認知症と意思能力の確認方法:家族信託・遺言を設定できる条件と実務

家族信託・任意後見・遺言を設定する際に「本人に意思能力があるかどうか」が問われる。認知症の診断を受けていても必ずしも意思能力がないわけではないが、どのように確認するかが実務上の重要な問題だ。意思能力の確認方法・法的な基準・診断書の取り方を整理した。

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「意思能力」とは何か

法律上の「意思能力」の定義を整理した(民法第3条の2)。

  • 意思能力とは「行為の結果を判断できる能力」:民法第3条の2では「法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする」と規定されている。意思能力とは「行為の結果を認識・理解して判断できる精神的な能力」だ
  • 意思能力と行為能力の違い:「行為能力」は法律上の制限(成年後見・保佐・補助)が開始されているかどうかで判断される制度的な概念だ。「意思能力」は実際にその時点で本人が判断できる状態かどうかという事実の問題だ。認知症であっても後見が開始されていなければ行為能力はあるが、意思能力がない状態で行った法律行為は無効になりうる
  • 意思能力がない状態での契約・遺言は無効:意思能力がない状態で行った「家族信託の設定・任意後見契約・遺言・不動産売買」等の法律行為は無効になる(民法第3条の2)。後になって「意思能力がなかった」と争われると、設定した信託・遺言等が無効とされるリスクがある

認知症診断と意思能力の関係

認知症の診断を受けていても必ずしも意思能力がないわけではない。

  • 認知症の診断があっても軽度〜中等度の段階では意思能力がある場合が多い:アルツハイマー型認知症の初期〜中等度の段階では、日常生活の基本的な判断(食事・外出等)はできても「不動産の売却・複雑な契約の内容理解」は困難になっている場合がある。医師が「この時点では意思能力がある」と判断している段階であれば、法律行為を有効に行うことができる
  • MMSEスコアと意思能力の目安(参考):認知症の重症度を測定するMMSE(ミニメンタルステート検査)のスコアは、意思能力の目安の一つとして使われることがある。ただしMMSEスコアだけで意思能力を判断するのではなく、主治医が「行為の内容・複雑さに応じた総合的な判断」をすることが重要だ
  • 意思能力は行為の内容によって基準が変わる:「銀行のATMの操作」と「数千万円の不動産売買」では意思能力として求められる水準が異なる。複雑・重要な法律行為ほど高い意思能力が求められる(法律行為の重要性に応じた意思能力の段階的な判断)

意思能力の確認方法

家族信託・任意後見・遺言等の設定前に意思能力を確認する実務上の方法を整理した。

  • 主治医の「意思能力に関する意見書(診断書)」を取得する:家族信託・任意後見契約・遺言の設定前に、主治医(認知症専門医)から「本人がこの法律行為を行う意思能力を有しているかどうかの意見書」を作成してもらうことが実務上推奨されている。意見書は後で争われた場合の証拠となる
  • 公正証書作成時に公証人が意思能力を確認する:任意後見契約・遺言等を公正証書で作成する場合は、公証人が「本人と対面して意思能力を確認する」ことが義務付けられている(公証人法第26条)。公証人が意思能力なしと判断した場合は公正証書の作成を拒否する
  • 設定時の「本人の様子」を記録する:家族信託・任意後見・遺言の設定時に「本人が内容を理解していた様子(内容の確認・自分の意思で署名した等)」を動画や書面で記録しておくことで、後で争われた場合の証拠になる
  • 設定は認知症の診断後・早期に行う:認知症の診断を受けた後、できるだけ早期(意思能力が明確に残っている段階)に家族信託・任意後見等の設定を行うことが最重要の対策だ。「まだ大丈夫」と思って先延ばしにしているうちに意思能力が失われるケースが多い

「認知症の症状が出ていても意思能力がある」ケースと判断の実務

認知症と診断されていても法律行為を行う意思能力がある場合の実務上の判断基準を整理した。

  • 「認知症の程度」と「行為の複雑さ」のバランスで判断する:軽度の認知症(MMSE 20点程度)で「自分の氏名・家族の名前・財産の概要を理解している」場合は、比較的シンプルな法律行為(贈与・任意後見契約等)の意思能力を有していると判断される可能性がある。一方で「多数の不動産・複雑な信託条件・多額の投資」等の複雑な行為は同じ認知症の程度でも困難と判断されることがある
  • 「本人が内容を自分の言葉で説明できるか」が実務上の重要な指標:司法書士・弁護士が設定前の確認をする際は「本人が今日の日時・自分の住所・財産の内容を言える」「誰に何を任せたいかを自分の言葉で説明できる」かどうかを確認する。答えられれば意思能力があると推定しやすくなる
  • 「調子のいい時間帯」に手続きを行う:認知症の方は「午前中に調子が良い」「特定の日に調子が良い」というパターンがある場合がある。意思能力の確認・法律行為の設定は「本人の調子が最も良い時間帯・日」に行うことで、意思能力があることを証明しやすくなる

「後見申立てを急ぐべきサイン」と意思能力の関係

意思能力が失われつつあるサインと、後見申立てを急ぐべき状況を整理した。

  • 「通帳・現金の管理ができなくなった」サイン:通帳の記録が理解できない・お釣りの計算ができない・電気・ガス代の支払い忘れが続く等のサインが出た場合は、財産管理に関する意思能力が低下している可能性がある。早めにケアマネジャー・地域包括支援センターに相談することをすすめる
  • 「詐欺被害が発生した・発生しそう」サイン:振り込め詐欺・リフォーム詐欺・架空請求等の被害が発生した・発生しそうな状況(業者を家に上げた・多額の現金を引き出した等)が出た場合は、意思能力の低下が進んでいるサインであり、後見申立てを急いで検討する必要がある
  • 後見申立ては「意思能力を失った後でも申し立てられる」:法定後見は本人の意思能力とは関係なく家族や市区町村長が申し立てることができる(民法第7条)。家族信託・任意後見は意思能力があるうちに設定が必要だが、法定後見はいつでも申し立て可能だ。ただし申立てから選任まで約4か月かかるため、早めに動くことが重要

「意思能力があるかどうか争われた」場合の対応

家族信託・遺言等が「意思能力がない状態で作成された」と相続人・第三者に争われた場合の対応を整理した。

  • 設定時の証拠が重要になる:意思能力があったことの証拠として①設定時の主治医の診断書・意見書 ②公正証書の有無 ③設定時の本人の様子を記録した動画・書面等が有効な証拠となる
  • 後見が開始されていた場合の影響:被後見人(後見が開始されている人)が行った法律行為は、後見人が取り消すことができる(民法第9条)。後見開始後は本人単独での法律行為が制限されるため、後見申立て前に必要な手続きを完了させておくことが重要だ
  • 相続人間で争いになった場合は調停・訴訟も:遺言の有効性・家族信託の有効性が争われる場合は、遺産分割調停や遺言無効確認訴訟(民事訴訟)に発展することがある。証拠が充実していれば有効性を主張しやすい

「司法書士・弁護士による意思能力確認の実務」

家族信託・任意後見・遺言を設定する際に司法書士・弁護士が行う意思能力確認の実務を整理した。

  • 設定前の「意思能力確認面談」の流れ:司法書士・弁護士は設定前に本人と直接面談を行い「①今日の日付・自分の住所・家族の名前を確認 ②財産の内容(不動産・預金等)を把握しているか確認 ③信託・後見等の内容を本人が理解・説明できるか確認 ④本人の意思が外部からの圧力なく自由に表明されているか確認」等を行う
  • 「認知症が進んでいても同席している家族がいない場で確認する」重要性:家族(特に相続人)が同席していると「本人の自由な意思」が影響を受ける可能性がある。公証人・司法書士・弁護士が「本人のみと話す時間」を設けて意思を確認することが実務上重要だ。これにより後での「家族からの影響・強制があった」という争いを防ぎやすくなる
  • 設定が困難と判断した場合の対応:面談の結果「意思能力がないと判断される」場合は、司法書士・弁護士は設定を断ることになる。その場合は「法定後見の申立て」という選択肢をとることになる。家族が焦って無理に進めようとすることは将来の争いの原因になるため避けることが重要だ

「意思能力確認」の実務チェックリスト

家族信託・任意後見・遺言を設定する前に確認するポイントを整理した。

  • ✓ 認知症専門医の最近の受診歴と診断書の取得:設定前に認知症専門医(神経内科・精神科・物忘れ外来等)を受診して、最新の「認知機能の状態についての診断書」を取得しておく
  • ✓ 設定する法律行為の内容を本人が説明できるか確認する:「誰に何を任せたいか」「誰に財産を渡したいか」という基本的な内容を、本人が言葉で説明できるかどうかを確認する。第三者(司法書士・弁護士等)の前で確認・記録することが有効だ
  • ✓ 公正証書の活用:任意後見・遺言は公正証書で作成することで公証人による意思能力確認が行われるため、後での争いに強い形になる
  • ✓ 設定時の様子を記録する:設定当日の本人の発言・理解の様子を動画で記録しておく方法がある

この記事のまとめ

  • 意思能力(民法第3条の2):行為の結果を判断できる能力。意思能力がない状態での法律行為は無効。認知症診断があっても軽度〜中等度では意思能力がある場合が多い
  • 意思能力は行為の重要性によって基準が変わる:複雑・高額な行為ほど高い意思能力が求められる
  • 確認方法:①主治医の意見書の取得 ②公正証書での作成(公証人の確認) ③設定時の様子の記録(動画・書面)
  • 後見開始後は法律行為が制限される(民法第9条)。後見申立て前に必要な手続きを完了させる
  • 早期着手が最重要:認知症診断後、意思能力がある段階のうちに家族信託・任意後見等を設定する
  • 相談先:認知症専門医(診断書・意見書)・司法書士・弁護士(法律行為の設計)・公証人(公正証書の作成)

出典:民法第3条の2(意思能力)・第9条(後見開始の効果)、公証人法第26条(公証人の欠格事由・確認義務)

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この記事を書いた人

業種別のツールを、一人で作っています。開業前の収支シミュレーター、法定研修キット、資格の問題集。どれも、厚生労働省の告示や調査の原文を自分で確かめてから数字を組み込んでいます。使う人が「この数字、合ってるか」と不安になるようなツールは作りたくないので。

上場企業で20年間、営業ひとすじ。電話営業・インサイドセールスから、約70名のチームのマネジメントへ。現場で「根拠のない数字」が判断を狂わせる場面を見続けてきたせいか、ツールを作るときも出典を確かめずにはいられません。

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