認知症高齢者が不当な勧誘によって結ばされた契約は「消費者契約法」によって取り消せる可能性がある(消費者契約法第4条)。詐欺罪の立証や意思能力の立証が難しくても、消費者契約法の「取り消し要件」に当てはまれば比較的立証しやすい手段だ。どのような勧誘が「取り消し事由」になるか、手順とともに整理した。
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消費者契約法の取り消し事由とは
消費者契約法第4条では、事業者が消費者に対して次のような不当な行為をして契約させた場合に「取り消すことができる」と定めている。
- 不実告知(第4条第1項第1号):「この投資は必ず利益が出る」「この商品を使えば確実に回復する」等、事実ではないことを事実として告げた場合
- 断定的判断の提供(第4条第1項第2号):「今買わないと絶対に損をする」「これを飲めば必ず治る」等、将来の不確実なことを確実なものとして告げた場合
- 不利益事実の不告知(第4条第2項):契約者にとって不利益な重要事項(デメリット)を意図的に告げなかった場合
- 不退去(第4条第3項第1号):消費者が「帰ってほしい」と告げたにもかかわらず業者が居座った場合
- 退去妨害(第4条第3項第2号):消費者が「帰りたい」と告げたにもかかわらず業者が帰らせなかった場合
- 社会生活上の経験不足の不当な利用(第4条第3項第3号〜第6号):高齢者の孤独感・不安を利用した勧誘(2018年改正・2022年改正で拡充)
認知症高齢者への適用が特に問題になるケース
認知症高齢者への消費者契約法の取り消しが問題になりやすいケースを整理した。
- 「認知症が治る」「絶対に効果がある」という健康食品・健康機器の販売:断定的判断の提供(第4条第1項第2号)・不実告知(第1項第1号)に当たる可能性がある。認知症が不安な高齢者に対してこのような説明で購入させた場合は取り消せる可能性がある
- 長時間の勧誘で疲弊させる「ソフト型不退去」:明示的に「帰ってほしい」と言えない高齢者に対して、3〜4時間にわたって勧誘を続けた場合。近年は「帰れ」と言わずに不安な様子を見せただけでも取り消しが認められた事例がある
- 孤独・不安を利用した霊感商法・神がかり商法:「このままでは家族に不幸が訪れる」「先祖が怒っている」等の霊感・超自然的な表現を使って契約させた場合(消費者契約法第4条第3項第6号・2022年改正)。霊感商法については取り消し期間が「10年間」に延長された(消費者契約法第7条第3項)
取り消しの手順
消費者契約法による取り消しの手順を整理した。
- 取り消し事由の確認:どの取り消し事由(不実告知・不退去等)に当たるか確認する。確認が難しい場合は消費生活センターまたは弁護士に相談する
- 証拠の収集:業者とのやりとりの録音・勧誘時の状況の記録・契約書・領収書・商品の現物を保存する。誰かが立ち会っていた場合は証言を記録しておく
- 取り消しの意思表示:業者に対して「消費者契約法第4条に基づき契約を取り消す」という意思表示を内容証明郵便で送付する
- 代金返還請求:取り消しが認められると、すでに支払った代金の返還を請求できる。業者が拒否した場合は訴訟(少額訴訟または通常訴訟)を検討する
「取消権の行使期間」に注意
消費者契約法による取り消しには期限がある(消費者契約法第7条)。
- 通常の取り消し権(第7条第1項):追認をすることができる時から1年間、または契約締結から5年間
- 霊感商法に基づく取り消し権(第7条第3項・2022年改正):追認をすることができる時から3年間、または契約締結から10年間
「追認をすることができる時」とは、取り消しできることを知った時・取り消しの原因となる状況がなくなった時が目安となる。認知症が進んでいる場合、本人が「追認できる状態」かどうかの判断が難しいケースがある。早期に専門家に相談することが重要だ。
民法の「詐欺による取り消し」との違い
消費者契約法による取り消しと、民法第96条の「詐欺による取り消し」との主な違いを整理した。
- 立証の難しさ:民法の詐欺取り消しは「欺く意図(故意)」の立証が必要で難しい。消費者契約法は「実際に不実告知があったか」等の客観的な事実の立証でよいため、比較的立証しやすい
- 適用対象:消費者契約法は「事業者と消費者」の間の契約に適用される。個人間の取引には適用されない
- 取り消し期間:民法の詐欺取り消しは「詐欺を知った時から5年・行為から20年(民法第126条)」。消費者契約法は「追認できる時から1年・契約から5年(霊感商法は例外)(消費者契約法第7条)」
「不当条項」として無効になる場合
消費者契約法では「取り消し」以外にも「不当条項」として無効になる場合がある(消費者契約法第8条〜第10条)。
- 損害賠償責任を免除する条項の無効(第8条):事業者が消費者に対して故意または重大な過失があった場合の損害賠償責任を免除する条項は無効
- 消費者の取消権等を奪う条項の無効(第8条の2):消費者が「返品できない」「解約できない」等の消費者の権利を制限する条項を一方的に定めた場合
- 消費者の利益を一方的に害する条項の無効(第10条):法律の基本原則に反する過大なキャンセル料・違約金等の条項
「契約書に書いてあるから」と言われても、消費者契約法上「無効」な条項は拘束力がない。「契約書の内容だから払わなければならない」という思い込みが被害を拡大させるケースがある。条項の有効性が疑われる場合は消費生活センターや弁護士に確認する必要がある。
「後見人が設定されたことを業者に伝える」効果
後見人が設定された後に業者に「後見人が選任されている」と伝えることで、業者の対応が変わることがある。
法律上の効果として、被後見人(認知症の本人)が後見開始の審判を受けると「行為能力が制限される」(民法第9条)。後見人の同意なしに行われた本人の行為は「取り消すことができる」(民法第9条)。
業者が「後見人がいる」と知った場合、「後で取り消されるリスクがある」と認識して新たな契約の締結を諦めることが多い。後見申立ては「詐欺被害の防止」という観点からも、早期に進めることが有益だ。
消費生活センターが果たす役割
消費生活センターは「消費者と事業者の間のトラブルの解決を支援する公的機関」だ(消費者安全法に基づく)。次のような支援を受けられる。
- 被害状況の聞き取りとアドバイス(取り消し事由に当たるかどうかの判断を支援)
- 業者への交渉の仲介(センターが業者に連絡して解決を促す場合がある)
- 弁護士・司法書士への紹介(解決が困難な場合)
- クーリングオフの書き方の指導
消費者ホットライン(電話188)に電話すると、最寄りの消費生活センターにつながる。認知症高齢者の代わりに家族が相談することも可能だ。
「2022年改正」で拡充された取り消し事由
2022年の消費者契約法改正(2023年6月施行)で、取り消し事由が拡充された。高齢者・認知症高齢者の被害に直結する改正内容を整理した。
- 「第4条第3項第3号」の「願望告知型」の追加:消費者が勧誘を断った後でも、「○○(願望・夢)が叶う」という旨の判断を提供して不安を招く行為が追加された(2022年改正)
- 「第4条第3項第4号」の「判断力低下型」の追加:消費者の判断力の著しい低下(認知症・加齢等)を利用して、必要のない物や不利益な契約を締結させた場合が明示的に取り消し事由となった(2022年改正)
- 「霊感商法」の取り消し期間延長(第7条第3項):従来1年・5年だった取り消し期間が「3年・10年」に延長された(2022年改正)
「判断力の著しい低下」が取り消し事由として明文化されたことで、認知症高齢者への不当勧誘に対して消費者契約法を適用しやすくなった。「契約当時に認知症だった」ことを示す医療記録・介護記録を保存しておくことが、取り消し請求の際に重要な証拠になる。
「訴訟」になる前の解決手段
業者が取り消し・返金を拒否した場合でも、訴訟を提起する前に利用できる解決手段がある。
- 消費生活センターによる斡旋:消費生活センターが業者に連絡して解決を促す「斡旋」を無料で行う場合がある。業者が消費生活センターからの連絡を無視することもあるが、一定の効果がある
- 国民生活センターのADR(裁判外紛争解決手続き):消費者と事業者の間のトラブルで解決できない場合は、国民生活センターが設置するADRを利用できる場合がある。費用は無料で、裁判より短期間での解決が期待できる
- 少額訴訟:60万円以下の金銭請求は「少額訴訟(1回の審理で判決が出る簡易な訴訟手続き)」を利用できる(民事訴訟法第368条)。費用は数千円程度と安く、弁護士なしでも手続きできる
この記事のまとめ
- 消費者契約法第4条では「不実告知・断定的判断の提供・不利益事実の不告知・不退去・退去妨害・孤独不安の利用」等の不当勧誘による契約を取り消せる
- 霊感商法による取り消しは期限が10年に延長された(消費者契約法第7条第3項・2022年改正)
- 民法の詐欺取り消しより消費者契約法の方が立証の難易度が低い
- 取り消し後は業者への内容証明郵便による通知→代金返還請求→業者が拒否すれば訴訟という手順で進める
- 2022年改正で「判断力の著しい低下を利用した勧誘」が明文化。認知症であることを示す医療記録・介護記録が取り消し請求の証拠になる
- 相談先:消費者ホットライン(188)・消費生活センター・法テラス・国民生活センターのADR
出典:消費者契約法第4条(取り消し事由)・第7条(取消権の行使期間)、民法第96条(詐欺による取り消し)・第126条(取消権の期間の制限)、消費者安全法
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