配偶者(夫または妻)が認知症になった場合、もう一方の配偶者が「財産をどう管理するか」という問題に直面する。夫婦の財産は共有のものとして感じていても、法律上は「夫婦別産制(民法第762条)」により、各自が自分の財産を持つのが原則だ。配偶者が認知症になった場合の財産管理の方法・注意点を整理した。
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「夫婦別産制」と認知症の関係
夫婦の財産関係の法的な基本を整理した(民法第762条)。
- 夫婦の財産は「各自の特有財産」が原則:民法第762条では「夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産は、その特有財産とする」と定めている。結婚前から持っていた財産・相続で得た財産・自分の名義で得た財産は各自のものだ
- 「共有財産(婚姻費用)」とは何か:婚姻費用(生活費・教育費等)のために共同で負担した財産は「共有財産」となりうる。しかし実際にどちらの財産かが不明な場合は「夫婦の共有に属するものと推定する(民法第762条第2項)」とされている
- 「配偶者の口座には手が出せない」という現実:認知症になった配偶者の銀行口座は本人以外が引き出すことが原則として認められていない。配偶者も例外ではなく、「夫の口座から妻が出金する」ことは銀行の規定上困難になることが多い
配偶者の財産管理の方法
認知症になった配偶者の財産を管理するための主な方法を整理した。
- 法定後見の申立て:配偶者が認知症になった場合、配偶者は「後見申立てができる申立権者(民法第7条)」の一つだ。配偶者が後見人に選任されることもあるが、家庭裁判所が「第三者後見人(弁護士・司法書士等)」を選任する場合もある
- 家族信託の設定(意思能力があるうちに):認知症の診断を受けた早期に「家族信託」を設定することで、認知症が進んでも財産の管理・活用が可能になる。受託者は子・孫等に設定できる
- 夫婦間の「財産管理委任契約」の活用:意思能力があるうちに「財産管理委任契約(任意代理契約)」を締結しておくことで、認知症になった後も代理人(配偶者・子等)が財産管理を行える。ただし本人の意思能力が失われると契約の効力が不明確になるため、任意後見契約と組み合わせることが多い
- 「日常生活自立支援事業(社会福祉協議会)」の活用:認知症等で財産管理が困難な場合に「預金の払い出し・福祉サービス費の支払い」等を支援する制度。費用は1回の訪問・相談ごとに千円程度(全国社会福祉協議会)
「後見人に配偶者が選ばれない」ケース
配偶者が後見申立てをしても、配偶者自身が後見人に選任されないケースがある。
- 配偶者も高齢で健康上の問題がある場合:申立てた配偶者自身も高齢(80代等)で健康上の問題がある場合、家庭裁判所が「弁護士・司法書士等の専門職後見人」を選任することがある。後見人として適切な財産管理・記録ができる健康状態かどうかが重要な判断基準になる
- 配偶者と被後見人(認知症の配偶者)の利益が相反する場合:夫婦間に「不動産の名義・預金の帰属・相続の問題」等で利益相反が生じる可能性がある場合は、家庭裁判所が中立的な第三者後見人を選任することがある
- 子どもが後見人候補として申し立てる方法:配偶者ではなく「子(成人)」が後見申立人になって後見人に就任する方法もある。子が後見人として認知症の親の財産管理を行いながら、もう一方の親(配偶者)の生活費を確保する形が実務上多い
「夫婦の共有不動産」の取り扱い
夫婦で共有している不動産(自宅等)の取り扱いを整理した。
- 共有不動産の売却には共有者全員の同意が必要:夫婦が共有(例:夫1/2・妻1/2)している不動産を売却するには「共有者全員の同意(民法第251条)」が必要。認知症になった配偶者が共有持分を持っている場合は、後見人の同意(または後見人が代理して同意)が必要になる
- 自宅の売却で後見人の許可が必要な場合:後見人が認知症の配偶者の「居住用不動産」を処分(売却・賃貸等)する場合は、家庭裁判所の許可が必要(民法第859条の3)。配偶者の住まいを守るための制度だが、老人ホームへの入居費用のために自宅を売りたい場合に許可申請が必要になる
- 「居住用不動産処分の許可申請」の手続き:家庭裁判所への許可申請書には「処分の理由(老人ホームへの入居のため等)」「処分後の本人の生活状況」等を記載する。許可が下りるまで数週間〜数か月かかることがある
認知症の配偶者と「相続対策」の問題
認知症の配偶者がいる場合の相続対策の問題を整理した。
- 認知症の配偶者は遺言の作成が困難:認知症が進んで意思能力が低下していると、遺言の作成が困難になる(民法第963条:遺言能力が必要)。認知症の診断後・早期に遺言を作成しておくことが重要だ
- 「相続発生時に認知症の配偶者がいる」と遺産分割が困難になる:配偶者より先に夫または妻が亡くなった場合、認知症の配偶者は意思能力がないため「遺産分割協議(相続人全員の合意が必要)」に参加できない。後見人の選任が必要になるため、相続手続きが複雑になる
- 「夫婦間の贈与」は相続税の特例で非課税になる場合がある:婚姻期間が20年以上の夫婦間で居住用不動産(または購入のための資金)を贈与する場合は「配偶者控除(2,000万円まで非課税)」が適用される(相続税法第21条の6)。認知症の診断後・意思能力があるうちに活用することで相続税対策になることがある。贈与税申告が必要(翌年3月15日まで)
「配偶者の認知症」が発覚してから後見申立てまでの流れ
配偶者の認知症が発覚してから後見申立てまでの実務上のステップを整理した。
- Step1 医師の診断書の取得:後見申立てには「診断書(法定様式)」が必要。医師に「後見申立て用の診断書を書いてほしい」と依頼する。認知症専門医(神経内科・精神科)・かかりつけ医で作成可能。費用は数千〜1万円程度
- Step2 鑑定(必要な場合):家庭裁判所が「診断書だけでは判断能力の程度が不明」と判断した場合は「鑑定(医師による意見書)」が求められることがある。鑑定費用は5〜10万円程度
- Step3 申立書類の準備:申立書・財産目録・収支状況報告書・親族関係図・診断書等を準備。書類は家庭裁判所のウェブサイトからダウンロードできる
- Step4 家庭裁判所への申立て:「本人の住所地を管轄する家庭裁判所」に申立てる。申立て費用は収入印紙800円+鑑定費用(必要な場合)+書類取得費用(戸籍謄本等)
- Step5 審判(後見人選任):申立てから審判まで通常1〜3か月かかる。後見人が選任されると後見登記が行われ、後見人として財産管理を開始できる
「後見申立て後」の日常的な財産管理の実務
後見人として選任された後の日常的な財産管理の実務を整理した。
- 財産目録の作成と家庭裁判所への報告:後見開始後、後見人は「財産目録」を作成して家庭裁判所に提出する。財産(預貯金・不動産・有価証券等)をすべて把握・記録する必要がある
- 年1回の「後見等事務報告書」の提出:後見人は年1回、家庭裁判所に「後見等事務報告書(財産の現状・収支状況等)」を提出する義務がある。提出を怠ると家庭裁判所から指導・場合によっては後見人の解任につながる
- 「後見人の通帳・印鑑の管理」の注意点:後見人は被後見人(認知症の配偶者)の通帳・印鑑・カードを管理する。後見人自身の財産と「絶対に混在させない」ことが最重要。自分の口座と被後見人の口座を明確に分けて管理する必要がある
- 家庭裁判所の監督下での財産管理:後見人は家庭裁判所・後見監督人の監督下に置かれる。「大きな財産処分(不動産の売却・多額の贈与等)」は家庭裁判所への申請・許可が必要な場合がある
「認知症の配偶者の銀行口座」が凍結された場合の対応
認知症が発覚して銀行口座が凍結・制限された場合の具体的な対応を整理した。
- 「口座凍結」とは何か・いつ起きるか:銀行が「本人の判断能力が著しく低下している」と判断した場合、本人・代理人による払い戻しを制限することがある。認知症が進んで銀行窓口で「意思確認が難しい」と判断された場合に起きやすい
- 凍結後は「後見人の選任」で再開できる:口座が凍結された場合は、家庭裁判所で後見人を選任してもらうことで後見人が口座管理を引き継げる。後見人の「代理権の範囲」に「金融機関との取引」が含まれていることを家庭裁判所に確認してもらう
- 「家族信託口口座」は凍結されない:家族信託を設定した場合は「信託口口座(信託専用の口座)」に財産を移しておくことで、たとえ本人の口座が凍結されても信託口口座は影響を受けない。受託者(子等)が自由に管理できる状態を維持できる
- 凍結前にできる準備:複数口座への分散と家族信託の設定:口座凍結のリスクに備えて「日常の生活費用の口座」と「大きな資産の口座」を分けておく・家族信託を設定して信託財産に移しておく等の準備が有効だ
この記事のまとめ
- 夫婦別産制(民法第762条):夫婦の財産は各自のもの。認知症の配偶者の口座には配偶者も勝手にアクセスできない
- 財産管理の方法:①法定後見の申立て(民法第7条)②家族信託の設定(意思能力があるうちに)③財産管理委任契約(任意後見と組み合わせ)④日常生活自立支援事業(社会福祉協議会)
- 居住用不動産の処分には家庭裁判所の許可が必要(民法第859条の3)。老人ホームへの入居費用のために自宅を売りたい場合は事前に確認する
- 相続発生時に認知症の配偶者がいると遺産分割が困難になる。先に亡くなる可能性を考えて早めに遺言・家族信託を検討する
- 配偶者控除(相続税法第21条の6):婚姻20年以上の夫婦間での居住用不動産贈与は2,000万円まで非課税。意思能力があるうちに活用する
- 相談先:弁護士・司法書士(後見申立て・家族信託)・税理士(相続税対策・贈与税申告)・家庭裁判所(居住用不動産処分の許可申請)
出典:民法第7条(後見開始の審判)・第251条(共有物の変更)・第762条(夫婦別産制)・第859条の3(居住用不動産の処分の制限)・第963条(遺言能力)、相続税法第21条の6(配偶者控除)
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