「認知症になってからでは相続対策は間に合わない」と言われる。生前贈与・遺言書の作成・家族信託の設計はいずれも本人の判断能力が前提であり、判断能力が失われた後には原則として動けない。認知症と診断されてすぐの段階が、まだ動ける最後のチャンスだ。今の段階で何ができて何ができないかを整理した。
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判断能力があるうちにしかできない相続対策
相続対策として効果的な手段のうち、本人の判断能力が必要なものは以下の通りだ。
- 遺言書の作成:公正証書遺言・自筆証書遺言ともに本人の意思能力が必要(民法第963条)。意思能力が疑われる状態で作成した遺言は、後で無効と争われるリスクが高い
- 生前贈与:贈与は本人の同意に基づく契約(民法第549条)。意思能力が低下した後の贈与は取り消される可能性がある
- 家族信託の設計:本人が委託者として信託契約を締結する必要があるため、判断能力が必要
- 任意後見契約の締結:公正証書での契約が必要。本人の意思確認が前提
遺言書は「今すぐ」書く理由
遺言書は何度でも書き直せる。今書いた遺言が「最終的な遺言」でなくていい。
重要なのは、「書ける状態のうちに書く」ことだ。公正証書遺言は公証人が本人の意思能力を確認した上で作成するため、後で「認知症だったから無効だ」と争われにくい。自筆証書遺言は本人が全文を自書する必要があるが、法務局での保管制度(2020年創設)を利用すれば検認不要で相続人に開示される。
公正証書遺言の費用は、財産規模によって公証人手数料が変わる(公証人手数料令に基づき、財産価額によって1万円〜数十万円)。司法書士への依頼費用(遺言書の起案・公証役場への段取り)は5万円〜20万円程度が目安だ。
生前贈与は「110万円非課税枠」の活用が基本
年間110万円を超えない贈与は贈与税がかからない(暦年贈与の基礎控除)。毎年110万円を複数の子・孫に贈与することで、相続財産を減らして相続税を節税できる。
ただし、2024年(令和6年)以降の生前贈与には注意が必要だ。2024年1月1日以降の贈与については、相続開始前「7年以内」の贈与が相続財産に加算される(改正前は3年以内)ことに変更された。
診断を受けた段階ですぐに動き始めると、加算対象外の贈与期間をより長く確保できる。
認知症の診断後でも「まだできる」相続対策
判断能力が「著しく低下した」段階(成年被後見人)では相続対策がほぼできなくなるが、軽度認知症(MCI:軽度認知障害)から中等度の段階では、まだ動ける可能性がある。
重要なのは医師の診断だ。医師が「意思能力がある」と判断している段階であれば、公証人・司法書士・弁護士の手続きを通じて遺言・信託・贈与の対応が可能だ。
「認知症と診断された=もう何もできない」ではない。軽度認知症で日常的な判断が維持されている段階であれば、専門家に相談して対応できる手続きが残っている可能性がある。
法定後見が始まった後にできる相続対策
成年後見が始まった後、後見人ができる相続対策は大幅に制限される。後見人は「本人の財産を守る」義務があり、相続対策として財産を減らすような行為(贈与・相続放棄等)を主導することはできない。
ただし、相続放棄については「本人の利益になる」と判断した場合に後見人が申立てることができる(相続放棄の申述・民法第938条)。また、後見人が選任されている間に本人が死亡した場合の相続人への引き継ぎ業務は後見人が行う。
この記事のまとめ
- 遺言書・生前贈与・家族信託・任意後見は判断能力があるうちにしかできない
- 公正証書遺言は今すぐ作成しておくと後で「無効争い」になりにくい
- 生前贈与の7年加算ルール(2024年改正)により、早く動き始めるほど節税効果が大きい
- 軽度認知症でも医師が「意思能力あり」と判断している段階なら手続きが可能な場合がある
- 法定後見が始まった後は相続対策ができなくなる(後見人は財産保全義務がある)
出典:民法第549条(贈与)・第963条(遺言能力)・第938条(相続放棄の申述)、相続税法第19条(生前贈与加算)、租税特別措置法(暦年贈与)、法務省「自筆証書遺言書保管制度」
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