで共有することを定例化することが実践的です。年2〜4回は、事例検討会や分析ワークショップの形式で深堀りする機会を設けるとよいでしょう。
深刻なヒヤリハット(重大事故になる可能性が高かったもの)が発生した場合は、随時事例検討会を開催して再発防止策を全員で検討します。
事故が発生した場合の報告手順については短期入所の事故報告・苦情対応研修、研修記録の様式については短期入所の研修記録の書き方もあわせて確認してください。
研修資料・確認テスト・記録様式は法定研修・訓練キット(短期入所版)でまとめて用意できます。
この記事は、障害者総合支援法に基づく基準(平成18年厚生労働省令第171号)、解釈通知(障発第1206001号・最終改正令和7年3月31日)の原文を確認して書いています(確認日:2026年11月1日)。所在地の指定権者(都道府県・市)の案内もあわせて確認してください。作成:fufumumu_design


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