クリニックのハラスメント防止研修は、パワハラ・セクハラ・マタハラの3つの防止義務を根拠とする研修と、患者・家族からのカスタマーハラスメントへの対応体制整備の2本立てで考える必要があります。パワーハラスメント防止措置は2022年4月から中小企業を含む全事業主に義務化されました(労働施策総合推進法第30条の2)。セクシュアルハラスメント防止措置は男女雇用機会均等法第11条が根拠で、こちらは以前から全事業主が対象です。研修の実施記録は、労働局の是正指導や保健所の立入検査への備えとして保存しておくことが求められます。
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ハラスメント防止の3つの義務と根拠条文
クリニックが対応すべきハラスメント防止義務は3種類あります。それぞれ根拠法令と対象事業主の範囲が異なります。
| 種類 | 根拠条文 | 義務の内容 | 中小企業の扱い |
|---|---|---|---|
| パワーハラスメント防止 | 労働施策総合推進法第30条の2 | 方針の明確化・相談体制整備・再発防止措置 | 2022年4月から義務(それ以前は努力義務) |
| セクシュアルハラスメント防止 | 男女雇用機会均等法第11条 | 方針の明確化・相談体制整備・事後措置 | 規模を問わず全事業主が義務 |
| 妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント防止(マタハラ) | 育児・介護休業法第25条 | 方針の明確化・相談体制整備・事後措置 | 規模を問わず全事業主が義務 |
「中小企業だから対象外」という扱いができるのはパワハラについて2022年3月31日以前のみで、現在はすべての診療所に義務があります。3法令のいずれについても、厚生労働省の指針(令和2年1月15日付告示等)が具体的な措置内容を定めており、研修の実施はその措置の一つとして位置づけられています。
パワーハラスメントの6類型と医療現場の事例
労働施策総合推進法に基づく厚生労働省の指針(令和2年厚生労働省告示第5号)は、パワーハラスメントを「優越的な関係を背景にした、業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により、就業環境を害すること」と定義し、6つの類型を示しています。
| 類型 | クリニックで起きやすい具体例 |
|---|---|
| ①身体的な攻撃(暴行・傷害) | 物を投げる、肩をつかむ、叩くなどの物理的な接触 |
| ②精神的な攻撃(脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言) | 「こんなこともできないのか」「クビにするぞ」など人格を否定する発言 |
| ③人間関係からの切り離し(隔離・仲間外れ・無視) | 特定のスタッフだけ申し送りから外す、挨拶を返さないなど |
| ④過大な要求(業務上明らかに不要なことの強制) | 終業後も残業を強制する、1人で対応できない量の仕事を押しつける |
| ⑤過小な要求(仕事を与えない・程度の低い仕事のみさせる) | 看護師に清掃のみをさせ続ける、退職を促すために閑職に追いやる |
| ⑥個の侵害(私的なことへの過度な立ち入り) | プライベートなSNSや交友関係の詮索、家族構成を繰り返し聞く |
医療機関では院長(医師)から看護師・事務スタッフへの言動がパワハラに該当するケースが多く報告されています。「指導」と「ハラスメント」の境界を研修で明確にすることが、職場環境の維持につながります。指導として許容される範囲は「業務上必要かつ相当な範囲内」であり、感情的な叱責・人格否定・必要以上の叱責の繰り返しはこの範囲を超えます。
クリニックで起きやすいセクハラ・マタハラの類型
セクシュアルハラスメントの2つの類型
職場のセクシュアルハラスメントは「対価型」と「環境型」の2つに分類されます。
- 対価型:性的な言動への拒否・抵抗に対して、解雇・降格・減給・異動などの不利益を与えること。「付き合わないと辞めてもらう」などが該当します。
- 環境型:性的な言動によって就業環境が不快になること。性的な冗談を繰り返す、身体に不必要に触れる、容姿についてのコメントを続けるなどが該当します。
クリニックの場合、少人数の職場であることが多く、院長・先輩スタッフとの日常的な距離感が近い反面、セクシュアルな言動が「親しみ」として受け取られてしまうことがあります。研修では「相手が不快に感じれば職場環境型セクハラになりうる」という認識を共有することが重要です。
妊娠・出産・育児に関するハラスメント(マタハラ)
マタハラは、妊娠・出産・育児休業等の取得を理由とした不利益な取り扱いや、制度利用の申し出・利用を阻害するような言動を指します。育児・介護休業法が定める制度(育児休業・短時間勤務・看護休暇など)の取得を妨げる言動も含まれます。
- 「妊娠するなら辞めてほしい」「時短勤務の人に任せられる仕事はない」などの発言
- 育児休業の取得申し出に対して、周囲の目を意識させる発言や、復職後の不利益を示唆すること
- 育児休業取得後の復職者を雑務だけに配置するなどの配置転換
看護師・受付スタッフを含む女性スタッフが多いクリニックでは、マタハラが発生しやすい環境でもあります。院長だけでなく、先輩スタッフからの言動も対象になることを研修で伝える必要があります。
患者・家族からのカスタマーハラスメントへの対応体制
医療機関では、患者・家族から職員への迷惑行為(カスタマーハラスメント)が問題になることがあります。暴言・長時間クレーム・医療行為への不当な要求・SNSへの個人攻撃などが該当します。
2025年4月施行の改正労働施策総合推進法では、カスタマーハラスメントへの対応が事業主の措置義務として明示されました。クリニックは患者を診療する義務がある一方で、職員の安全と就業環境を守る義務もあります。両者のバランスをどう取るかを、あらかじめ方針として決めておくことが求められています。
研修で周知しておく内容は次のとおりです。
- カスタマーハラスメントの定義(正当なクレームとの違いの基準)
- 一人で対応せず複数対応・管理職対応にエスカレーションする手順
- 長時間・執拗なクレームの場合の対応打ち切り基準
- 身体的危害の恐れがある場合の警察への通報判断基準
- 対応後のスタッフへのフォロー(相談窓口の案内・振り返りの実施)
患者との関係上、「クレームを受けたら何でも対応する」という姿勢は、職員を消耗させ離職につながります。方針を文書化し、全員で共有することが、職員を守るための職場環境整備になります。
研修で整備する相談窓口と対応フロー
ハラスメント防止の措置義務の一つに「相談体制の整備」があります。相談窓口の設置とその周知が義務として求められています。少人数のクリニックでは院長が窓口になると「院長からのパワハラを相談できない」という問題が生じます。
実務的な対応として、院内相談窓口(担当者を決める)に加えて、社会保険労務士・産業医・都道府県の総合労働相談コーナー(厚生労働省設置・無料)を外部相談窓口として案内することが有効です。相談窓口の連絡先を院内の掲示やスタッフハンドブックに記載しておくことで、「窓口があること」の周知義務を満たすことができます。
研修で伝える対応フローの基本は次のとおりです。
- ハラスメントが起きた(または感じた)→ 相談窓口に相談する
- 相談を受けた担当者が事実確認を行う(当事者双方から聞き取り)
- 事実と判断された場合は加害者への措置・被害者への配慮を行う
- 再発防止策を決め、職員全体に周知する(個人を特定しない形で)
- 対応内容と結果を記録に残す
「相談されても何もしなかった」という状態は、事業主の対応義務違反に当たります。相談を受けたら必ず何らかのアクションをとり、記録に残すことが重要です。
研修の実施頻度と記録
ハラスメント防止研修の実施頻度に関して、3法令に「年〇回以上」という明示的な定めはありません。厚生労働省の指針では「定期的な周知・啓発」が求められており、年1回以上の実施が一般的な解釈とされています。
新規採用者に対しては採用時に個別の説明を行い、全員研修を年1回以上実施するという形が多く見られます。また、院内でハラスメントに近い出来事が発生した場合は、追加の研修・周知を行うことが求められます。
研修記録には実施日・参加者・内容・担当者を記載し、5年程度を目安に保存してください。労働局の是正指導が入った際に研修記録の提示を求められることがあります。
クリニックで実施が必要な研修の全体像は「クリニック・診療所の法定研修、何が義務で年何回か。」に一覧があります。
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