受身形・使役形・使役受身形とは何か
日本語の受身形・使役形・使役受身形は、動詞の活用から生まれる「態(ヴォイス)」と呼ばれる文法カテゴリーです。登録日本語教員の基礎試験でも頻出のテーマであり、学習者が最も混乱しやすい文法項目の一つです。この記事では、三つの形の作り方・意味・指導上の注意点を体系的に解説します。
受身形の作り方と意味
受身形は「〜られる」「〜れる」の形で表され、動作の受け手を主語に立てる構文です。
グループ別の作り方
| グループ | 例 | 受身形 |
|---|---|---|
| I(五段) | 書く・読む | 書かれる・読まれる |
| II(上下一段) | 食べる・見る | 食べられる・見られる |
| III(不規則) | する・くる | される・こられる |
受身形の種類
日本語の受身形には大きく二種類あります。
- 直接受身:「先生に褒められた」(動作を直接受ける)
- 間接受身(迷惑受身):「雨に降られた」「子どもに泣かれた」(他者の行為が自分に影響を与える)
間接受身は英語などにない日本語特有の構造で、学習者が最も苦手とする点の一つです。「子どもに泣かれて困った」は、子どもが泣いたことで話者が迷惑を被ったという意味を含みます。
指導のポイント
受身形の指導では、まず「直接受身」から入り、十分に定着してから「間接受身」に進む段階的アプローチが有効です。誤用として多いのは「私は先生に怒った」(正:怒られた)のような能動・受動の混同です。
使役形の作り方と意味
使役形は「〜させる」「〜せる」の形で表され、誰かに行為をさせることを表します。
グループ別の作り方
| グループ | 例 | 使役形 |
|---|---|---|
| I(五段) | 書く・読む | 書かせる・読ませる |
| II(上下一段) | 食べる・見る | 食べさせる・見させる |
| III(不規則) | する・くる | させる・こさせる |
使役形の二つの意味
- 強制:「親は子どもに野菜を食べさせた」
- 許可・放任:「好きなことをさせてあげた」
文脈によって強制か許可かが変わるため、文脈とともに提示することが大切です。また、使役の格助詞は自動詞のとき「に」「を」両方使える場合があります(「子どもを/に走らせる」)。
指導のポイント
使役形は日常会話でも職場場面でも多用されます。「〜させていただく」という謙譲表現は特に社会人学習者に重要で、ビジネス日本語コースでの優先度が高い項目です。
使役受身形の作り方と意味
使役受身形は使役形と受身形を合わせた複合形で、「誰かにさせられた」という意味を表します。学習者にとって形成が最も複雑な項目の一つです。
グループ別の作り方
| グループ | 例 | 使役受身形 |
|---|---|---|
| I(五段) | 書く・読む | 書かされる・読まされる(短縮形:書かせられる) |
| II(上下一段) | 食べる・見る | 食べさせられる・見させられる |
| III(不規則) | する・くる | させられる・こさせられる |
五段動詞では「書かせられる→書かされる」という短縮が起こります(〜す行で終わる動詞を除く)。この短縮形は口語で多く使われますが、学習者が混乱することもあるため丁寧に説明が必要です。
使役受身形の意味
使役受身形には「強制されて嫌々した」というニュアンスが含まれることが多いです。
- 「残業させられた」(上司に強制された)
- 「野菜を食べさせられた」(嫌だったが食べさせられた)
英語の “be made to do” に近い構造ですが、日本語のほうがニュアンスが豊かです。
三つの形の対比と指導順序
受身形・使役形・使役受身形は関連しているため、比較して教えることが効果的です。
推奨される指導順序
- 受身形(直接受身):初級後半〜中級初め
- 使役形:中級
- 使役受身形:中級後半〜上級初め
- 間接受身:中級〜上級(複雑なため後回し)
対比提示の例
| 構文 | 例文 |
|---|---|
| 能動 | 先生が学生を叱った |
| 受身 | 学生が先生に叱られた |
| 使役 | 先生は学生に宿題をさせた |
| 使役受身 | 学生は先生に宿題をさせられた |
学習者の典型的な誤用と対処法
受身形の誤用例
- 「私は田中さんにプレゼントを贈った」→「私は田中さんにプレゼントを贈られた」の混同
- 動作主の格助詞「に」を「が」と間違える(「先生がほめられた」)
- 自動詞への受身(「*雨が降られた」):間接受身の理解不足
使役形の誤用例
- 「子どもを食べさせる」(自動詞に「を」を使う場合の混乱)
- 「〜させてあげる」の使いすぎ(上から目線に聞こえる場合)
使役受身形の誤用例
- 「書かせされた」のような二重活用
- 短縮形と非短縮形の混在
誤用を発見したら即座に訂正するのではなく、「フォーカス・オン・フォーム」の手法で自然な文脈の中でリキャスト(言い直し提示)するアプローチが学習効果を高めます。
コミュニカティブな練習活動の例
文法形式だけでなく、実際のコミュニケーションで使えるように練習することが重要です。
受身形の練習
- 「今までで嬉しかったこと・悲しかったこと」を受身形で話す活動
- ニュース記事の書き換え(能動→受身・受身→能動)
使役形の練習
- 親子・上司部下のロールプレイ(「〜させる・〜させてください」)
- 職場場面での「〜させていただく」の使い分け
使役受身形の練習
- 「嫌だったけれどしなければならなかったこと」を話す活動
- 職場・学校・家庭の場面でのインタビュー活動
試験対策のポイント
登録日本語教員の基礎試験では、次のような問題が出題される可能性があります。
- 受身形・使役形・使役受身形の作り方と意味の区別
- 間接受身(迷惑受身)の特徴
- 学習者の誤用の原因と指導法
- 適切な指導順序の判断
文部科学省が公表している「出題内容及びサンプル問題」の「言語と教育」区分(出題割合約3〜4割)および「言語」区分(約3割)に含まれるテーマです。文法形式の説明だけでなく、指導法・誤用分析との関連でも問われるため、実践的な観点から理解を深めておきましょう。
よくある質問
Q:受身形と使役形はどちらを先に教えるべきですか?
A:一般的に受身形を先に教えます。受身形は「〜された」という比較的シンプルな意味から入れるのに対し、使役形は「強制」と「許可」の二義性があり複雑さが増すためです。
Q:使役受身形の短縮形はいつ教えるべきですか?
A:使役受身形の基本形を定着させてから導入します。口語でよく使われるため、中級後半以降に口語表現として紹介する方法が実用的です。
Q:間接受身(迷惑受身)は英語話者に教えにくいのですが、良い方法はありますか?
A:「困った・被害を受けた」という感情的なニュアンスを中心に据えて説明すると伝わりやすいです。「彼女に泣かれた」は「彼女が泣いた、それが私にとって困った」という構造で、話者の被害感情を添えることで意味が成立するという点を強調します。
Q:「させていただく」は使役受身ですか?
A:「させていただく」は使役形「させる」の連用形に「いただく」(もらうの謙譲語)が接続した表現です。厳密には使役受身形ではありませんが、関連する文法として一緒に指導することで理解が深まります。
まとめ
受身形・使役形・使役受身形は日本語文法の中でも複雑な「態(ヴォイス)」に関わるテーマです。それぞれの形の作り方・意味・使い方の違いを明確に理解したうえで、学習者の誤用を予測した指導計画を立てることが重要です。登録日本語教員の基礎試験に向けては、文法知識だけでなく「なぜ学習者がつまずくのか」「どう指導するのか」という指導法の視点から準備することをおすすめします。
当サイトの登録日本語教員 基礎試験 AI問題集では、態(ヴォイス)を含む全出題区分の問題をAIが毎回新しく作成します。繰り返し練習して試験本番に備えましょう。
受身形・使役形・使役受身形の日本語教育史での位置づけ
受身形・使役形・使役受身形は、音声・語彙・文法の中でも「構文」に関わる中核的な指導項目として、日本語教育の歴史の中で常に重視されてきました。1960年代の文法訳読法の時代から現代のコミュニカティブ・アプローチに至るまで、指導の方法論は変化しても、これらの形の重要性は変わっていません。
また、CEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)やJFS(JF日本語教育スタンダード)のB1〜B2レベルでは、受身・使役・使役受身を含む複雑な構文を「正確に使える」ことが到達目標として示されています。国際的な指標でも中核的な文法能力として位置づけられているテーマです。
学習者の習得順序に関する研究知見
第二言語習得研究では、日本語学習者が受身形・使役形・使役受身形をどの順で習得するかについていくつかの研究が行われています。一般的な知見は次の通りです。
- 直接受身は比較的早い段階で習得される傾向がある
- 使役形は強制と許可の二義性があるため理解に時間がかかる
- 間接受身(迷惑受身)は言語類型論的に珍しい構造のため、非漢字圏・欧米圏の学習者は習得が遅くなる傾向がある
- 使役受身形は形成規則の複雑さから、習得が最も遅い傾向がある
この習得順序を念頭に置いたシラバス設計(習得が難しいものを後に持ってくる)が、効率的な指導につながります。
実際の教科書での扱い方
代表的な初中級教科書では、受身形・使役形・使役受身形を次のような形で扱うことが多いです。
- 初級後半(N4相当):受身形(直接受身)・使役形の基本を導入
- 中級前半:間接受身(迷惑受身)・使役受身形を導入
- 中級後半:敬語との組み合わせ(〜させていただく・〜ていただく等)を整理
各教科書によって導入順序や説明の仕方は異なりますが、学習者の負担を考慮して段階的に積み上げる構成が主流です。
文法形式と意味・使用の三側面指導
受身形・使役形・使役受身形の指導では、形式(Form)・意味(Meaning)・使用(Use)の三側面をバランスよく扱うことが重要です。
- 形式(Form):活用の作り方・変換練習(穴埋め・変換問題)
- 意味(Meaning):各形の表す意味・ニュアンス(強制か許可か・迷惑かどうか等)
- 使用(Use):どんな場面・文脈で使うか(職場・家庭・ニュース等)
形式の練習だけでは実際の会話で使えるようになりません。意味の理解と実際の使用場面への接続を組み合わせた活動設計が求められます。
異文化的背景との関連
間接受身(迷惑受身)は日本語文化と深く結びついた表現です。「子どもに泣かれて困った」「友達に急に来られて大変だった」のような表現は、他者の行動によって自分が影響を受けたという被害感覚を表します。このような表現が生まれた背景には、日本語が「迷惑・被害を受けた話し手の視点」を言語化する仕組みを発達させてきたという文化的・言語的特徴があります。外国語話者にとってはこの視点そのものが新しい概念であることが多く、言語と文化を組み合わせた説明が理解を深めます。
受身形・使役形を活かした文章スタイル指導
受身形・使役形の習得は、スタイルの切り替えにも直結します。日本語のニュースや公文書では受身形が多用され、話し言葉では使役形や使役受身形が多く現れます。中上級以降の学習者には、文体(書き言葉・話し言葉・フォーマル・インフォーマル)とこれらの形の使用頻度の関係も指導対象になります。
また、ライティング指導では「受身形を使って客観的に書く」「使役形を使って行動の責任者を明示する」というスタイル上の選択を意識させることが、高度な表現能力の育成につながります。受身形・使役形の指導は単なる形の暗記にとどまらず、表現力の幅を広げる重要な指導です。
指導評価:態(ヴォイス)の習熟度をどう測るか
受身形・使役形・使役受身形の習熟度を評価するには、単純な穴埋め問題(形式の正確さ)だけでなく、産出タスクを用いたパフォーマンス評価が有効です。
- 絵を見て文を作る:場面を見て適切な受身・使役・使役受身の文を産出する
- ロールプレイ:会話の中で自然に使えるかどうかを評価する
- 誤り訂正問題:誤った文を正しく直すことで理解度を測る
- 書き言葉産出:作文や短い説明文の中で適切に使えるかを評価する
こうした多面的な評価を通じて、形式の知識と実際の運用能力の両方を把握することが、登録日本語教員としての評価設計の基本です。
受身形・使役形・使役受身形の三つを一まとまりのカリキュラムとして計画し、段階的に積み上げながら最終的には自然な会話・文章の中で使いこなせるレベルを目指すことが、指導の理想的なゴールです。試験対策としても実践的な指導力としても、この分野への深い理解が求められます。受身・使役・使役受身の習得は学習者にとって大きな達成感を伴うマイルストーンであり、中級以降の日本語運用能力の核を形成します。

コメント