建設業の安全衛生教育は、「雇い入れ教育(採用した全員を対象)」「特別教育(特定の危険業務を行う者を対象)」「職長・安全衛生責任者教育(現場を直接指揮・監督する者を対象)」の3層構造で成り立っています。それぞれ根拠となる法令が異なり、実施のタイミングや記録の保存義務も違います。この記事では、3つの教育の違いと、建設業で特に注意が必要な点を整理します。
雇い入れ教育は、採用のたびに全員に実施する
労働者を新たに雇い入れた時、または作業内容を変更した時には、当該労働者に対して安全衛生教育を実施しなければなりません(労働安全衛生規則第35条)。これを「雇い入れ時教育」と呼びます。
安衛則第35条第1項が定める教育事項は、次の8項目です。
| 番号 | 教育事項 |
|---|---|
| 1 | 機械等、原材料等の危険性又は有害性及びこれらの取扱い方法に関すること |
| 2 | 安全装置、有害物抑制装置又は保護具の性能及びこれらの取扱い方法に関すること |
| 3 | 作業手順に関すること |
| 4 | 作業開始時の点検に関すること |
| 5 | 当該業務に関して発生するおそれのある疾病の原因及び予防に関すること |
| 6 | 整理、整頓及び清潔の保持に関すること |
| 7 | 事故時等における応急措置及び退避に関すること |
| 8 | その他当該業務に関する安全又は衛生のために必要な事項 |
同条ただし書きでは、「令第2条第3号に掲げる業種の事業場」の労働者については、第1号から第4号の教育を省略できると規定されています。令第2条第3号とはいわゆる非工業的業種(金融業・小売業の一部など)を指し、建設業はこの省略規定の対象外です。第1号から第8号まで、原則としてすべての項目を実施することになります。
なお、当該業務に関して十分な知識・技能を有していると認められる労働者については、事業者の判断により当該事項の教育を省略することができます(安衛則第37条)。ただし省略の根拠と判断の記録を残しておくことが実務上の安全策です。「現場経験が長いから」という口頭の判断だけでは、後日の確認に耐えられない場合があります。
雇い入れ時教育は、採用したタイミングで「遅滞なく」実施することが法令の求めです(安衛則第35条第1項柱書き)。現場配属の数週間後にまとめて実施する形は、法令上のリスクを伴います。特に複数の現場を掛け持つ協力会社の社員が短期間で参加してくるケースでは、入場直前の確認が必要です。
特別教育は、業務の内容で義務が決まる
「危険または有害な業務」として安衛則第36条各号に指定された作業を行う労働者に対しては、その業務に就かせる前に特別の教育を行う義務があります(労働安全衛生法第59条第3項)。これを「特別教育」と呼びます。
雇い入れ時教育が「誰を採用しても実施する」全員向けの教育であるのに対して、特別教育は「どの業務を担当するか」によって義務が生じる点が大きく異なります。建設現場で特に関係が深い3種類を以下にまとめます。
| 業務 | 根拠 | 主な対象場面 |
|---|---|---|
| フルハーネス型墜落制止用器具の使用 | 安衛則第36条第41号 | 高さ2m以上の作業床がない高所での作業 |
| 足場の組立て・解体・変更 | 安衛則第36条第39号 | つり足場・張出し足場・高さ5m以上の足場 |
| 石綿の使用状況の事前調査 | 石綿障害予防規則第3条 | 建築物等の解体・改修工事の着手前 |
フルハーネス型安全帯の特別教育(安衛則第36条第41号)
高さ2m以上の箇所で作業床を設けることが困難な環境で「フルハーネス型墜落制止用器具」を使用して行う業務が対象です。2019年2月の安衛則改正で特別教育の義務が追加され、2022年1月1日をもって既存作業員への経過措置が終了しています。
現在、どれほど現場経験が長くても、未受講の状態でこの作業を行わせることはできません。フルハーネス特別教育の内容・時間数・修了証の扱いについては、この記事の姉妹記事「フルハーネス型安全帯の特別教育、経過措置は終わっている。今すぐ確認すべき3点」(/kensetsu-fullharness-tokubetsukyo/)で詳しく解説しています。
足場の組立て・解体・変更の特別教育(安衛則第36条第39号)
つり足場、張出し足場、または高さが5m以上の構造の足場の組立て・解体・変更の作業(地上または床上での補助作業を除く)が対象です(安衛則第36条第39号)。2015年7月の安衛則改正で義務が整備されました。
建設現場では元請け・下請けを問わず、この作業に携わるすべての労働者が受講対象になります。「足場を組み立てる係だけが受ければいい」のではなく、解体・変更の作業者も同様に対象です。2015年以前から現場にいる作業員の中に未受講の方が残っているケースがありますので、在職者の受講状況も定期的に確認してください。
石綿の事前調査の特別教育(石綿障害予防規則第3条)
建築物、工作物または船舶の解体等の作業を請け負った事業者は、石綿の使用の有無について事前調査を行わなければならず、2021年4月の改正から、この調査を行う者への特別教育が義務付けられています(石綿障害予防規則第3条)。
さらに2023年10月以降は、一定規模以上の建築物の解体等の工事では「建築物石綿含有建材調査者」等の有資格者が事前調査を行うことが義務付けられています(石綿則第3条第4項)。特別教育と資格要件の両方を確認する必要があります。
職長教育の義務は、2023年4月から全業種に拡大した
新たに職長等の立場につく者に対する安全衛生教育(職長教育)は、労働安全衛生法第60条を根拠としています。建設業は安全衛生法施行令第19条第1号により当初から義務対象業種に指定されてきましたが、2023年4月1日施行の政令改正で、それまで義務の対象でなかった業種も含め、ほぼ全業種へと対象が拡大しました。
この改正以降、建設現場では元請けから「職長教育の修了証を確認させてほしい」という要求が増えています。職長教育・安全衛生責任者教育の内容・時間数・修了証の取り扱いについては、この記事の姉妹記事「職長・安全衛生責任者教育、2023年から建設業も全業種に義務が拡大した」(/kensetsu-shokucho-anzen-kyoiku/)で詳しく解説しています。
教育の記録は、3年間の保存が義務
事業者が安全衛生教育を行ったときは、その記録を作成して3年間保存しなければなりません(安衛則第38条)。雇い入れ時教育・特別教育ともに対象です。
記録しておくべき主な事項は次のとおりです。
- 受講者の氏名
- 教育した事項(実施したカリキュラムの内容)
- 教育の実施年月日
- 教育担当者または講師の氏名
紙の台帳でも電子ファイルでも、3年間いつでも確認できる形であれば問題ありません。ただし、労働基準監督署の調査では「その場ですぐに提示できること」が実質的に求められます。個人の手帳や担当者の記憶に頼る管理では、必要な時に取り出せないことがあります。
また特別教育については、法令上の記録義務(安衛則第38条)に加えて、修了証を発行して労働者本人が携帯・保管できるようにしておくことが、建設現場での実務上の標準になっています。元請けが「特別教育の修了証を確認する」という現場では、修了証がなければ作業に入れないケースもあります。
3年という保存期間は、過去にその作業を担っていた作業員が別の現場に移ったり退職したりした後でも、記録が必要になる場面があることを意味しています。人が変わっても記録が残る仕組みを作ることが重要です。
元請けと下請けで、教育の義務の割り当てが異なる
建設現場では複数の事業者が同じ場所で作業するため、安全衛生に関する義務の所在がわかりにくくなりがちです。安全衛生教育の義務については、基本的な構造を整理しておく必要があります。
教育を実施する義務は、当該労働者を直接雇用する事業者にあります。元請けが下請けの労働者を直接雇っていない場合、その労働者への雇い入れ時教育・特別教育の実施義務は、その労働者を雇用している下請け会社が負います。「元請けが面倒を見てくれるはずだ」という認識は、法令上は成り立ちません。
一方、安衛法第29条は元方事業者(元請け)に対して、関係請負人(下請け)とその労働者が安衛法令を遵守するよう必要な措置を講じる義務を課しています。また安衛法第31条は、特定元方事業者(建設業・造船業の元請け)が関係請負人の労働者に対して教育を実施するよう指導・指示する義務を定めています。
この二層構造は次のように整理できます。
| 立場 | 主な義務の内容 | 根拠 |
|---|---|---|
| 下請け会社 | 自社の労働者への雇い入れ時教育・特別教育の実施 | 安衛法第59条、安衛法第60条 |
| 元請け会社 | 関係請負人(下請け)の労働者に対する教育実施状況の確認・指導 | 安衛法第29条、第31条 |
下請けの立場からすると「元請けから確認が来たときに記録と修了証を出せる状態にしておくこと」が、現場での実務上の最低ラインです。複数の元請けから同時に要求が来ることを想定し、書類をいつでも準備できる状態にしておくことをお勧めします。
3月末・年度末の「まとめて実施」では遅い場合がある
安全衛生教育の実施パターンとして、「年度末にまとめてやる」という方法をとる事業所があります。この方法は、特別教育と雇い入れ時教育のいずれについても、法令上のリスクを伴います。
安衛則第36条の柱書きでは、特別教育は当該業務に「就かせるときは、あらかじめ」行うことが求められています。「あらかじめ」とは、その業務に就く前であることを意味します。3月末に教育を受けるより前の時期に、すでに当該業務に就かせていた場合、その期間は「未受講のまま対象業務に就かせていた」状態になります。
同様に雇い入れ時教育については「遅滞なく」(安衛則第35条)の実施が求められており、採用から数週間が経ってから一括して行うのは法令の趣旨に合いません。特に短期採用が集中する繁忙期には、採用直後の教育の仕組みを整えておく必要があります。
また職長教育は安衛法第60条に「新たに職務につくこととなった職長」とあり、就任のタイミングに合わせた実施が求められています。4月の人事異動で職長になった方が、年度末の3月にまとめて受講するという形は、この趣旨に合いません。職長教育については、人事計画の段階で「誰が職長になるか」を把握し、前もって受講させる運用が理想です。
年間の教育計画を組む際は、3月末への集中を避け、採用・配置転換・職長への昇任のタイミングに合わせて教育を前倒しする運用を心がけてください。
まとめ
建設業の安全衛生教育は、次の3層で整理できます。
- 雇い入れ時教育(安衛則第35条):採用した全員が対象。採用時・作業内容変更時に「遅滞なく」実施。8項目すべてが原則必要(建設業は非工業的業種の省略規定の対象外)。
- 特別教育(安衛法第59条第3項・安衛則第36条):業務の種類によって義務が決まる。対象業務に就く前に実施。フルハーネス・足場・石綿が建設現場で特に重要な3種。
- 職長・安全衛生責任者教育(安衛法第60条):現場を直接指揮・監督する立場の者が対象。建設業は当初から義務対象で、2023年4月改正で全業種へ拡大。就任前または就任のタイミングで実施。
どの教育も、実施した記録を3年間保存することが義務です(安衛則第38条)。元請けや労働基準監督署から確認を求められた際に即座に対応できるよう、日頃から台帳の整備と修了証の管理を続けてください。
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