子がいない夫婦の認知症と相続——後見人・遺言・家族信託の対策

子がいない夫婦の一方が認知症になった場合、相続・後見の手続きが複雑になる。子がいないと「相続人が配偶者と兄弟姉妹(またはその子)」になるため、遺産分割・後見申立てに思わぬ難しさが生じる。子がいない家庭で認知症が発覚した場合の対応を整理した。

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子がいない家庭の法定相続人

子がいない夫婦の法定相続人の構成を整理した(民法第889条・第900条)。

  • 配偶者と両親が法定相続人になる(両親が存命の場合):子がいない場合で両親が存命の場合は「配偶者(3/4)+親(1/4)」が法定相続分となる(民法第900条第2号)
  • 配偶者と兄弟姉妹が法定相続人になる(両親が亡くなっている場合):子がなく両親も亡くなっている場合は「配偶者(3/4)+兄弟姉妹(1/4)」が法定相続分となる(民法第900条第3号)。兄弟姉妹が先に亡くなっている場合はその子(甥・姪)が代襲相続する(同第889条第2項)
  • 「兄弟姉妹への相続を避けたい」場合は遺言が必須:「財産をすべて配偶者に残したい」という希望があっても、遺言がなければ兄弟姉妹(または甥・姪)に法定相続分(1/4)が移る。兄弟姉妹には「遺留分がない」ため、遺言で「配偶者に全財産を相続させる」と定めることで兄弟姉妹への財産移転を防ぐことができる(民法第1042条・遺留分は子・配偶者・親のみ)

「子がいない」場合に後見人になれる人

子がいない家庭で配偶者が認知症になった場合の後見申立てと後見人候補を整理した。

  • もう一方の配偶者が申立人・後見人候補になれる:配偶者は後見申立権者(民法第7条)の一つ。配偶者が後見申立てを行い、配偶者自身が後見人になれる可能性がある。ただし高齢・健康上の問題がある場合は第三者後見人が選任されることもある
  • 兄弟姉妹が申立てる場合もある:配偶者が既に亡くなっている・または配偶者も認知症の場合は、兄弟姉妹が申立権者になれる(民法第7条では「四親等内の親族」まで申立てが可能)
  • 「第三者後見人(弁護士・司法書士)」が選任されるケースが多い:子がいない場合で近親者が少ない場合は、家庭裁判所が弁護士・司法書士等の「専門職後見人」を選任するケースが多い。後見人報酬(月2〜5万円程度)が継続的に発生する点に注意が必要だ

「遺言」の重要性——子がいない家庭では特に重要

子がいない家庭での遺言の重要性を整理した。

  • 「配偶者にすべて相続させる」遺言が最もシンプルな対策:「財産の全部を配偶者○○に相続させる」という遺言を公正証書で作成しておくことで、兄弟姉妹(または甥・姪)への財産移転を防ぐことができる。遺言の有効要件を満たすために「公正証書遺言(公証役場で作成)」の形式が推奨される
  • 認知症の診断後・意思能力があるうちに作成:遺言は「遺言能力(遺言の内容を理解できる意思能力)」が必要だ(民法第963条)。認知症の診断後でも軽度〜中等度の段階では遺言能力がある場合が多いが、できるだけ早期に作成することが重要だ
  • 「夫婦相互遺言」も有効な方法:夫が「財産を妻に相続させる」遺言を作成し、妻も「財産を夫に相続させる(またはその後は最終的に指定した人に)」遺言を作成する「夫婦相互遺言」の形式も実務上多い

「子がいない老後」のリスクと対策

子がいない家庭特有の老後リスクと対策を整理した。

  • 「老後の世話を誰がするか」という問題:子がいない場合は「老後の介護・生活支援を誰が担うか」が課題になる。甥・姪等の親族に頼む場合もあるが、任意後見・財産管理委任契約・家族信託等を使って「信頼できる人に後見・財産管理を依頼する体制」を事前に整えておくことが重要だ
  • 「任意後見契約」で自分で後見人を指名しておく:子がいない場合、法定後見では家庭裁判所が後見人を選任するため「知らない専門家が後見人になる」ケースが多い。意思能力があるうちに「任意後見契約」で自分が信頼できる人(甥・姪・友人・専門家等)を後見人に指名しておくことで、自分の希望に近い後見体制を作れる
  • 「死後事務委任契約」の活用:死亡後の手続き(葬儀・役所手続き・遺品整理等)を「誰が担うか」を事前に決めておく「死後事務委任契約」を公正証書で作成しておくことが実務上推奨される。子がいない家庭では特に重要な対策だ

「兄弟姉妹が相続放棄しない場合」の遺産分割

遺言がなく兄弟姉妹が相続人になっている場合の遺産分割の問題を整理した。

  • 兄弟姉妹が相続放棄すれば問題は解決する:兄弟姉妹が「相続放棄(家庭裁判所への申述)」をすれば、遺産はすべて配偶者に帰属する。兄弟姉妹が協力的であれば相続放棄が最もシンプルな解決策だ
  • 兄弟姉妹が相続放棄しない場合は遺産分割協議が必要:兄弟姉妹が相続放棄しない場合は「遺産分割協議(相続人全員の合意)」が必要。配偶者が認知症の場合は後見人が遺産分割協議に参加する。認知症の配偶者と兄弟姉妹が「利益相反」する可能性があるため、後見人とは別に「特別代理人」の選任が必要になる場合がある(民法第860条)
  • 生前に遺言を作成しておくことで問題を回避できる:兄弟姉妹への相続を防ぐ最も確実な方法は「生前に遺言を作成しておくこと」だ。遺言があれば遺産分割協議が不要になるため、認知症の配偶者と兄弟姉妹が対立する事態を避けられる

「子がいない」場合の家族信託の活用

子がいない家庭での家族信託の活用方法を整理した。

  • 「甥・姪」を受託者にした家族信託が有効:子がいない場合でも、信頼できる甥・姪等を「受託者」として家族信託を設定することができる。受託者となった甥・姪が認知症の叔父・叔母の財産管理を担える体制を事前に整えられる
  • 「夫婦を受益者とする」家族信託の設計:夫を委託者・受益者、妻を第二受益者として家族信託を設定することで、夫の認知症後も妻の生活費・医療費の確保ができる体制を作ることができる。夫が先に亡くなった後は妻が受益者として財産を使い続けられる
  • 「受益者連続型信託」で死後の財産の行き先も決めておける:「受益者連続型信託(民法第91条)」を使うことで、「夫死亡後→妻が受益者→妻死亡後→甥が残余財産を取得」という形で財産の最終的な行き先まで信託で決めることができる

「子がいない老後」の法定後見・任意後見の費用

子がいない場合の法定後見・任意後見に関する費用を整理した。

  • 「専門職後見人」の報酬(月2〜5万円)が継続的に発生する:子がいない場合で近親者が少ない場合は、家庭裁判所が弁護士・司法書士等の「専門職後見人」を選任するケースが多い。後見人報酬は月2〜5万円程度で、後見が終了するまで継続的に発生する。10年間続けば総額240〜600万円の報酬が親族の財産から支払われることになる
  • 「任意後見」なら報酬を自分で決められる:任意後見では後見人の報酬を自分で契約の中で定めることができる。信頼できる甥・姪等に無報酬(または低い報酬)で依頼することで、法定後見より費用を抑えられる可能性がある
  • 「後見制度支援信託・預貯金」の活用:後見人が選任されている場合で、財産が一定額以上ある場合は「後見制度支援信託(信託銀行が財産を管理し大きな処分の際は家庭裁判所の指示書が必要)」の活用を家庭裁判所から指示されることがある。財産の不正利用を防ぐための制度だ

「子がいない」場合の公正証書遺言の作成手順

子がいない家庭で「配偶者に全財産を残す」ための公正証書遺言の作成手順を整理した。

  • Step1 遺言の内容を決める:「財産の全部を配偶者○○に相続させる」という基本の文言を決める。予備的遺言として「配偶者が自分より先に亡くなった場合は甥の〇〇に相続させる」という文言を追加することも重要だ
  • Step2 証人2名を用意する:公正証書遺言の作成には「証人2名(相続人・受遺者及びその配偶者・直系血族以外の者)」が必要(民法第974条)。証人は法律事務所・行政書士事務所等に依頼できる場合がある
  • Step3 公証役場への予約と書類準備:公証役場に予約を入れ、必要書類(本人の実印・印鑑証明・戸籍謄本・相続人の戸籍謄本等)を準備する。作成費用は財産の額によって異なり、1,000万円の財産に対して約2.3万円程度
  • Step4 認知症の場合は医師の診断書も添付:認知症の診断後に遺言を作成する場合は「遺言能力の確認のために医師の診断書(遺言作成日に意思能力がある旨)」を添付することが推奨される。後で遺言能力を巡る争いが起きた際の証拠になる

この記事のまとめ

  • 子がいない場合の法定相続人:配偶者(3/4)+親または兄弟姉妹(1/4)(民法第900条第2号・第3号)
  • 兄弟姉妹への相続を防ぐには遺言が必須:兄弟姉妹には遺留分がない(民法第1042条)ので「配偶者に全財産を相続させる」遺言で財産移転を防げる。遺言能力があるうちに公正証書で作成する
  • 後見人候補:配偶者・四親等内の親族が申立権者(民法第7条)。子がいない場合は専門職後見人が選任されるケースが多い(報酬月2〜5万円程度)
  • 事前の対策:任意後見契約で自分が選んだ人を後見人に指名する・死後事務委任契約で死亡後の手続きも事前に依頼する
  • 公正証書遺言の作成:証人2名が必要(民法第974条)・公証役場に予約・費用は財産額に応じて約2.3万円〜。認知症の診断後は医師の診断書(遺言能力証明)を添付する
  • 家族信託の活用:甥・姪等を受託者に設定できる。受益者連続型信託(民法第91条)で死後の財産の行き先も信託で決定できる
  • 相談先:弁護士・司法書士(遺言・任意後見契約・死後事務委任契約)・公証役場(公正証書の作成)

出典:民法第7条(後見開始の審判)・第860条(特別代理人)・第889条(直系尊属・兄弟姉妹の相続権)・第900条(法定相続分)・第963条(遺言能力)・第1042条(遺留分の帰属と割合)

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この記事を書いた人

業種別のツールを、一人で作っています。開業前の収支シミュレーター、法定研修キット、資格の問題集。どれも、厚生労働省の告示や調査の原文を自分で確かめてから数字を組み込んでいます。使う人が「この数字、合ってるか」と不安になるようなツールは作りたくないので。

上場企業で20年間、営業ひとすじ。電話営業・インサイドセールスから、約70名のチームのマネジメントへ。現場で「根拠のない数字」が判断を狂わせる場面を見続けてきたせいか、ツールを作るときも出典を確かめずにはいられません。

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