消費税の負担が増えると分かっていても、翻訳会社やエージェントにどう切り出せばよいか分からない方が多いです。
「ワード単価の表が決まっていて、自分から変えてほしいとは言い出せない。」
「エージェントを通した仕事は、そもそも個別に話せる相手がいない。」
「消費税の話をして、仕事を切られたらどうしよう。」
この記事では、まず消費税の負担額をワード単価や日当に換算してから、取引先の型が3つあることを整理します。翻訳会社への相談の仕方と、エージェント経由の案件の扱いは別々に説明します。
消費税の負担をワード単価と日当に直す
交渉を始める前に、自分が年間いくらの消費税を納めることになるかを、ワード・文字・時間の単位に換算しておきます。「消費税が増える」という話より、「1ワードあたり0.14円の上乗せが必要になる」という数字のほうが、相手にとっても受け取りやすくなります。
税込売上300万円の場合、年間の消費税の負担は次のとおりです。
| 方式 | 年間(概算) | 1ワードあたり(60万ワードで稼働の場合) | 1日あたり(80日稼働の場合) |
|---|---|---|---|
| 2割特例(令和8年9月30日まで) | 54,545円 | 0.09円 | 682円 |
| 3割特例(令和9〜10年分) | 81,818円 | 0.14円 | 1,023円 |
| 第5種・簡易課税(令和11年分〜) | 136,363円 | 0.23円 | 1,705円 |
(税込売上300万円の場合の概算。本則課税を選択した場合は経費によって変わります。)
国税庁タックスアンサーNo.6509では、第5種事業(運輸通信業・金融・保険業・サービス業)のみなし仕入率は50%と定められています。通訳・翻訳はサービス業として第5種に当てはまります。(出典:国税庁タックスアンサー No.6509)
翻訳者の場合、年間の翻訳量が200万文字の場合は、1文字あたり0.07円前後(第5種・簡易課税の場合)の上乗せ額になります。相手がワード単価か文字単価か、それとも日当なのかによって、換算の単位を変えて伝えると具体的になります。
2割特例が終わる令和8年(2026年)9月30日以降は、3割特例になります。300万円の売上で年間27,000円ほど負担が増えます。2029年分から簡易課税(第5種)に切り替えると、さらに55,000円ほど増えます。この変化は遅くとも2026年のうちに話し始めるのが現実的です。
取引先の「型」によって、相談の入口が変わる
通訳者・翻訳者の取引先は、大きく3つの形があります。どの形かによって、相談の入口と相手の判断権限が違います。
①翻訳会社・直接の取引先
翻訳会社と直接の業務委託契約がある場合です。単価表の改定を申し出ることができます。担当者に判断権限がある場合も多く、3つの中で相談の余地が最もあります。
②エージェント経由の案件
エージェントが間に入り、クライアントから受けた案件を翻訳者・通訳者に振る形です。エージェントは仲介料率で運営しており、単価を一律に変える余地が小さいことが多いです。
③直接クライアント(企業・個人)
企業や個人から直接依頼を受ける形です。フリーランス法の保護が最も働きやすいケースです。
翻訳会社への相談は、単価表の更新を求める形で入る
翻訳会社は登録翻訳者向けに「ワード単価表」や「文字単価表」を持っていることが多いです。年1回程度の改定の機会がある会社もあります。
相談の切り出し方は、次の2つが実際に使いやすいです。
単価表の更新タイミングで申し出る
「来期の取引条件について確認させていただけますか」という形で、改定の話し合いの機会を作ります。消費税分の上乗せは、「インボイス制度の登録に伴い年間○円の消費税の負担が発生しています。1ワードあたり○円の上乗せをご検討いただけますか」と数字を整えて伝えます。
新しいプロジェクトの開始時に確認する
継続案件の条件を変えるより、新しいプロジェクトが来たタイミングで単価を確認するほうが話が通りやすいことがあります。「このプロジェクトのワード単価について、1点確認させてください」という形で入ることができます。
消費税分の上乗せを断ることについては、国の指針が出ています。5省庁が公表した「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」(令和4年1月19日、令和8年1月30日改正)Q5では、課税転換した仕入先の消費税分を「明示的に協議することなく取引価格を据え置くこと」は、優越的地位の濫用又は取適法上の買いたたきとして問題となるおそれがあると述べています。(出典:5省庁「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」Q5)
「話し合いを求める」ことと「条件を一方的に据え置かれる」ことは、法律上の扱いが違います。断られた場合でも、交渉を申し出た事実はメールや記録として残してください。
もう一点、相手に伝えておくと受け入れやすくなることがあります。消費税分を上乗せした場合、翻訳会社側はその消費税額を仕入税額控除できます。つまり、上乗せした分は翻訳会社の実質的な負担になりません。(翻訳会社が簡易課税を選択している場合は当てはまらない場合があります。)(出典:5省庁「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」Q6注)
エージェント経由の案件でできること・限界
エージェントを通じた案件は、個別の単価交渉が難しい構造になっていることが多いです。エージェントはクライアントから受け取る仲介料率で運営しており、その率を変えずに翻訳者の単価だけを上げることができないケースがあります。
ただし、消費税の負担について相談を申し出ること自体は、5省庁のQ&Aで保護されています。5省庁「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」Q5では、課税転換した仕入先の消費税分を「明示的に協議することなく取引価格を据え置くこと」は問題となるおそれがあると述べています。つまり、申し出を受けた側が「話し合いを断って一方的に据え置く」ことは問題になり得ます。(出典:5省庁「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」Q5)
エージェント経由の案件について、実務上は次のように考えるのが現実的です。
- 申し出はメールなど記録が残る形で行う
- 条件が変わらない場合は、直接受注の割合を増やす方向で動く
- 複数のエージェントや翻訳会社と取引しておき、条件が良い取引先に移行できる状態を作る
直接クライアントへの相談とフリーランス法
企業や個人から直接依頼を受けている場合、フリーランス法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)の保護を受けやすくなります。
フリーランス法は、従業員を使っている事業者(特定業務委託事業者)から個人事業主への委託を対象にしています。1か月以上の継続的な業務委託では、次のことが義務と禁止事項になります。
委託元の義務
- 業務の内容・報酬額・支払い期日などを書面または電磁的方法で明示すること(第3条)
- 業務が完了してから60日以内に支払うこと(第4条)
委託元の禁止事項
- 消費税分を含めない一方的な代金の決定(買いたたき・第5条第1項第4号)
(出典:特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律 第3条・第4条・第5条第1項第4号)
直接クライアントには、「インボイス制度の登録に伴い消費税の負担が発生しています。年間○円、1回の案件あたり○円の上乗せをご相談できますか」という形で数字を見せながら伝えると、話が進みやすいです。
なお、フリーランス法第3条では、条件が変わったときも書面での明示が求められます。口頭での合意で済ませず、「確認のためメールします」として記録を残してください。
20年の営業経験から思うこと
営業を20年続けてきて、今は上場企業で営業の管理職をしています。
取引条件の変更を申し出たとき、驚いたのは「思ったよりすんなり受け入れてもらえる」ことでした。
相手がその取引を続けているのは、あなたの仕事が必要だからです。消費税の相談は「値上げ要求」ではなく、「制度の変化への対応の確認」です。相手もインボイス制度のことは知っています。知っていながら何もしていない状況に「確認させてください」と声をかけることは、取引関係を丁寧に続けようとする姿勢です。
一点だけ気をつけるとしたら、相手のタイミングです。繁忙期や締め切り直前に切り出すと、話が流れやすいです。「いつごろお時間いただけますか」と先に確認してから、数字を整えて持ちかけると良いです。
相談のメッセージの例
翻訳会社へのメールや直接クライアントへのメッセージの例です。状況に合わせて変えてください。
お世話になっております。インボイス制度への対応について1点ご相談させてください。
私は現在インボイス発行事業者として登録しており、消費税の申告と納付が発生するようになりました。年間の翻訳量○万ワード(または通訳日数○日)を基準にしますと、年間○円ほどの消費税の負担になります。1ワードあたり○円の上乗せをご検討いただけないでしょうか。
お手数をおかけしますが、ご都合のよいタイミングでご確認いただければ幸いです。
翻訳会社やエージェントによっては、フォームやシステムで送る場合があります。その場合も、件名に「インボイス対応についてのご相談」と明記しておくと、担当者が経緯を把握しやすくなります。
よくある質問
Q. ワード単価の改定を断られた場合、どうすれば良いですか。
断られた場合でも、「話し合いを求めた」という事実はメールや記録として残してください。条件の変更を断ったこと自体がすぐに違法になるわけではありませんが、「明示的に協議することなく据え置く」ことは問題になり得ます。法的な相談は、公正取引委員会や都道府県の労働局(フリーランス法の相談窓口)に問い合わせることができます。
Q. エージェント経由の仕事は交渉できないのですか。
交渉の余地が限られるケースは多いですが、申し出ること自体は保護されています。条件が変わらない場合は、直接受注や他の翻訳会社との取引を増やす方向で動くのが実際的です。
Q. 海外クライアントの売上も消費税の計算に入れますか。
海外に住所や事務所のないクライアント(非居住者)への通訳・翻訳は、一般的に輸出免税となり消費税がかかりません。試算する際には、海外向けの売上は消費税のかかる売上から除いてください。国内に支店や事務所がある非居住者への役務は原則として免除されませんので、確認が必要な場合は税務署または税理士にご相談ください。(出典:国税庁「消費税法等に関するQ&A」No.6567・No.6551)
Q. 免税のままでいる場合、この記事は関係ありませんか。
免税のまま取引を続けている場合も、委託元側の控除できない額が段階的に増えていきます(2026年10月から取引先の消費税の30%までが控除不可)。それが取引条件に影響する可能性があるため、制度についての話し合いは双方にとって有益です。
消費税の負担額と積立額を確認するツール
年間の消費税の負担額と毎月の積み立て額を無料で確認できます。売上を入力すると、2割特例・3割特例・第5種(簡易課税)・本則課税の4つの方式を比べた表が出ます。
有料版(買い切り980円)では、取引先に送る相談シートを作成・印刷できます。自分の売上に基づいた数字と、国のQ&Aの出典が1枚にまとまります。


コメント