家族信託を設定した後で「受益者を変えたい」「受益者が亡くなった場合はどうなるか」という問いは実務でよく出る。家族信託の受益者の変更・死亡後の帰属先の設計は、設定時の信託契約書の書き方によって大きく変わる。受益者変更の手続き・税務上の注意点・設計のポイントを整理した。
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家族信託における「受益者」の役割
家族信託の「受益者」は、信託財産から経済的利益(家賃収入・預金の払い出し等)を受け取る人のことだ(信託法第2条第6項)。
- 受益者と委託者は同一人が多い:親が自分の財産を信託する場合は、親が「委託者(財産を預ける人)」かつ「受益者(利益を受け取る人)」になるケースが多い。財産の管理・運用は受託者(子等)が行うが、利益は引き続き親が受け取る形だ
- 受益者は変更できる:信託法第89条により、受益者を変更する権限(受益者変更権)を誰に付与するかを信託契約書に定めることができる。変更権を委託者・受託者・第三者のいずれに付与するかで、変更手続きが異なる
- 受益権は相続の対象になる:受益者が亡くなった場合、受益権は原則として受益者の相続財産として相続人に引き継がれる。ただし信託契約書に「受益者死亡後の受益者(帰属権利者・次順位受益者)」を定めておくことで、設計した通りに財産を承継させることができる
受益者変更の手続き
家族信託の受益者を変更する手続きを整理した。
- 受益者変更権を持つ人が変更を通知する:信託法第89条に基づき、受益者変更権を持つ人(通常は委託者または受託者)が「受益者変更の通知」を行う。通知の相手は「受託者と旧受益者・新受益者」だ
- 信託契約書の確認が先決:受益者変更の権限が誰にあるか・変更の手続き(書面による通知が必要かどうか等)は信託契約書の内容による。変更前に必ず信託契約書を確認する必要がある
- 不動産を信託している場合は登記が必要:信託財産に不動産が含まれている場合は、受益者変更後に「信託目録(受益者欄)」の変更登記をする必要がある(不動産登記法第103条第1項)。登記費用は不動産1件につき1,000円(登録免許税)+司法書士報酬(2〜5万円程度)
- 金融機関への届け出が必要な場合がある:信託口口座(信託専用の銀行口座)を持っている場合は、金融機関への受益者変更の届け出も必要になる場合がある。各金融機関の手続き方法を確認する
受益者変更時の「贈与税・相続税」の取り扱い
受益者を変更した場合、税務上の扱いに注意が必要だ。
- 受益者変更は「みなし贈与」になりうる:受益者を変更した場合、旧受益者から新受益者に「受益権(信託財産を受け取る権利)」が移ったとみなされ、贈与税の課税対象になることがある(相続税法第9条の2第2項)。ただし委託者と受益者が同一人の「自益信託」から始まっている場合は、設定時に贈与税は課税されない
- 受益者が死亡した場合は「相続税」の課税対象:受益者が亡くなって次の受益者に受益権が移る場合は、相続税の課税対象になる(相続税法第9条の2第4項)。信託財産全体を受益権の評価額として相続税申告が必要になる
- 税務申告のタイミング:受益者が変わった場合は「贈与税申告(翌年3月15日まで)」または「相続税申告(死亡後10か月以内)」が必要になる可能性がある。早めに税理士に相談することをすすめる
「受益者死亡後の帰属先」の設計(受益者連続型信託)
家族信託で活用されるのが「受益者連続型信託」だ。信託法第91条に基づき、受益者が亡くなった後の受益権の移転先をあらかじめ定めておくことができる。
- 設計例:「第一受益者は親・第二受益者は配偶者・第三受益者は子」:親が亡くなった後は配偶者が受益者、配偶者が亡くなった後は子どもが受益者になるよう信託契約書に定めることができる。これにより「後継ぎ遺贈」(特定の人に財産を引き継がせること)と同様の効果を得られる
- 受益者連続型信託の期間制限:信託法第91条では、受益者連続型信託の効力は「信託設定後30年」を経過した後に受益権を取得した受益者が亡くなった時点で終了すると定められている。30年以上の長期設計は限界があるため注意が必要だ
- 遺言では実現できない「次世代への承継」:通常の遺言では「誰に相続させるか」は一代分しか指定できないが、受益者連続型信託を使えば複数世代にわたる財産承継を設計できる(ただし30年の期間制限に注意)
「帰属権利者」の設定——信託終了後の財産の行き先
家族信託には「終了事由(信託が終わる条件)」と「帰属権利者(信託終了後に財産が移る人)」を定める必要がある(信託法第182条)。
- 帰属権利者の典型的な設定:「受益者が亡くなった時点で信託を終了し、信託財産を子どもに帰属させる」という設計が多い。帰属権利者は信託終了後に財産を引き継ぐ人として信託契約書に記載する
- 帰属権利者への財産移転は「遺贈」とみなされる可能性がある:信託終了時に帰属権利者が財産を受け取る場合、相続税の申告が必要になることがある(相続税法第9条の2第4項)。信託終了時の税務処理は税理士に確認することが必要だ
- 帰属権利者の指定漏れは危険:帰属権利者を定めていない場合、信託法第182条第2項の規定により、信託終了後の残余財産は「委託者(またはその相続人)に帰属する」こととなる。設計の意図と異なる結果になる場合があるため、必ず帰属権利者を明記することが重要だ
受益者が認知症になった場合の対応
家族信託の受益者自身が認知症になった場合の対応を整理した。
- 受益者の意思能力喪失は信託を「終了させない」:家族信託は受益者の意思能力喪失後も継続する(信託法第56条)。これが家族信託の最大のメリットの一つで、後見人を立てなくても受託者が財産を管理・活用し続けられる
- 受益者代理人の選任:受益者が認知症になって自ら意思決定できない状態になった場合、受益者を代理して権利行使をする「受益者代理人」をあらかじめ信託契約書で定めておくことができる(信託法第138条)。受益者代理人は受益者に代わって受託者への指示・同意等を行う
- 後見人との関係:受益者が認知症になって法定後見人が選任されていた場合、後見人が受益者の代わりに受益権を行使することになる。後見人と受託者の役割分担が明確でないと摩擦が生じることがある
「受益者の死亡」と「後見人が選任されている場合」の関係
受益者(親)に法定後見人がすでに選任されている場合、受益者変更の手続きはどうなるかを整理した。
- 後見人が受益者の代わりに権利行使する:受益者に後見人が選任されている場合は、受益者の権利行使(受益権の受け取り・受益者変更への同意等)は後見人が行う。信託の設定時に後見人がいる場合は、後見人の同意を得て受益者変更の手続きを進める必要がある
- 後見人と受託者の役割は重複しない:家族信託の受託者と法定後見人は役割が異なる。受託者は「財産の管理・運用(信託財産の範囲)」を行い、後見人は「日常生活の医療・介護に関する意思決定支援・身上監護」を行う。両者が並存する場合は、担当する業務の範囲を明確にしておくことが重要だ
- 受益者変更の際に後見人の許可が必要な場合がある:後見人が選任されている受益者の受益権を変更する場合は、家庭裁判所の後見人の職務範囲によっては許可が必要になることがある。事前に弁護士・司法書士に確認することをすすめる
家族信託の「受益権」の評価方法
受益者変更時の贈与税・相続税の申告には受益権の評価が必要だ。受益権の評価方法を整理した。
- 不動産を信託している場合の評価:信託財産に不動産が含まれる場合は、不動産の「相続税評価額(路線価方式または倍率方式で計算)」を受益権の評価額として用いる(相続税法施行令第1条の12)
- 預金を信託している場合の評価:信託財産が預金等の金融資産の場合は、信託財産の残高(元本)が受益権の評価額となる
- 評価額が基礎控除(110万円)を超える場合は申告が必要:受益権の評価額が贈与税の基礎控除(年間110万円)を超える場合は贈与税申告が必要だ。信託財産が不動産・多額の預金の場合は基礎控除を超えることがほとんどのため、受益者変更時は必ず税理士に相談することをすすめる
- 「受益者の死亡による次順位受益者への移転」と贈与税の関係:受益者連続型信託(信託法第91条)で受益者が亡くなって次順位受益者に受益権が移る場合は、贈与税ではなく相続税の対象となる(相続税法第9条の2第4項)。贈与税と相続税で課税関係が異なるため、設計段階で税理士に確認することが重要だ
この記事のまとめ
- 家族信託の受益者:委託者と同一人が多い。受益者変更権(信託法第89条)を誰に付与するかは信託契約書の設計による
- 受益者変更の手続き:変更権者が通知→不動産を含む場合は登記変更(登録免許税1,000円+司法書士報酬)→信託口口座の変更届け出
- 受益者変更時の税務:みなし贈与(相続税法第9条の2第2項)・相続税(同第4項)の課税可能性あり。変更前に税理士確認が必要
- 受益者連続型信託(信託法第91条):複数世代の受益者を設計できる。30年の期間制限に注意
- 帰属権利者(信託法第182条):信託終了後の財産の行き先。指定漏れは委託者相続人に帰属する。必ず明記する
- 受益者が認知症になっても信託は終了しない(信託法第56条)。受益者代理人(同第138条)をあらかじめ定めておくことで意思能力喪失後の対応ができる
- 相談先:司法書士・弁護士(信託契約書の確認・登記手続き)・税理士(受益者変更時の税務申告)
出典:信託法第2条第6項(受益者の定義)・第56条(受益者の意思能力喪失)・第89条(受益者変更権)・第91条(受益者連続型信託)・第138条(受益者代理人)・第182条(信託終了後の帰属)、相続税法第9条の2(信託に関する贈与税・相続税)、不動産登記法第103条第1項(信託目録の変更登記)
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