有料老人ホームの事業譲渡・廃業。手順と利用者への説明義務。
有料老人ホームを廃業する場合、介護保険法に基づく指定の廃止届を都道府県知事に提出し、入居者への説明・転居先の確保支援を行う義務があります。廃止届は廃止日の1か月以上前に提出することが原則です。事業を譲渡する場合は、事業承継を受けた法人が改めて指定申請を行うか、合併・分割による指定の承継手続きが必要です。廃業・事業譲渡の法的根拠・手続きの流れ・利用者への説明義務・廃業前に検討すべき選択肢を整理します。
有料老人ホームの廃業に関わる法律の整理
有料老人ホームには2つの法的根拠があります。1つは「有料老人ホーム(老人福祉法第29条)」としての届出義務、もう1つは「特定施設入居者生活介護(介護保険法第41条・第70条等)」の指定事業者としての義務です。廃業の際は両方の手続きが必要です。
老人福祉法上の廃止届
老人福祉法第29条第9項により、有料老人ホームの設置者は事業廃止の場合、廃止日の1か月前までに都道府県知事に届け出なければなりません。届出には「廃止する理由」「廃止予定年月日」「入居者の処遇方針(転居先の確保状況)」を記載します。都道府県によっては様式が定められているため、事前に担当窓口に確認します。
介護保険法上の指定廃止届
介護付き有料老人ホーム(特定施設入居者生活介護の指定を受けている場合)は、介護保険法に基づく指定廃止届も必要です。廃止の場合、廃止日の1か月前(地域によっては3か月前を求める場合あり)までに都道府県知事(または指定権者の市区町村)への届出が必要です。廃止後は指定は失効しますが、廃止前に請求できる介護報酬の精算も必要です。
廃業時の入居者への説明義務
有料老人ホームの廃業は、入居者の生活に直接影響します。法令上の義務として、以下の対応が求められます。
入居者・家族への説明と転居支援
廃業を決定した場合、まず入居者全員とその家族(身元保証人・成年後見人等)に対して「廃業する旨・廃業予定日・転居先支援の方針」を説明します。
老人福祉法第29条の趣旨として、有料老人ホームの設置者は「入居者が安心して他の施設へ移れるよう、転居先の確保を支援する義務」を負います。転居先の選定・調整を入居者・家族任せにするのではなく、事業者として居宅介護支援事業者・地域包括支援センター・他施設との調整を行う必要があります。
前払金(入居一時金)の返還義務
入居時に入居一時金(前払金)を受け取っている場合、廃業時には未償却の残額を返還する義務があります。老人福祉法第29条第7項の規定により、有料老人ホームの設置者は前払金の保全措置(銀行保証・信託等)を講じる義務があります。
廃業時に「前払金を返せない」という事態は、入居者・家族との重大なトラブルになります。前払金の残高・保全状況を事前に確認し、廃業手続きの前に返還計画を立てておく必要があります。
書面による同意は不要だが丁寧な説明が不可欠
廃業に際して入居者・家族の「同意」を得ることは法令上の義務ではありませんが、突然の廃業通知は入居者・家族に大きな不安と混乱を与えます。実務上は、廃業の意思決定後できるだけ早い段階で個別面談を行い、理由・支援方針・スケジュールを丁寧に説明することが重要です。
廃業の手順:全体の流れ
| ステップ | 内容 | タイミング目安 |
|---|---|---|
| ①意思決定 | 取締役会・役員会での廃業決議 | 廃業日の3〜6か月前 |
| ②入居者・家族への説明 | 全員への個別説明・転居支援の開始 | 廃業日の3か月以上前 |
| ③行政への事前相談 | 都道府県・市区町村担当窓口に廃業の意向を相談 | 廃業日の2〜3か月前 |
| ④廃止届の提出 | 老人福祉法・介護保険法の廃止届を提出 | 廃業日の1か月前(以上) |
| ⑤入居者の転居完了 | 全入居者の転居先確保・転居 | 廃業日まで |
| ⑥前払金の返還 | 未償却残額の計算・返還 | 廃業日前後 |
| ⑦職員の雇用終了手続き | 解雇予告(30日前以上)・失業給付の案内 | 廃業日の1か月前以上 |
| ⑧指定廃止・介護報酬の精算 | 廃止日前後の請求・精算完了 | 廃業後 |
入居者の転居が廃業日までに完了しない場合は、廃業日を延期することも選択肢のひとつです。転居先が見つかっていない状態での廃業強行は、入居者保護の観点から行政から問題視されることがあります。
事業譲渡の場合の手続き
事業譲渡とは
事業譲渡とは、有料老人ホームの建物・設備・入居者との契約・職員の雇用を含む事業全体を、別の法人・個人に引き渡すことです。廃業と異なり、入居者はそのまま施設に継続して住み続けることができます。
介護保険の指定は承継されない(原則)
事業譲渡の場合、介護付き有料老人ホームの「特定施設入居者生活介護」の指定は原則として新しい法人に自動的に承継されません。事業を引き継いだ法人が改めて指定申請を行い、指定を取得する必要があります。
ただし、以下の場合は「指定の承継」の手続きが利用できます。
- 合併(吸収合併・新設合併):合併後に存続・新設される法人が、事前に都道府県知事へ届け出ることで指定を承継できます(介護保険法第74条の2等)
- 分割(会社分割):分割により設立・承継される法人が、手続きを経ることで指定を承継できます
単純な事業譲渡(会社分割・合併によらない場合)では指定の自動承継は認められないため、買い手法人が新規の指定申請を行う必要があります。指定申請には人員・設備基準の充足確認・書類の準備が必要で、数か月の期間がかかることを前提に計画を立てます。
事業譲渡時の入居者への説明
事業譲渡の場合も、入居者・家族への説明が必要です。説明すべき内容は次のとおりです。
- 事業を引き継ぐ法人の名称・代表者・方針
- サービス内容・費用に変更があるかどうか
- 担当職員の継続雇用予定
- 入居契約の取り扱い(新法人との再契約が必要かどうか)
事業譲渡後に入居者が「契約と違う」「同意なく経営者が変わった」と感じると、相談窓口(都道府県・市区町村)への申し立てにつながることがあります。
廃業になる前に検討すべき選択肢
M&A(施設ごとの売却)
経営が苦しくなってきた段階でも、施設の建物・設備・入居者・スタッフが揃っている状態なら、買い手がつく可能性があります。有料老人ホームのM&Aは、介護業界専門のM&A仲介会社(ラッコM&A・バトンズ・医療介護業界専門の仲介会社)を通じて売却を検討できます。
買い手がつきやすい条件は次のとおりです。
- 稼働率が60%以上(入居者が一定数いる)
- 建物・設備が比較的新しい、または大きな補修が不要
- 立地が良い(駅近・住宅街・需要のある地域)
- 職員の定着率が高く、引き継ぎ後の運営が安定しやすい
経営改善:稼働率向上とコスト削減
廃業を検討する前に、稼働率の改善と固定費の見直しを行うことで経営が好転するケースがあります。
- 稼働率:地域の居宅介護支援事業所(ケアマネ)へのアプローチ強化・見学会の実施
- 費用:委託業務の見直し・食費の見直し・人員配置の効率化
- 加算:算定できていない介護報酬加算の確認(認知症専門ケア加算・口腔衛生管理加算等)
運営委託・サブリース
建物・設備はそのままで、運営のみを他法人に委託する「運営委託」や、施設を介護事業者に貸し出す「サブリース」という選択肢もあります。建物オーナーが存続したまま、運営リスクを他者に移す方法です。
廃業時に特に注意すべき3点
①前払金の保全と返還
廃業時に未償却の前払金を返還できない場合、入居者・家族との紛争になります。前払金の保全措置(信託・銀行保証)が適切に行われていたかどうか、廃業前に必ず確認します。保全措置が不十分だった場合は、都道府県から行政処分の対象になることがあります。
②職員の雇用終了
廃業に際して職員を解雇する場合、労働基準法第20条に基づき「30日前の解雇予告」または「30日分以上の解雇予告手当」が必要です。突然の廃業決定で解雇予告期間が取れない場合は、解雇予告手当を支払います。雇用保険・健康保険の喪失手続き・離職票の発行も忘れずに行います。
③介護報酬の返還
廃業前後に誤って介護報酬を請求・受領した場合、加算の算定要件を満たさなくなった状態で請求を続けた場合は、過誤申立による返還が必要です。廃業前の数か月間の請求内容を確認し、不適切な請求がないかを整理しておきます。
運営指導での廃業関連の確認ポイント
廃業前の最終的な運営指導(または廃業に際する行政への相談時)では、以下の点が確認されます。
- 入居者全員の転居先の確保状況
- 前払金の残高と返還計画
- 介護報酬の過誤請求の有無
- 職員への解雇予告または解雇予告手当の支払い
- 廃止届の提出(廃止日の1か月以上前)
廃業の決断は経営者にとって重い決断ですが、入居者保護を最優先に、段取りを踏んで進めることが重要です。
有料老人ホームの開業収支シミュレーターでは、稼働率・定員・要介護度の構成別に収支を試算できます。経営改善に向けた採算シミュレーションにご活用ください。

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