銀行口座が凍結されるのは「認知症の診断書が出た瞬間」ではない。「銀行が本人の判断能力の低下を把握した時点」だ。だからこそ、タイミングの予測が難しい。窓口での言動から気づかれることもあれば、家族が無意識に話したことがきっかけになることもある。診断後に動けるうちに代理人カードの申請か、家族信託・任意後見の手続きを始めることが先手の対策になる。口座が凍結された後の選択肢は大幅に絞られる。
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口座凍結のルールは「認知症」ではなく「本人保護」
銀行が口座を凍結する法的な根拠は、民法上の行為能力喪失に関わる本人保護の考え方にある。認知症の診断書が出ていることが直接の要件ではなく、銀行が「本人の判断能力が著しく低下し、本人の意思に基づく取引とみなせない」と判断した時点で保護措置がとられる。
金融庁「高齢社会における金融サービスのあり方」(2018年)では、高齢顧客への適切な対応として、判断能力の低下が疑われる顧客に対して金融機関が対応することを求めている。これを受けて各金融機関は内部ルールを整備しており、対応の基準は銀行によって異なる。
重要なのは「認知症の診断書=即凍結」ではないという点だ。軽度認知症の段階では、本人が通常の取引をできる状態にある場合も多く、診断があっても取引制限がかかっていないケースも多い。ただし、いつそのラインを超えるかは予測できない。
銀行が凍結を判断するのはいつか。3つのきっかけ
実際に口座凍結のきっかけとなるケースには、主に3つのパターンがある。
パターン1:窓口や電話での言動から気づかれる
銀行窓口で本人が同じことを何度も聞く、金額を間違える、暗証番号を失念するといった言動から、行員が判断能力の低下を察知するケースがある。電話でのやり取りや、ATMで操作を繰り返す様子も観察対象となる。
パターン2:家族が銀行に申告する
「親が認知症と診断された」と家族が銀行に相談したことで、銀行側が対応を開始するケースがある。善意の相談が凍結のきっかけになることがある。相談前に、どのような対応がとられるかを確認するか、まず代理人カードの手続きを先に済ませておくと安心だ。
パターン3:振込詐欺や不審な取引の検知
高額な振込や不審なATM引き出しが検知された際に、銀行が確認のため取引を一時停止し、そのまま保護措置に移行するケースがある。
凍結後に口座のお金を引き出す3つの手段
口座が凍結されても、完全に手詰まりにはならない。ただし、どの手段も時間と手続きコストがかかる。
手段1:成年後見人を選任してもらう(法定後見)
家庭裁判所に法定後見の申立てを行い、後見人が選任されれば、後見人として口座管理ができるようになる。申立てから選任まで通常2〜4か月かかる。選任後は家庭裁判所の監督下に置かれ、後見人報酬が継続的に発生する。
手段2:民法上の「預金の払戻し」制度(2019年改正)
2019年の民法改正により、相続人各自が遺産分割前に口座残高の3分の1を上限として払い戻しを受けられる制度が設けられた。ただしこれは相続後の制度であり、本人が生存中の口座凍結には適用されない。生前の凍結後は後見等の手続きが必要になる。
手段3:銀行独自の「代理手続き」への相談
一部の金融機関では、成年後見人が選任されていなくても、家族が所定の手続きを行えば一定の範囲で払い戻しに応じる制度を設けている。ただし対応内容は銀行によって大きく異なるため、まず取引銀行に確認が必要だ。
凍結前にできる最優先の対策:代理人カードの申請
凍結を事前に防ぐ最も現実的な手段は、代理人カードの申請だ。
代理人カードとは、口座名義人(本人)が同意した上で、指定した家族が同一の口座にアクセスできるカードのことだ。多くの銀行で提供されており、申請には本人の来店(または書類への署名・押印)が必要なところが多い。
申請の流れは銀行によって異なるが、一般的には以下のようになる。
- 本人と家族が揃って窓口へ
- 申請書類に記入・押印
- 審査・発行(数週間かかる場合もある)
本人の判断能力が軽度のうちであれば申請できる可能性が高い。口座ごとに申請が必要な銀行がほとんどなので、複数の口座がある場合は利用頻度の高いものから着手する。
代理人カードは口座凍結後には申請できないため、「まだ大丈夫」と先延ばしにするのが最もリスクが高い。
判断能力があるうちにしかできない:任意後見・家族信託
代理人カードでは対応できない規模の財産(不動産・複数金融機関・株式等)がある場合、任意後見または家族信託を検討する必要がある。
任意後見は、本人が元気なうちに「将来、判断能力が落ちたときに誰に何を任せるか」を公正証書で残す制度だ。家庭裁判所への申立てを経て、任意後見人が財産管理を行う。費用は公正証書作成2〜3万円+司法書士費用15〜30万円程度。
家族信託は、本人が信頼できる家族に財産の管理権を移す契約だ。家庭裁判所の関与なしに家族が動けるため柔軟性が高い。ただし設計が複雑で、費用は30万円〜100万円程度かかる。
どちらも本人に判断能力があるうちにしか設定できない。口座が凍結されてから「任意後見を考えればよかった」と後悔しても、その時点では法定後見しか選択肢がなくなる。
凍結後の最終手段:法定後見の申立て
口座が凍結された後に動けるのは、法定後見の申立てだけだ。
申立ては本人の住所地の家庭裁判所に対して行う。申立てができるのは、本人・配偶者・四親等内の親族・市区町村長等だ(民法第7条)。
申立てに必要な書類は多く、戸籍謄本・住民票・登記されていないことの証明書・診断書(所定書式)・財産目録などが必要になる。司法書士または弁護士に依頼するのが通常だ。
選任まで2〜4か月かかり、後見人が選任されると原則として本人の死亡まで後見が続く。後見人報酬(月2〜6万円程度)が継続的に発生するため、財産規模と照らして費用対効果を考える必要がある。
この記事のまとめ
- 口座凍結は「診断書の有無」ではなく「銀行が判断能力の低下を把握したとき」に起きる
- きっかけは窓口での言動・家族の申告・不審取引の検知の3パターンが多い
- 凍結後の手段は法定後見申立てが原則で、2〜4か月の時間と月2〜6万円の継続コストがかかる
- 診断後すぐに動ける対策は代理人カードの申請(本人の同意と来店が必要)
- 不動産・複数口座がある場合は任意後見か家族信託を専門家に相談する
出典:金融庁「高齢社会における金融サービスのあり方」(2018年)、民法第7条・第838条以下(成年後見)、法務省「成年後見制度について」、最高裁判所「成年後見関係事件の概況」(令和5年)
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