有料老人ホームの人件費率が高い最大の理由は、24時間365日の人員配置が法律で義務付けられており、その費用が入居者数の多い少ないにかかわらず一定程度発生する構造にあります。介護付き有料老人ホーム(特定施設入居者生活介護の指定を受けた施設)では、入居者3名に対して介護・看護職員1名以上の常勤換算での配置が求められており、夜間も施設内に職員を置く義務があります。入居率が100%でも50%でも、夜間対応のための最低人員はほぼ変わりません。
「他の業種より人件費率が高い」と感じる経営者は少なくありませんが、これは経営の失敗ではなく、介護施設として必要な人員を確保した結果として必然的に生じる構造です。この記事では、職種ごとの人員配置基準と、なぜ人件費が固定費に近い性格を持つのか、また入居率が上がるにつれて人件費率がどう変化するかを順に説明します。
介護付き有料老人ホームの基本:3対1配置の意味
有料老人ホームは「介護付き」「住宅型」「健康型」の3種類に分かれます。このうち介護付き有料老人ホームは、都道府県から「特定施設入居者生活介護」の指定を受けた施設で、施設の職員が直接介護サービスを提供します。住宅型や健康型は施設の職員が介護サービスを直接提供するのではなく、入居者が外部の訪問介護事業所などを利用する形が基本です。
介護付き有料老人ホームの人員配置基準は、「指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準」(平成11年厚生省令第37号)に定められており、介護職員と看護職員の合計は入居者3名に対して常勤換算で1名以上とされています。定員30名の施設なら、介護・看護職員の合計が常勤換算で10名以上必要という計算になります。
「3対1」という数字を聞くと、入居者3名を1名のスタッフが担当するように聞こえますが、実際の意味はそうではありません。これは1日24時間・年365日にわたる配置基準ではなく、常勤換算での人員数の最低基準です。24時間365日のシフトをまわすためには、この常勤換算の数字よりも多くの実人員が必要になります。
常勤換算とは何か:実際に必要な人数はもっと多い
「常勤換算」とは、非常勤・パートを含めた全職員の週の勤務時間を足して、常勤職員の週の勤務時間(多くの場合40時間)で割った数です。週20時間のパート職員2名は、常勤換算で1名分です。
実際に24時間365日のシフトを組むと、常勤換算の数字より多くの実人員が必要になります。日勤・夜勤の交代制、週休2日、有給休暇、育休・産休などを考えると、1つのシフト枠を常にカバーするためには常勤換算1名分に対して実際には複数の人が交代で担当することになります。業界では、必要な実人員は常勤換算の数字の2倍以上になることも多いと言われています。
たとえば定員30名の施設で常勤換算10名が必要な場合、実際に雇用・確保する職員数は15〜20名以上になることも珍しくありません(シフトの組み方や非常勤・パートの活用割合によって変わります)。それだけの人員の給与・社会保険料・賞与・研修費などが毎月の人件費として発生します。
夜間も職員を置く義務がある
介護付き有料老人ホームでは、日中の人員配置だけでなく、夜間・深夜の時間帯も施設内に職員を置かなければなりません。夜間帯の職員は、一般的に入居定員が30名以下の施設では夜勤を担う職員を最低1名以上置くことが求められており、30名を超える規模になると規模に応じた配置が必要になります(具体的な基準は都道府県の指定要件により異なります)。
夜間帯の人件費は、売上に直接結びつきにくい時間帯のコストです。入居者の多くが就寝している夜中の2時でも、緊急対応・見守り・おむつ交換などのために職員は施設にいる必要があります。この「売上がない時間帯にもコストがかかる」という構造が、有料老人ホームの人件費を高くする大きな要因のひとつです。
夜勤は通常、日勤より1回あたりの勤務時間が長く(一般的に16時間前後の夜勤形態もあります)、夜勤手当が上乗せされます。日勤・夜勤を交えたシフトを年間を通じて組む場合、実際にかかる人件費の総額は「配置基準の人数×平均賃金」で単純計算した金額よりも高くなる傾向があります。
配置が必要な職種:管理者・ケアマネ・看護師・栄養士
介護付き有料老人ホームには、介護・看護職員のほかにも複数の職種の配置が義務付けられています。主な職種と配置基準の概要は次のとおりです。
| 職種 | 配置基準の概要 | 主な役割 |
|---|---|---|
| 介護職員・看護職員(合計) | 入居者3名に対して常勤換算1名以上 | 日常の介護・看護・生活支援 |
| 看護職員(単独) | 施設の規模に応じた人数(入居定員30名以下の場合は1名以上が目安) | 服薬管理・医療的ケア・健康観察 |
| 管理者 | 1名(専従が原則) | 施設全体の運営管理・責任者 |
| 生活相談員 | 入居者100名に対して1名以上 | 入居相談・契約手続き・家族対応・地域連携 |
| 計画作成担当者(ケアマネ) | 入居者100名に対して1名以上(介護支援専門員の資格が必要) | ケアプランの作成・定期見直し |
出典:指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準(平成11年厚生省令第37号)の特定施設入居者生活介護に関する規定。看護職員の施設規模別の人数、生活相談員・計画作成担当者の人数は同令の内容に基づく概要です。施設の類型(一般型・外部サービス利用型等)や都道府県の要綱により詳細が異なる場合があります。
栄養士については、有料老人ホームの食事提供の状況や規模によって配置が求められる場合があります。施設で調理を行う場合は調理員の確保も必要です。これらの職種はどれも、入居者数が少ない時期でも最低限は置き続けなければならない性格があります。定員30名の施設でも60名の施設でも、管理者・ケアマネ・生活相談員は基本的に各1名程度の配置で対応できますが、その分の人件費は発生し続けます。
人件費が「固定費に近い性格」を持つ3つの理由
有料老人ホームの人件費が固定費に近い性格を持つ理由は、主に3つあります。
1つ目は、最低限の人員が法律で決まっているためです。たとえば夜間の最低配置人員や管理者・ケアマネは、入居者が少ない時期でも配置し続けなければなりません。入居率が40%の時期でも、夜間に必要な最低人員分の人件費は100%の時期と大きく変わらない部分があります。
2つ目は、採用・教育コストが高く、入居率が低い時期に人員を急激に減らせないためです。介護現場は全国的に人手不足が続いており、必要なスキルを持つ人材の採用に時間がかかります。入居率が低い時期に大幅に人員を削ると、入居率が上がったときに対応できなくなるリスクがあります。施設が「受け入れできません」となれば、入居率は下がり続けます。
3つ目は、資格保有者・経験者が必要な職種が多く、賃金を大幅に下げにくいためです。介護支援専門員(ケアマネ)や看護師は国家資格が必要で、市場賃金は一定の水準があります。これらの職種の賃金を下げれば他の施設に転職されてしまいます。
入居率が上がると人件費率が下がる仕組み
人件費率は「人件費の合計÷売上高」で計算します。人件費の絶対額は入居率が変わっても大きく変わらない部分が多い一方で、売上は入居率に比例して増えます。そのため、入居率が上がると人件費率(売上比)が下がります。
令和6年度改定後の介護保険の報酬単価(特定施設入居者生活介護費)は、要介護1で1日542単位、要介護5で1日813単位です。地域区分の単価は、最も高い1級地で1単位10.72円、その他の地域で10.00円です。その他の地域(1単位10.00円)で計算すると、要介護1の入居者1名あたりの1日の介護保険収入は5,420円、30日では162,600円です。要介護5なら1日8,130円、30日では243,900円です。
出典:厚生労働省「令和6年度介護報酬改定」。特定施設入居者生活介護費(Ⅰ)の令和6年度改定後の単位数(要介護1:542単位/日、要介護5:813単位/日)および地域区分単価(1級地10.72円、その他10.00円)。1日の収入の計算は当方が行いました。
定員30名の施設で、月の人件費が600万円かかると仮定して、入居率が変わると人件費率がどう変化するか、単純な例で考えてみます。
| 入居率 | 入居者数 | 月の売上(参考) | 人件費率の目安 |
|---|---|---|---|
| 40% | 12名 | 少ない(固定費を大きく下回る) | 非常に高くなる(100%超えも) |
| 60% | 18名 | 固定費に近づく水準 | 70〜80%台になることが多い |
| 80% | 24名 | 損益分岐点前後 | 60〜70%台まで下がることが多い |
| 100% | 30名 | 最大収入 | 55〜65%台まで下がることが多い |
上記は概念を説明するための単純モデルで、実際の数字は施設の規模・賃金水準・要介護度の構成・保険外収入の比率・賃料・建設費の返済などによって大きく異なります。特定の収益を保証するものではありません。
このように、同じ人件費が月600万円かかっていても、売上が増えれば人件費率は下がります。入居率が低い開業初期には人件費率が100%を超えることもあり、これは経営が失敗しているわけではなく、入居率が上がる過程で通過する段階です。問題は、その段階が長く続かないよう、運転資金を確保して早期に入居率を上げることです。
処遇改善加算が人件費を底上げする
介護職員の賃金水準を引き上げるため、介護保険制度には「介護職員等処遇改善加算」があります。令和6年度からは複数の加算が統合された形で運用されており、施設が加算を取得するとその分が施設の収入(介護保険からの支払い)に上乗せされます。ただし、加算として受け取った額は原則として介護職員の賃金改善に充てる義務があります。
つまり、処遇改善加算を取得すると、施設の収入も増えますが、それと同じくらい人件費も増えます。加算を取れば取るほど人件費の絶対額は増えますが、賃金を上げることで人材の確保・定着がしやすくなります。加算を取らない選択もできますが、同じ地域の競合施設が加算を取得して給与水準を上げている中では、採用競争で不利になるリスクがあります。
処遇改善加算の加算率は施設の種類や取得する加算の種別によって異なります。事業計画を立てる際は、加算を取得した場合の収入増加分と人件費増加分を両方計上することが大切です。
出典:厚生労働省「令和6年度介護報酬改定 処遇改善加算等の見直し」。加算の詳細・率・要件については同省の改定関連資料をご参照ください。
住宅型有料老人ホームの人件費率は介護付きとどう違うか
「住宅型有料老人ホーム」は、介護付きホームとは異なり、施設に特定施設入居者生活介護の指定がありません。住宅型の入居者が介護サービスを利用する場合は、施設の外にある訪問介護事業所・通所介護事業所(デイサービス)などと別途契約します。施設の職員が直接介護サービスを提供するわけではないため、3:1の介護・看護職員配置義務は施設に課されていません。
ただし、住宅型であっても24時間の見守り・緊急対応のために夜間も職員を置く施設は多くあります。介護サービスは外部の事業所が担うとはいえ、施設として安全を確保するための最低限の人員は置き続ける必要があります。そのため、住宅型でも人件費が一定程度発生する構造は変わりません。
介護付き(特定施設)と住宅型では、人件費率の水準が異なることが多いです。施設に配置義務のある職員数が介護付きの方が多いため、一般的に介護付きの方が人件費率は高くなりやすい傾向があります。一方で住宅型は介護サービス収入が施設に入らないため、売上の規模自体が介護付きよりも小さくなる場合もあります。どちらの形態が収益的に有利かは、入居者の要介護度の構成・地域の競合状況・施設の規模などによって変わります。
他業種との比較:なぜ人件費率60%台が基準になるか
一般的な小売業や飲食業の人件費率は、30〜40%程度のケースが多いと言われています(業種・企業規模によって異なります)。有料老人ホームの人件費率が60%前後になることがあるのは、経営が非効率なのではなく、24時間365日の配置義務と介護保険制度の報酬構造が組み合わさった結果です。
有料老人ホームの収入のうち、介護付きホームの主収入は介護保険の報酬です。この報酬単価は国が3年ごとの改定で決めるものであり、施設が自由に価格を上げることができません。一方で人件費は、最低賃金の引き上げや処遇改善加算の拡充によって上昇し続ける方向にあります。価格の上げにくさと費用の上昇圧力が重なることで、人件費率は高くなりやすい構造があります。
厚生労働省が公表している「介護サービス施設・事業所調査」や「経営概況調査」などのデータでは、特定施設入居者生活介護(介護付き有料老人ホームの主要な形態)の人件費率や収支差率の全国平均が確認できます。経営計画を立てる際は、最新の調査結果を参考にすることをお勧めします。
人件費率を管理するための視点
人件費率を現実的な水準に保つためには、次の点を押さえることが重要とされています。
- 入居率を早期に高める:人件費の固定的な部分は変わらないため、分母となる売上を増やすことが最も直接的な改善策です。開業前からの営業活動・ケアマネとの関係構築・地域への認知拡大が入居率に直結します。
- シフトを効率よく組む:日勤・夜勤の人数配分やパート職員の活用の工夫で、同じ配置基準を満たしながら総人件費を最適化できます。ただし、パートを増やしすぎると経験・スキルの蓄積が難しくなるため、バランスが大切です。
- 定着率を上げる:採用コストは人件費の見えにくい部分です。求人広告費・紹介会社への手数料・新人研修のコストは、1名採用するごとに数十万円になる場合があります。職員が長く働き続けられる環境を整えることで、採用・教育コストが減ります。
- 処遇改善加算を最大限取得する:加算分は職員の賃金に充てる義務がある分、直接的な収益にはなりませんが、給与水準が上がることで採用・定着に有利になります。
- 介護度の重い方の受け入れ体制を整える:要介護度が高い入居者の介護報酬は高くなります(要介護5は1日813単位と、要介護1の542単位より約50%多い)。介護報酬単価が上がれば、同じ人件費でも人件費率が下がります。
有料老人ホームの人件費は、配置基準を守りながら運営する以上、一定の水準は避けられません。重要なのは、人件費の絶対額を無理に下げようとするのではなく、入居率を高めて売上を伸ばし、人件費率を適切な水準に近づけることです。
人件費率の実績データを確認する方法
自分の施設の人件費率の計画が現実的かどうかを確認するためには、全国の実績データと比較することが役立ちます。厚生労働省は毎年「介護サービス施設・事業所調査」や数年ごとに「介護事業経営概況調査」「介護事業経営実態調査」を実施・公表しており、施設・サービス別の収支差率・人件費率・費用の構成比などの全国平均が確認できます。
調査の結果は厚生労働省のウェブサイトで公開されており、特定施設入居者生活介護(介護付き有料老人ホームの主な形態)の数字を確認できます。全国平均は一つの目安にすぎませんが、自分の計画が他の施設と比べて大きくずれていないかを確かめる基準になります。
また、介護保険の収入だけでなく、保険外の月額費用(入居金・月額費用のうち食費・居住費・管理費など)の設定も、収益の構造に影響します。要介護度が同じ入居者でも、施設によって月額費用の総額は大きく異なります。月額費用を高く設定できれば人件費率は下がりますが、高すぎると入居率が上がりにくくなるトレードオフがあります。
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出典
- 指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準(平成11年厚生省令第37号):特定施設入居者生活介護の人員配置基準に関する規定
- 厚生労働省「令和6年度介護報酬改定」:特定施設入居者生活介護費の単位数(要介護1:542単位、要介護5:813単位)・地域区分単価(1級地10.72円、その他10.00円)
- 厚生労働省「令和6年度介護報酬改定 処遇改善加算等の見直し」:処遇改善加算の概要
作成:fufumumu_design(ふふ)。確認日:2026年10月11日。人件費率の目安・他業種との比較など法令に基づかない数字は業界の一般的な傾向として記載しており、個別施設の収支を保証するものではありません。


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