後見人は施設入所の契約・同意ができるか|できることとできないことの違い

認知症が進んで本人が施設入所を必要とするとき、後見人が入所契約を代理できるかどうかという疑問が生じる。結論として「施設入所の契約は後見人が代理できる」が、「施設入所への同意(本人が嫌がっている場合の同意)」は後見人にはできない、という区別がある。この違いが実務上の問題を生む場面がある。

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施設入所の契約は後見人が代理できる

後見人は「被後見人の住む場所に関する法律行為を代理する権限」を持つ(民法第859条)。介護施設・老人ホーム・グループホームへの入所契約は「住む場所に関する契約」であり、後見人の代理権の範囲内だ。

具体的には次の行為が後見人によって行われる。

  • 施設との入所契約書への署名・押印(「後見人 ○○」として)
  • 入所にかかる費用の支出(被後見人の財産から)
  • 施設への重要事項説明書の受領
  • 施設に対する苦情申出・契約解除の申入れ

「後見人がいれば施設の入所手続きを代理してもらえる」というのは事実だ。後見人がいない状態では家族が施設と契約を結ぶことになるが、家族が法律上の代理権を持つわけではないため、施設側から「後見人を立ててほしい」と求められるケースがある。

「施設入所への同意」は後見人の権限ではない

問題が生じるのは「本人が施設への入所を嫌がっている」場合だ。後見人は「本人が嫌がっている施設への強制的な入所に同意する」権限を持たない。

成年後見制度は「本人の自己決定権を尊重すること」を基本理念の一つとしており(民法第858条・成年後見制度の利用の促進に関する法律)、本人が「施設には入りたくない」と意思表示している場合、その意思を無視して後見人が施設入所に同意することは制度の趣旨に反する。

つまり「後見人がいれば、本人が嫌がっていても施設に入所させることができる」という理解は誤りだ。後見人の代理権は「本人の意思決定を支援・代理するもの」であり、「本人の意思に反した行為を強制するもの」ではない。

実務でどう対応するか

「本人が施設入所を嫌がっているが、在宅での生活が困難な状態」という場合の実務的な対応を整理した。

  • 本人への説明と理解を求める努力を続ける:厚生労働省「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」(2018年)では「本人の意思決定を支援する」ことが基本とされている。ケアマネジャー・医師・地域包括支援センターのスタッフ等が関与して、本人が理解できるように説明を重ねることが求められる
  • 本人が理解できる「合理的な判断能力」が残っているか確認する:重度の認知症で「施設に入りたくない」という発言の背景が病識欠如(自分の状態を認識できていない)である場合は、「意思決定能力が十分に残っている状態での反対」とは評価されにくくなる。主治医・精神科医の見解を踏まえて判断する
  • 在宅での安全確保が困難な状況を記録に残す:火の消し忘れ・徘徊による危険・転倒事故等「在宅生活が本人の安全を守れない状態」を記録しておくことで、施設入所が「本人の利益のために必要」という判断の根拠になる

精神保健福祉法に基づく入院(非自発的入院)との違い

医療保護入院・措置入院は精神保健福祉法に基づく手続きであり、成年後見とは別の制度だ。

  • 医療保護入院(精神保健福祉法第33条):精神科の治療に入院が必要で本人の同意が得られない場合、家族等の同意と精神保健指定医2名以上の診断で入院させることができる制度
  • 措置入院(精神保健福祉法第29条):自傷他害のおそれがある精神疾患患者に対して、都道府県知事の権限で強制的に入院させる制度

認知症の場合、介護施設への入所(医療機関への入院ではない)に医療保護入院・措置入院の規定は適用されない。介護施設への入所はあくまでも「本人の同意または後見人の代理権の範囲での契約」という民法上の手続きが原則だ。

「住居移転の権限」と「居住用不動産の処分」の違い

後見人が施設入所の契約を代理する権限があることと、「被後見人の自宅(居住用不動産)を処分(売却・賃貸)する権限」は別の話だ。

被後見人が施設に入所した後、空き家になった自宅を売却・賃貸しようとする場合は、家庭裁判所の許可が別途必要だ(民法第859条の3)。施設入所の契約と自宅の処分は「後見人がやるべきこと」として混同されやすいが、法律上の手続きが異なる。

  • 施設入所の契約:後見人の代理権の範囲内(家庭裁判所の許可は不要)
  • 自宅の売却・賃貸:家庭裁判所の許可申立てが必要(民法第859条の3)

施設と後見人のコミュニケーションの実務

後見人が選任された後、施設側はケアプラン・状態変化・費用の支払い等について後見人と連絡を取る。実務上の確認事項を整理した。

  • 後見登記事項証明書の提示:施設に「後見人としての証明書(後見登記事項証明書)」を提示して、後見人として認識してもらう必要がある
  • 緊急連絡先の登録:施設への緊急連絡先として後見人の連絡先を登録する。ただし家族がいる場合は家族との連絡体制も確認する
  • 介護サービス計画(ケアプラン)への関与:施設でのケアプラン作成に後見人が関与するケース(特に外部の専門職後見人)もある。施設のケアマネジャーと連携することが重要だ
  • 費用の支払い:施設利用料は毎月被後見人の財産から後見人が支払う。請求書の確認・支払いの記録を後見報告書に記載する

後見人が施設に対して行使できる権利

後見人は被後見人の権利を代理する立場として、施設に対して次のような権利を行使できる。

  • 施設の利用内容に関する情報開示の請求:ケアプラン・実施記録・費用の明細について開示を求められる
  • 苦情の申出:施設のサービス内容・ケアの質・費用の請求に問題がある場合に正式な苦情を申し出ることができる。施設には苦情受付の窓口設置が義務付けられている(社会福祉法第82条)
  • 国民健康保険団体連合会への申立て:介護保険サービスに関する苦情は国民健康保険団体連合会(国保連)が受け付けている。施設への苦情で解決しない場合は国保連に申立てることができる
  • 施設との契約解除:施設のサービスに重大な問題がある場合、後見人の権限で契約を解除することができる。ただし新しい施設への移転先を確保してから解除することが重要だ

「施設への入所」と「入院」は権限が異なる

後見人が代理できる「施設入所の契約」と、後見人が権限を持たない「医療機関への入院(医療同意)」の違いを再確認しておく必要がある。

  • 介護施設・老人ホームへの入所契約:後見人の代理権の範囲内。後見人が契約書に署名できる
  • 病院への入院手続き(入院の同意書への署名):後見人に医療同意権はない。入院の同意書は「家族(家族がいる場合)」または「医師の判断による緊急措置」という形で対応されることが多い
  • 手術・治療への同意:後見人の権限に含まれない。現行法上、後見人に医療同意権が認められていないため、家族または医師の倫理的な判断による対応になる

「施設に入所している被後見人が緊急入院になった」という状況では、後見人は入院手続きには直接関与できないが、「病院との連絡」「医療費の支払い」「家族との連絡」等の実務面でのサポートはできる。

「後見人がいない状態で施設入所が必要」になった場合

後見人がまだ選任されていない状態で、施設入所が急きょ必要になるケースがある。たとえば「入院中に退院後の行き先として施設を検討しているが、後見申立てはまだしていない」という状況だ。

この場合、施設側は「後見人がいない家族」と契約を結ぶことになる。家族には施設入所の法律上の代理権はないが、実務上は「家族の同意書」「家族を保証人・身元引受人として契約する」という形で入所が進む場合が多い。

問題が起きやすいのは「費用の支払いができなくなった」「契約内容に問題が生じた」「施設から退所を求められた」というケースだ。これらの事態に対して法律上の権限なく家族が対応するには限界がある。後見申立てを早期に進めることが根本的な解決策だ。

施設入所費用が高額になる場合の後見人の対応

施設入所費用が高額になり、被後見人の財産を超えて支払いが困難になる事態が生じた場合の後見人の対応を整理した。

  • 介護保険の区分変更申請:要介護度が低く設定されている場合は区分変更申請を行い、実態に合った要介護度で介護保険の自己負担を適正化する
  • 高額介護サービス費の申請:介護保険サービスの自己負担が一定額を超えた場合に払い戻しが受けられる「高額介護サービス費」(介護保険法第51条)を申請する
  • 施設の変更の検討:費用が財産規模を超えている場合は、より費用の低い施設への変更を検討する。ただし施設変更は本人の生活環境を変えるため、被後見人の状態・意向を慎重に考慮する必要がある
  • 生活保護の検討:財産が一定水準以下になった場合は生活保護の申請を検討する。生活保護受給中は介護施設の費用(生活扶助・介護扶助)が支給される

この記事のまとめ

  • 施設入所の契約(契約書への署名等)は後見人の代理権の範囲内(民法第859条)
  • 「本人が嫌がっている施設入所に後見人が同意する権限」はない。本人の自己決定権の尊重が原則(民法第858条)
  • 本人が施設入所を嫌がっている場合は、主治医・ケアマネジャー等の関与で説明・理解を求めることが先決
  • 施設入所後に自宅を売却・賃貸するには家庭裁判所の許可が別途必要(民法第859条の3)
  • 施設に後見登記事項証明書を提示して後見人として認識してもらうことが実務上の最初のステップ

出典:民法第858条(身上配慮義務)・第859条(財産管理権)・第859条の3(居住用不動産の処分の許可)、成年後見制度の利用の促進に関する法律、厚生労働省「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」(2018年)、精神保健福祉法第29条・第33条

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この記事を書いた人

業種別のツールを、一人で作っています。開業前の収支シミュレーター、法定研修キット、資格の問題集。どれも、厚生労働省の告示や調査の原文を自分で確かめてから数字を組み込んでいます。使う人が「この数字、合ってるか」と不安になるようなツールは作りたくないので。

上場企業で20年間、営業ひとすじ。電話営業・インサイドセールスから、約70名のチームのマネジメントへ。現場で「根拠のない数字」が判断を狂わせる場面を見続けてきたせいか、ツールを作るときも出典を確かめずにはいられません。

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