日本語の敬語は外国語学習者にとって難易度が高いとされる分野の一つです。日本語教師として敬語の体系を正しく理解し、学習者のレベル・場面に応じた指導ができることが求められます。この記事では、敬語の基本体系と日本語教育現場での指導のポイントを整理します。
敬語の5分類(文化庁の指針)
文化庁「敬語の指針」(2007年)では、日本語の敬語を次の5種類に分類しています。
| 種類 | 特徴 | 例 |
|---|---|---|
| 尊敬語 | 相手・話題の人物の行為・状態を高めて表現する | 「いらっしゃる」「おっしゃる」「召し上がる」 |
| 謙譲語Ⅰ | 自分の行為を低めることで相手を高める(相手に向かう行為) | 「伺う」「申し上げる」「いただく」 |
| 謙譲語Ⅱ(丁重語) | 自分の行為を丁寧に表現する(相手に向かう行為でなくてもよい) | 「参る」「申す」「いたす」 |
| 丁寧語 | 話や文章を丁寧にする | 「です」「ます」「ございます」 |
| 美化語 | 物事を美化して上品に表現する | 「お料理」「お金」「ご飯」 |
(出典:文化庁「敬語の指針」平成19年2月)
日本語教育では従来「尊敬語・謙譲語・丁寧語」の3分類が使われてきましたが、文化庁の指針(2007年)では上記の5分類が示されています。試験では5分類での理解が求められる可能性があります。
主な敬語表現の整理
尊敬語・謙譲語の対応表
| 普通語 | 尊敬語(相手の行為) | 謙譲語Ⅰ(自分の行為) |
|---|---|---|
| いる | いらっしゃる | おる(丁重語) |
| 行く | いらっしゃる・おいでになる | 参る(丁重語)・伺う(謙譲語Ⅰ) |
| 来る | いらっしゃる・お見えになる | 参る(丁重語)・伺う(謙譲語Ⅰ) |
| 言う | おっしゃる | 申す(丁重語)・申し上げる(謙譲語Ⅰ) |
| 食べる・飲む | 召し上がる | いただく |
| 知っている | ご存じだ | 存じている・存じ上げる |
| もらう | (相手が)くださる | いただく |
| あげる | (相手が)くださる | 差し上げる |
「いただく」と「くださる」の使い分け
学習者が混同しやすい表現として「〜ていただく」と「〜てくださる」があります。
- 「先生に教えていただきました」:自分が先生からの行為を受けた(恩恵を受けた側が主語)
- 「先生が教えてくださいました」:先生が自分に行為をしてくれた(行為者が主語)
どちらも意味は近いですが、主語が誰かが異なります。指導では「行為を受けた側(自分側)から見るか・行為をした側(相手)から見るか」という視点の違いを意識させることが重要です。
「お〜する」「ご〜する」の作り方
尊敬語・謙譲語の形式的な作り方として「お+動詞連用形+になる(尊敬)」「お+動詞連用形+する(謙譲)」という型があります。
- 尊敬語:「お読みになる」「お書きになる」「ご参加になる」
- 謙譲語:「お読みする」「お届けする」「ご連絡する」
ただし、この形式が使えない語・不自然になる語もあります(例:「お来する」は不自然→「お見えになる・いらっしゃる」を使う)。型だけを覚えさせるのではなく「使えない語の例外も含めて指導する」ことが重要です。
「くれる・もらう・あげる」の敬語体系
授受動詞(くれる・もらう・あげる)の敬語は学習者にとって特に難しい部分です。日本語では「誰が誰に何かをする(またはしてもらう)か」によって使う授受動詞が変わります。
授受動詞の3種と敬語形
| 普通語 | 方向 | 謙譲語・尊敬語 |
|---|---|---|
| あげる | 自分→相手・第三者 | 差し上げる(謙譲語Ⅰ) |
| くれる | 相手・第三者→自分(のグループ) | くださる(尊敬語) |
| もらう | 自分が相手・第三者から受け取る | いただく(謙譲語Ⅰ) |
「〜てくれる」「〜てもらう」「〜てあげる」という補助動詞としての使い方は、直接物をやりとりする場合と同様の仕組みです。敬語では「〜てくださる・〜ていただく・〜て差し上げる」に対応します。
学習者が最も混同しやすい「〜ていただく(自分が恩恵を受ける視点)」と「〜てくださる(相手が行為をする視点)」の区別は、主語(誰の視点から描くか)という観点で丁寧に指導することが重要です。
敬語指導のアプローチ
「場面」から指導する
敬語の体系(尊敬語・謙譲語等の分類)を先に教えるより「この場面(例:会社で上司に依頼するとき)ではどのように言うか」という場面から入る指導が実用的です。
初級段階では「丁寧語(〜ます・〜です)」を中心に指導し、中級以上で「尊敬語・謙譲語が必要な場面」を段階的に追加することが一般的です。
「ウチ・ソト」の概念を活用する
日本語の敬語は「話している相手・話題の人物との社会的な関係(上下関係・ウチ・ソト)」を反映します。「会社外の人に話すとき、自分の上司のことも「ウチ」として謙譲語で話す」という日本語固有の規則を学習者に理解させることが必要です。
誤り訂正のポイント
学習者の敬語の誤りには次のようなパターンがあります。
- 尊敬語・謙譲語の混同(「私は召し上がりました」:謙譲語が必要な場面で尊敬語を使う)
- 謙譲語Ⅱ(丁重語)の誤用(「先生も参ります」:自分側にしか使えない「参る」を相手に使う)
- 二重敬語(「いただかれました」:既に謙譲語になっている語に尊敬の「れました」を重ねる)
誤りの修正では「なぜその敬語が誤りなのか・誰の行為か・誰に対して話しているか」を整理して説明することが効果的です。
「お」「ご」の付け方と注意点
尊敬語・美化語として名詞に「お」「ご」を付ける際は、いくつかの規則と例外があります。
「お」と「ご」の使い分け
一般的に「お」は和語(訓読みの語)に付き、「ご」は漢語(音読みの語)に付きます。
- 「お」が付く語(和語):お食事・お仕事・お名前・お電話・お時間・お手紙
- 「ご」が付く語(漢語):ご家族・ご連絡・ご参加・ご住所・ご意見・ご説明
ただし、例外も多いです(「ご飯」は和語だが「ご」が付く。「お電話」は漢語だが「お」が付く等)。指導では「規則を先に教えてから例外を紹介する」のではなく「よく使う表現を場面とともに覚える」アプローチが実用的です。
「お」「ご」が付かない語
外来語(カタカナ語)や自分側の行為・状態には原則として「お」「ご」は付けません。
- 「おコーヒー」「おテレビ」→不自然。「コーヒー」「テレビ」そのまま使う
- 自分自身の行為:「私のご意見」→不自然。自分の意見には「ご」を付けない(相手の意見には「ご意見」)
「丁寧語」と「普通体」の切り替え
日本語では同じ内容でも「丁寧体(〜ます・〜です)」と「普通体(〜る・〜だ・〜な)」という2つのスタイルがあります。日本語学習者は状況に応じて切り替えることが求められます。
使い分けの基準
- 丁寧体:初対面・目上・フォーマルな場面(会社・学校・行政等)で使う。日本語学校の授業では丁寧体が基本
- 普通体:友達・家族・仲間内など親しい間柄で使う。SNS・メモ・日記などのくだけた文体でも使う
学習者は「普通体を使ったら失礼になるか」という不安から、常に丁寧体しか使えなくなることがあります。「誰と・どのような場面で話すか」という「場(場面と関係性)」を意識させた指導が重要です。
「言語と社会」区分との関連
登録日本語教員の基礎試験「言語と社会」区分では、敬語・言語変種・場面に応じた言語使用(レジスター)などが出題される可能性があります。敬語は「社会的な関係が言語の形に反映する」という社会言語学の視点で理解することが試験対策に役立ちます。
また「言語と教育」区分では、敬語の指導アプローチ(場面重視・ウチソト等)が出題される可能性があります。
よくある質問
Q. 敬語は初級から教えるべきですか?
「丁寧語(〜ます・〜です)」は初級段階から教えます。「尊敬語・謙譲語」は初級段階では理解が難しいため、一般的には中級以上で体系的に指導します。ただし「いただく(もらう)」「くださる(くれる)」は恩恵表現として初中級段階から必要になるため、文脈に合わせて段階的に導入する設計が重要です。
Q. 文化庁「敬語の指針」の5分類は必ず覚える必要がありますか?
試験「言語と社会」「言語と教育」区分の対策として、5分類(尊敬語・謙譲語Ⅰ・謙譲語Ⅱ・丁寧語・美化語)の基本は押さえておくことをおすすめします。現場での指導で使う機会は限られますが、試験では分類に基づいた判断を問う問題が出る可能性があります。
職場・ビジネス場面での敬語
認定機関で学ぶ多くの学習者は、就職・職場での日本語使用を目標としています。ビジネス場面での敬語使用のポイントを整理します。
電話応対での敬語
電話応対はビジネス日本語の中でも特に「型が決まっている表現が多い」場面です。
- 電話を受けるとき:「はい、○○(会社名)でございます」
- 相手の確認:「○○様でいらっしゃいますか」
- 担当者が不在のとき:「ただいま席を外しております。伝言を承りましょうか」
- 折り返しを伝えるとき:「折り返しお電話差し上げます」
メール・文書での敬語
ビジネスメール・文書では「〜していただけますか」「〜させていただきます」「〜ご確認いただけますでしょうか」などの表現が多く使われます。ただし「させていただく」の多用は「〜します」でよい場面での過剰敬語になることがあるため、使いすぎには注意が必要です。
「ウチ」と「ソト」の使い分けがビジネスで特に重要
「自分の会社の上司・同僚」は社外の人に話すときは「ウチ」として扱うため、謙譲語で表現します。
- 社外に「部長について話すとき」→「弊社の部長の○○が参ります(謙譲語・ウチとして低める)」
- 社内で部長に話しかけるとき→「部長がいらっしゃいます(尊敬語・相手を高める)」
この「社内での敬語」と「社外に話すときの謙譲語」の切り替えは、外国人学習者が最も難しいと感じる日本語敬語の特徴の一つです。
「過剰敬語」と「間違った敬語」
過剰敬語・慣用的に誤用されている敬語の例を整理します。
- 二重敬語:「おっしゃられました(おっしゃる+れました)」→「おっしゃいました」が正しい
- 「〜させていただく」の多用:許可・恩恵の文脈でない場面での多用は違和感。「〜します」「〜いたします」で十分な場面も多い
- 「お客様がお戻りになられました」(「なる」と「れる」の二重敬語)→「お客様がお戻りになりました」が正しい
過剰敬語・誤った敬語は「正しい敬語を使おうとした結果の誤り」であることが多いです。指導では「なぜ誤りなのか・正しい形は何か」を具体的に説明することが重要です。
謙譲語Ⅱ(丁重語)の注意点
謙譲語Ⅱ(丁重語)は「謙譲語Ⅰ(自分の行為を低めて相手を高める)」と異なり、「行為が相手に向かっていなくてもよい」という特徴があります。自分の行為・状態を丁寧に(上品に)表現する場合に使います。
- 「参る」:「私は明日参ります」(相手に向かって行く場合も、どこかへ行く場合にも使える)
- 「申す」:「私は○○と申します」(自己紹介場面。相手に向かって言うわけではない)
- 「いたす」:「お調べいたします」(する→いたす。相手への行為でない場合も使える)
謙譲語Ⅰと謙譲語Ⅱ(丁重語)の区別は、2007年の文化庁「敬語の指針」で明確にされました。試験ではこの区別が問われる可能性があります。「参る・申す・いたす・おる」は謙譲語Ⅱ(丁重語)として整理しておくことが重要です。
まとめ
- 敬語の5分類(文化庁「敬語の指針」):尊敬語・謙譲語Ⅰ・謙譲語Ⅱ(丁重語)・丁寧語・美化語
- 主な尊敬語・謙譲語の対応表(いる・行く・来る・言う・食べる等)を整理して覚える
- 「いただく」と「くださる」の使い分けは学習者が混同しやすい。主語の違いで説明する
- 指導では「場面から入る」「ウチ・ソトの概念を活用する」アプローチが実用的
- 試験「言語と社会」「言語と教育」区分の頻出テーマとして敬語体系・指導アプローチを押さえる
- 謙譲語Ⅱ(丁重語):参る・申す・いたす・おる。「行為が相手に向かっていなくてもよい」という特徴(文化庁「敬語の指針」2007年)
- 授受動詞(くれる・もらう・あげる)の敬語体系(くださる・いただく・差し上げる)は学習者の混同が多い。主語(誰の視点か)で整理する
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