法定後見の申立てを進めようとしたとき、当の本人(親)が「後見人はいらない」「そんなことをされたくない」と嫌がることがある。認知症の本人が後見を拒否する場合、申立てを止めなければならないのか。法律上の扱いと、本人が嫌がる場合の現実的な対処を整理した。家族全員が疲弊する前に、動ける方法を把握しておく必要がある。
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本人が嫌がっても申立ては法律上可能
成年後見申立ては「本人の同意」が必ずしも必要ではない(民法第7条・第838条)。申立て権者(本人・配偶者・4親等内の親族等)が申立てをすれば、家庭裁判所が「本人の利益のために後見が必要か」を独立して判断する。
「本人が嫌がっているから申立てできない」という法律は存在しない。ただし本人が明確に反対の意思表示をしている場合、家庭裁判所の審判プロセスで本人の意見が聴取される(家事事件手続法第120条)。裁判所は本人の意思を「考慮」した上で、本人の利益のために判断を下す。
重要なのは「本人が反対した=申立てが通らない」わけではないという点だ。本人の判断能力が著しく低下していて、明らかに後見が必要な状況であれば、本人の反対があっても後見が開始される。
家庭裁判所が本人の意見を聴取するプロセス
家事事件手続法第120条では「後見開始の審判をする場合は、本人の陳述を聴かなければならない」と定められている。ただしこれは「本人の同意を得なければならない」とは別の話だ。
陳述の聴取方法は状況によって異なる。
- 本人が出頭できる場合:家庭裁判所に出頭して調査官から事情を聴かれる
- 出頭が困難な場合:家庭裁判所の調査官が自宅・入院先・施設に出向いて本人と面談する
- 本人の意思確認が困難な状態:重度の認知症等で陳述が事実上不可能な場合は、陳述聴取を省略できる(家事事件手続法第120条第2項)
本人が「後見は嫌だ」と言っている場合でも、調査官が「なぜ嫌なのか」「何を心配しているのか」を聞き取る。その内容が「後見の必要性を否定する合理的な理由」であれば考慮されるが、認知症による病識欠如が原因の反対であれば、後見の必要性とは別に扱われる。
「本人が嫌がる」理由を把握する
本人が後見を嫌がる理由は大きく3つに分かれる。それぞれで対処が変わるため、まず理由を把握することが先決だ。
理由1:「認知症でも自分でできる」という病識の欠如
認知症が進行しているにもかかわらず、自分の判断能力が低下していることを認識できない「病識欠如」が原因のケースだ。「自分は正常だ」「子供に財産を管理されたくない」という発言の背景に、認知症による記憶・判断の障害があることが多い。
対処法:
- 「あなたを守るため」「後見人がいれば詐欺被害を防げる」という説明を、繰り返し穏やかに行う
- 主治医・ケアマネジャー・地域包括支援センターのスタッフなど、本人が信頼している第三者に説明を依頼する
- 一度にすべて説明しようとせず、数週間かけて少しずつ理解を深める
理由2:「家族に財産を管理されたくない」という警戒
子どもや兄弟に財産を管理されることへの警戒が原因のケースだ。「財産を取られるかもしれない」という不安が、後見への拒否感として出ることがある。
対処法:
- 「家族ではなく、司法書士や弁護士などの第三者を後見人にする」という選択肢を提示する。第三者後見人は家庭裁判所の監督下にあり、後見人が横領・使い込みをすることは制度上困難だという事実を伝える
- 後見人の仕事は「財産を管理する」ことであり、財産を「奪う」のではないことを、具体的な説明でわかりやすく伝える
- 後見人の仕事内容(収支の記録・家庭裁判所への定期報告)を説明することで、透明性が保たれていることを伝える
理由3:「後見人に報酬を払いたくない」という経済的な懸念
後見人報酬(専門職の場合は月2〜5万円程度)への抵抗が原因のケースだ。特に財産が多くない場合は「毎月何万円も払うのはもったいない」という気持ちが強くなる。
対処法:
- 「家族が後見人になれば報酬はゼロまたは最低限で済む」と説明する。ただし家族後見は選ばれない可能性があることも事前に伝える(家庭裁判所が判断する)
- 報酬が払えない場合は市区町村の「成年後見制度利用支援事業」で費用の補助が受けられる場合があることを説明する
- 後見をしないことで生じるリスク(口座凍結・詐欺被害・施設契約ができない)の経済的損失が、後見人報酬を大きく上回る可能性があることを具体的な金額で示す
「本人の意思を尊重する」という原則とのバランス
厚生労働省「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」(2018年)では「認知症の人の意思決定能力は程度の差があり、能力が残っている部分で意思決定を支援することが基本」とされている。本人が嫌がっているという事実も「本人の意思」として一定の重みがある。
申立てが本人のためになると確信できる場合でも、本人への丁寧な説明と合意形成を試みることが長期的には本人・家族関係の安定につながる。家族関係が壊れた状態で後見を開始しても、本人の生活の質は上がりにくい。
ただし「財産の流出が進んでいる」「詐欺被害が始まっている」「施設の入所契約が進められない」など、本人に切迫した被害が生じている状況では、合意形成を待ち続けることがかえって本人の不利益になる。状況を見て申立ての緊急性を判断する必要がある。
任意後見・家族信託との比較
本人がまだ意思能力を持っている段階であれば、法定後見ではなく本人が自ら設定できる「任意後見」または「家族信託」を検討する選択肢もある。
- 任意後見:本人が「将来判断能力が低下した際に後見人になってほしい人」を自分で指定する公正証書契約(任意後見契約に関する法律)。本人の意思で設定するため、法定後見に比べて本人の抵抗が少ない場合がある
- 家族信託:本人が信頼できる家族(受託者)に財産管理を任せる契約。法定後見や任意後見とは別の仕組みで、財産管理に特化した方法だ
ただしどちらも「本人の意思確認が可能な段階」でなければ設定できない。認知症が進んでから動いても間に合わない。意思能力が残っているうちに動くことが最優先だ。
申立てを「今すぐ急ぐべき」状況の見極め方
本人が嫌がっているからといって、ずっと待ち続けることが正しいとは限らない。次のような状況が1つでも当てはまる場合は、合意形成を優先するよりも申立てを急ぐべきサインだ。
- 振り込め詐欺・悪質商法の被害が始まっている(または被害が疑われる)
- 不審な人物が頻繁に出入りして、高額商品の購入・贈与・送金が続いている
- 介護施設への入所が必要な状況なのに、施設側から「後見人を立ててほしい」と言われている
- 医療同意が必要な状況で、家族では対応できないと医療機関から言われている
- 本人名義の口座から多額の出金が繰り返されており、使途が不明
上記のような状況では、地域包括支援センターや弁護士に相談して申立ての準備を急ぐことが本人の利益になる。
「嫌がる本人」への実践的なアプローチ
本人が後見を嫌がる場合の実践的なアプローチは次の通りだ。
- 主治医・ケアマネジャー・地域包括支援センターのスタッフ(本人が信頼している人)に、本人への説明を依頼する:家族からの説明より、医師やケアマネジャーからの話の方が受け入れられやすい場合がある
- 「後見人が来て自分の生活を制限される」という誤解を解く:後見人の具体的な役割(財産管理・契約の補助であり、生活の自由を制限しない)を説明する。後見人は「指示する人」ではなく「守る人」だという説明が受け入れられやすい
- 一度に説明しようとせず、数週間かけて少しずつ理解を深める:認知症の本人に対して長時間説明を続けることは逆効果になる場合がある。短い時間で繰り返し話すことが効果的だ
- 「後見人が選ばれた後の生活」を具体的にイメージできるように説明する:「毎月2万円の報酬が財産から払われる以外は、今の生活と変わらない」という具体的なイメージを持ってもらうことが重要だ
申立て後のプロセスと本人への影響
申立てが受理された後のプロセスを把握しておくと、本人への説明に役立てられる。
- 申立て受理(1〜2週間後):家庭裁判所が申立て書類を受理し、審判番号が通知される
- 調査・審問(1〜2か月後):家庭裁判所の調査官が申立て人・本人・親族等に対して聴取を行う。本人への聴取は自宅・施設・入院先に調査官が出向くことが多い
- 鑑定(必要な場合は追加で1〜2か月):主治医の診断書だけで判断できない場合は鑑定が行われる
- 審判・後見人選任(申立てから概ね3〜6か月後):家庭裁判所が「後見・保佐・補助」の開始の審判を行い、後見人が選任される
- 後見登記(選任から1〜2週間後):法務局に後見人の登記が行われ、後見登記事項証明書が発行できる状態になる
後見人が選任されてからも、本人の日常生活は基本的に変わらない。後見人は財産管理と法律行為のサポートをするが、「本人の生活を管理する」役割ではない。この点を本人に正確に伝えることが重要だ。
この記事のまとめ
- 本人が嫌がっても申立て自体は法律上可能(民法第7条・第838条)
- 家庭裁判所は本人の意見を聴取するが(家事事件手続法第120条)、「本人の利益のための判断」を最優先する
- 嫌がる理由は3パターン(病識欠如・財産管理への警戒・費用懸念)があり、理由によって説明のアプローチが異なる
- 主治医・ケアマネジャーに協力を求めて、本人への説明を分担することが効果的
- 本人に意思能力が残っている段階であれば、任意後見・家族信託という本人が自分で設定できる方法も検討する
- 財産流出・詐欺被害が始まっている状況では、合意形成を待ち続けることがかえって本人の不利益になる
- 申立て後、後見人が選任されても本人の日常生活は基本的に変わらない
出典:民法第7条(後見開始の審判)・第838条(後見の開始)、家事事件手続法第120条(本人の陳述聴取)、任意後見契約に関する法律、厚生労働省「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」(2018年)
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