イラストレーター・漫画家・声優・ナレーターが消費税の値上げをクライアントに相談するとき。「作品の価値の話」とは切り離すと、言いやすくなる。



イラストレーターや漫画家、声優、ナレーターとして働く人の中には、クライアントに値上げをお願いすることへの抵抗感が、特に強い人がいます。建設や物流と違って、クリエイターの仕事は「どれだけの価値があるか」がそのまま報酬に結びつきやすいため、「消費税分を上乗せしてほしい」という相談が、作品や自分への評価を値踏みする会話と混ざって聞こえてしまうことがあるからです。

ここで最初に整理しておきたいのは、消費税の相談は「作品の価値の話」ではない、ということです。インボイス制度に登録した人が国に納める消費税は、クライアントが支払った消費税を一時的に預かって国に渡すための仕組みです。あなたの報酬として手元に残るお金ではありません。この補填を相談することは、スキルの市場価値を主張することとは、まったく別の話です。

この記事では、その整理をした上で、クリエイターならではの報酬形態・契約ルート・伝え方を順に書きます。

消費税は、国に納めるために一時的に預かっているお金です

消費税の仕組みを確認します。

クライアントが1万1,000円(税込)の報酬を支払う場合、1,000円は消費税です。この1,000円は、最終的に国に納める分として、受け取った側が「預かっている」位置づけになります。インボイスに登録していない免税事業者の期間は、この預かり分を国に納める義務がありませんでした。課税事業者になった後は、申告して納めます。

つまり、消費税分の補填を相談するというのは、「これまで実質的に手元に残っていたが、今後は国に納めることになる部分を、報酬の中に明示的に組み込んでほしい」という話です。自分の取り分を増やしてほしいというお願いではありません。

この事実は、自分の中で整理できていると、切り出し方が変わります。「値上げをお願いする」と思うと恐縮してしまいますが、「国の制度が変わったことを確認させてほしい」という枠組みで連絡すると、自分も相手も判断しやすくなります。

報酬形態によって、相談のしかたが変わります

クリエイターの報酬は、建設業の「請負金額」やエンジニアの「月単価」と違って、形態が多様です。相談の仕方は報酬形態によって変わります。

買い切り(1案件ごとに完結する)

単発のイラスト制作や、1話ごとの漫画原稿料、単発の収録などが当てはまります。次の案件の見積もりを提示するタイミングで「消費税分を含めた金額でご提案させていただきます」という伝え方が自然です。既存のクライアントに対しては、「来年からインボイスの消費税の扱いが変わりますので、次回以降のご依頼から税額を明示した見積もりにさせていただきます」という確認メールが一番穏やかです。

継続契約(毎月・毎期定額で発注される)

連載の原稿料・ゲームへの声優定額契約・企業のキャラクター運用など、毎月または毎期定額で報酬が発生するケースです。この場合、契約の更新タイミングか、2026年末までに「2027年1月分から消費税の変化があるため、ご確認いただけますか」と連絡するのが現実的です。更新のタイミングがない場合でも、半年前に事前連絡することは相手にとっても準備が整うため、迷惑ではありません。

使用料・ロイヤリティ(作品の使用実績に応じて発生する)

本の印税・アプリの音声データ使用料・商業利用のイラスト二次使用料などが当てはまります。これらは1回きりの仕事とは違い、後から継続的に発生します。契約書に「消費税別」と明記されているかどうかを確認してください。明記されていなければ、「今後の使用料について消費税の取り扱いを確認させてください」という連絡が必要です。

プロダクション・エージェントを通している場合は、相談先が違います

クリエイターの業種によって、報酬を直接クライアントから受け取るケースと、間に代理機関が入るケースがあります。

声優・ナレーターの場合

声優やナレーターは、プロダクション(事務所)を通じて仕事を受けているケースが多くあります。この場合、エンドクライアント(広告代理店・ゲーム会社・動画制作会社など)と直接交渉することはありません。消費税の相談は、所属する事務所を通じて行うことになります。事務所との契約に消費税の取り扱いがどう書かれているかを確認し、不明点があれば事務所の担当者に確認してください。

エージェントを通して案件を受けている場合

フリーランスのイラストレーターや漫画家がデザイン会社や制作会社を経由して案件に入っている場合も同様です。消費税の相談先はエンドクライアントではなく、契約を結んでいるエージェントです。エージェントとの契約書に消費税の記載がない場合は「インボイス登録に伴い消費税の扱いを確認させていただきたい」という連絡をエージェントに入れます。

直クライアントとの契約の場合

イラストレーターが直接企業や個人から依頼を受けているケースです。この場合は、相談する相手がクライアント本人です。後の章で書く「伝え方」がそのまま使えます。

「断られる不安」よりも、先に数字を確認します

クリエイターが値上げ相談を切り出しにくい理由のひとつに、「断られたら次の仕事がなくなるかもしれない」という不安があります。この不安が先に立つと、相談自体をしないまま毎年の消費税負担だけが増えていく、ということになります。

実際のリスクを考えると、代替しにくい仕事をしているクリエイターほど、相談が通りやすい環境にあります。依頼側が「この人でなくてはならない」と思っている案件では、消費税分の上乗せを断ることは実質的にデメリットのほうが大きいからです。

一方で、単価が明確に相場化している案件(「1記事〇〇円」と固定されているような案件)では、消費税分の交渉が通りにくいことも事実です。その場合は、相談して断られた後の選択肢(別のクライアントへのシフト・継続するかどうかの判断)をあらかじめ考えておくと、話し合いの場での判断が楽になります。

いずれの場合も、まず数字を確認することが先です。

いくら相談するかを、数字にします

例として、月10万円(税込)の継続案件を持つイラストレーターで考えます。税込10万円の場合、消費税は約9,091円(税抜90,909円の10%)です。

年分 制度 計算のしかた 1年で納める消費税(試算) 1か月あたり
2026年分 2割特例 9,091円×20% 約21,820円 約1,820円
2027年・2028年分 3割特例 9,091円×30% 約32,730円 約2,730円
2029年分から 簡易課税・第5種 9,091円×50%×10% 約54,550円 約4,550円

クリエイターが該当する簡易課税の区分は第5種(サービス業・みなし仕入率50%)です。2029年以降の納税額が大きく見えますが、これはみなし仕入率が50%のため、受け取り消費税の半分を納める計算になるためです。

2026年の2割特例が終わり2027年以降になると、1年あたり約1万円の差が出ます。3割特例が終わる2029年以降はさらに増加します。この差額を補填してほしいという話が、相談の中身です。

3割特例の詳しい仕組みについては、イラストレーター・漫画家・声優・ナレーターの消費税は、2027年から3割特例になるで整理しました。

法律的な根拠

消費税分の値上げ相談は、法律的に根拠のある話し合いです。

財務省・公正取引委員会・経済産業省・中小企業庁・国土交通省が連名で出している「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」(令和4年1月19日、改正:令和8年1月30日)には、次のように書かれています。

「これまで消費税相当分を上乗せしていなかった免税事業者が課税事業者に転換した場合は、消費税の仕組み上、発注側が支払う取引価格には新たに消費税相当額を上乗せすることが相当であると考えられます。」

(出典:財務省ほか「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」Q6の注)

また、フリーランス保護法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律・2024年11月施行)では、業務委託の発注者が受託者の課税事業者転換を理由に報酬を一方的に引き下げることを禁止しています。この法律の対象は、従業員を雇用していない個人事業主(または役員1名のみの法人)です。

ひとつ確認しておくべきことがあります。フリーランス保護法は「下げてはいけない」という規制であり、「増額しなければならない」という強制ではありません。相談は義務ではなく、断られる可能性もあります。ただし断ることとは別に、一方的に報酬を引き下げることは禁止されています。

実際の伝え方

相談の文章は長くする必要がありません。要点は「何が変わるのか」「いくら上乗せをお願いしたいのか」「その根拠は何か」の3点です。

以下は、継続案件のクライアントへのメール例です。

件名:消費税の取り扱いについてご確認をお願いしたいことがあります

〇〇様

いつもお世話になっております。

インボイス制度の変更に伴い、来年(2027年)1月から消費税の納税額が変わります。現在の月額〇〇円(税込)に含まれる消費税のうち、2027年から納税が増える分について、ご確認いただけますでしょうか。

具体的には、月額〇〇円の消費税(〇〇円)のうち、2027年以降の制度変更分として〇〇円の増加が見込まれます。この部分を来年1月分から月額に上乗せしていただくことは可能でしょうか。

ご確認のほど、よろしくお願いいたします。

単発案件の場合は、次の見積もり送付時に「消費税込みの金額で〇〇円となります」と提示するだけで済む場合がほとんどです。長い説明を書く必要はありません。

自分の数字で試算と相談シートを確認できます

年間の売上・経費を入力すると、2026年・2027年・2028年・2029年以降の消費税の変化を試算できます。試算の結果から、委託元への値上げ相談シート(A4・法律根拠入り)を作成することもできます。試算は無料です。

▶ イラストレーター・漫画家・声優・ナレーターのインボイス試算ツール

この記事と合わせて読む

出典:特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(2024年11月施行)・消費税法附則第51条の2(2割特例)・国税庁「令和8年度 税制改正特集」(3割特例)・タックスアンサーNo.6509(第5種・みなし仕入率50%)・財務省ほか「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」・No.6505(簡易課税の届出と2年間継続適用の制限)。本記事の内容は執筆時点の情報に基づきます。詳細は税務署・税理士にご確認ください。

この記事を書いた人

業種別のツールを、一人で作っています。開業前の収支シミュレーター、法定研修キット、資格の問題集。どれも、厚生労働省の告示や調査の原文を自分で確かめてから数字を組み込んでいます。使う人が「この数字、合ってるか」と不安になるようなツールは作りたくないので。

上場企業で20年間、営業ひとすじ。電話営業・インサイドセールスから、約70名のチームのマネジメントへ。現場で「根拠のない数字」が判断を狂わせる場面を見続けてきたせいか、ツールを作るときも出典を確かめずにはいられません。

ご質問はメールで。電話・面談はしていません。

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