訪問介護事業者は、指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準(平成11年厚生省令第37号。以下「指定基準」)第30条により、非常災害に関する具体的な計画の策定と、定期的な避難訓練の実施が義務付けられています。
施設系サービスと異なり、訪問介護の利用者はそれぞれの自宅に分散しています。「施設を避難させる」のではなく、「各利用者の自宅で何が起きるか」を想定した計画と研修が必要です。この記事では、指定基準上の義務の範囲と、訪問介護の現場で実施できる研修・訓練の進め方を整理します。
指定基準が求める非常災害対策の3つの義務
指定基準第30条(準用条文を含む)が求める非常災害対策の内容は次の3つです。
| 義務の内容 | 具体的に求められること |
|---|---|
| 非常災害に関する具体的な計画の策定 | 地震・火災・水害等を想定した行動計画。利用者の安否確認手順・関係機関への連絡体制を含む |
| 非常災害時の関係機関への通報・連携体制の整備 | 消防・警察・行政・医療機関・ケアマネジャーとの連絡先・役割分担の整理 |
| 非常災害に対応するための定期的な訓練の実施 | 年1回以上の避難訓練・安否確認訓練の実施と記録 |
研修は「知識の習得」、訓練は「実際の行動の練習」を指します。「研修をした=訓練もした」とはなりません。指定基準では「訓練」の実施も求めているため、両方の記録が必要です。
訪問介護の非常災害対策は「在宅・分散」が前提になる
施設系サービスでは、利用者が施設にいることを前提に避難行動を設計できます。一方、訪問介護の利用者はそれぞれの自宅にいます。このため、非常災害時の課題として次の点が施設と異なります。
利用者の安否確認は業務継続計画(BCP)と連動させる
地震・台風・大雪などの災害時、利用者が自宅で無事かどうかを確認する手段を事前に決めておく必要があります。利用者ごとに確認方法を個別のケアプランや緊急時対応票に書いておくことが実務上の対応になります。安否確認フローの詳細(担当分け・連絡が取れない場合の手順・ケアマネジャーとの役割分担)は、自然災害BCPに組み込んで一元管理するのが効率的です。
BCPの研修・訓練との違いと進め方については「訪問介護のBCP、義務の内容と研修・訓練の進め方。」も参照してください。
ヘルパーが訪問中に災害が起きる可能性がある
ヘルパーが利用者宅を訪問中に地震や火災が発生するケースがあります。この場合の行動手順を研修で伝えておく必要があります。
| 場面 | ヘルパーがとるべき行動 |
|---|---|
| 訪問中に地震が発生した | まず利用者を安全な場所に誘導する。揺れが収まってから管理者へ連絡する。余震が続く場合は自宅内の安全を確認してから退室を判断する |
| 訪問先で火災が発生した | すぐに119番通報。利用者を屋外に誘導(歩行困難な場合は近隣住民・管理者に支援を求める)。自分の身も守り、無理に消火活動をしない |
| 訪問中に大規模停電が発生した | 医療機器を使用している利用者への影響を確認する。家族・ケアマネジャー・管理者へ状況を報告する。暗い中での移動介助に注意する(転倒リスクが高まる) |
| 訪問途中で被災し移動できなくなった | 管理者へ連絡して状況を報告する。利用者宅への訪問ができない場合は管理者が利用者へ連絡する体制をとる |
医療機器を使用している利用者への対応
人工呼吸器・電動車椅子・在宅酸素療法(HOT)などを使用している利用者は、停電が直接生命に関わる場合があります。訪問介護の担当利用者の中にそのような方がいる場合は、停電時の対応(バッテリー時間・医療機関への連絡・避難の優先度)を個別計画として事前に確認しておく必要があります。
在宅酸素療法を行っている利用者については、停電時の携帯用酸素の手配・医療機関への緊急連絡先の把握が重要です。電力会社への「医療機器使用者」としての事前登録制度がある地域もあります。
非常災害対応計画(BCP)との関係を整理する
2021年度の指定基準改正により、訪問介護事業者にはBCP(業務継続計画)の策定が義務付けられています(第30条の2。経過措置期間を経て2024年3月末までに策定が必要)。BCPは「感染症」と「自然災害」の2種類の策定が求められています。
非常災害対策計画(第30条)とBCPの自然災害版(第30条の2)は内容が重なりますが、性質が異なります。
| 区分 | 非常災害対策計画 | BCP(自然災害版) |
|---|---|---|
| 目的 | 利用者・職員の安全を守ること | 事業を継続・早期再開すること |
| 主な内容 | 避難手順・安否確認・関係機関連絡 | 事業継続の優先順位・人員確保・代替手段 |
| 根拠条文 | 指定基準第30条 | 指定基準第30条の2 |
BCPを策定している事業所は、非常災害対策計画との内容の整合を取っておくと、職員が混乱せずに行動できます。研修では「第一義は人の安全(非常災害対策計画)」「次に事業の継続(BCP)」の優先順位を伝えます。
研修で伝える主な内容
非常災害対策研修で職員に伝える内容の例として次のものがあります。
事業所の計画と連絡体制
- 非常災害対策計画の概要(地震・火災・水害ごとの対応方針)
- 緊急連絡網(管理者・職員・行政窓口・医療機関の連絡先一覧)
- 利用者の安否確認リストと担当分け
- BCPとの関係(人の安全が優先)
災害種別ごとの初動対応
- 地震:揺れが収まるまで身の安全を確保する→利用者を誘導→管理者へ連絡
- 火災:119番→利用者を屋外へ→消防士の到着まで安全な場所で待機
- 水害・台風:事前の気象情報収集→訪問計画の変更判断→利用者・家族への連絡
- 大雪:道路状況の確認→管理者への訪問可否の報告→利用者への代替対応の調整
医療機器使用者への特別対応
- 担当利用者の中で医療機器を使用している方のリストと対応方針
- 停電時の対応手順(バッテリー時間・医療機関への連絡先)
訓練の実施方法と記録
避難訓練は「実施した事実」と「その内容」の記録が必要です。訪問介護における訓練の実施方法として、次の形式が一般的です。
職員を集めた安否確認訓練
「〇月〇日〇時に大規模地震が発生した」という想定で、利用者リストを使って安否確認の連絡順序と担当分けを確認する訓練です。実際に電話をかけるところまで実施する事業所と、手順の確認にとどめる事業所があります。
ロールプレイ形式での行動確認
「訪問中に地震が発生した場面」を職員同士で演じる形式です。実際の行動手順を体で覚える効果があります。座学の研修と組み合わせて実施することで理解が深まります。
訓練記録に残す項目
| 記録項目 | 内容 |
|---|---|
| 実施日 | 訓練を行った年月日 |
| 訓練の種別 | 安否確認訓練・避難行動訓練等の区別 |
| 想定シナリオ | どの災害を想定したか(地震・火災・水害等) |
| 参加者 | 参加した職員の氏名または人数 |
| 結果と課題 | 訓練で明らかになった課題・改善点 |
訓練で課題が出た場合は、計画・手順の修正につなげます。「問題なかった」で終わらず、「次の訓練までに改善する事項」を記録しておくことが、形式だけの訓練にならないための実務的な対応です。
非常時に利用者を支える地域連携
訪問介護事業者だけで全利用者の安否を確認・支援することには限界があります。地域との連携として次の対応が有効です。
- 自治会・民生委員との情報共有(個人情報の同意を得た範囲で)
- 担当ケアマネジャーとの役割分担の確認(誰が誰に連絡するかを事前に決める)
- 市区町村の「避難行動要支援者名簿」への登録推進(利用者に情報提供する)
「避難行動要支援者名簿」は、高齢者や障害者など災害時に自力で避難することが困難な方の情報を市区町村が管理するものです(災害対策基本法第49条の10)。名簿への登録は本人の同意が前提で、登録されると地域の支援者や関係機関が安否確認に当たります。利用者にこの制度を案内することも、訪問介護事業者としての役割のひとつです。
訪問介護向け法定研修キットで研修と訓練の記録を管理する
非常災害対策では研修と訓練の両方の記録が必要です。訪問介護向け法定研修・訓練キット(https://fufumumu-design.com/kenshu-kit-houmon/)の有料版(14,800円買い切り)では、研修資料・確認テスト・受講記録・訓練記録様式を12テーマ分ブラウザ上で管理できます。職員がスマートフォンから受講結果を提出でき、管理者は受講状況を一覧で確認できます。
無料版では虐待防止の1テーマを利用できます。非常災害・BCP・感染症など義務5テーマを含む12テーマすべての利用には有料版が必要です。
あわせて読みたい:訪問介護の法定研修、何を何回やればいいか。
あわせて読みたい:訪問介護のBCP、義務の内容と研修・訓練の進め方。
この記事で確認した根拠
- 指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準(平成11年厚生省令第37号)第30条
- 指定居宅サービス等及び指定介護予防サービス等に関する基準について(老企第25号)
- 災害対策基本法(昭和36年法律第223号)第49条の10(避難行動要支援者名簿)


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