意思決定支援は、障害者グループホーム(共同生活援助、以下GH)の運営基準に定められた義務の一つです。指定障害福祉サービスの事業等の人員、設備及び運営に関する基準(平成18年厚労省令第171号、以下指定基準)第210条の5は、利用者の意思決定の支援に配慮した共同生活援助を提供することを求めています。
この義務は「できれば行う」ではなく、研修を通じて職員全員が理解し実践できる状態にすることが前提とされています。ただし意思決定支援は「何かを決める大きな場面」だけの話ではありません。「何を食べたいか」「どこに行きたいか」「誰といたいか」といった日常の小さな場面での意思の確認が積み重なって初めて、本人の意思が支援者に見えてくるものです。
この記事では、GHの職員研修で押さえておくべき「日常場面での意思確認の具体的な方法」に絞って整理します。
意思決定支援に関する国のガイドライン
意思決定支援の考え方と進め方を示した国の文書として、「障害福祉サービス等の提供に係る意思決定支援ガイドライン」(平成29年3月・厚生労働省)があります。このガイドラインは研修の基礎資料として広く参照されています。
ガイドラインが示す意思決定支援の基本的な考え方を要約します。
意思決定能力は原則として「ある」と推定する:知的障害・精神障害があっても、意思決定能力がないとは断定できません。本人が何を望んでいるかを最大限に確認するための支援を先に行います。
意思決定の3段階:① 本人の意思の確認(まず聞く・見る)→ ② 推定意思(過去の言動・嗜好・生活歴から推測する)→ ③ 最善の利益(本人の意思が確認できない場合に支援者が関与者と合議して判断する)という順序で進めます。①が確認できればそれが優先されます。
支援しても確認できない場合でも本人の利益を優先する:意思が確認できない場合に支援者が判断するときも、本人の過去の発言・好き嫌い・表情・体の反応などをもとに「本人がこの状況をどう感じるか」を丁寧に検討します。
日常の場面での意思確認:具体的な進め方
研修では、次のような日常場面を取り上げ、「どう意思を確認するか」を職員で共有します。
食事・食材の選択:「今日の昼食は何にしますか」という質問に言葉で答えることが難しい利用者に対して、複数の食材・メニューの写真・実物を見せる、指さし・視線で選んでもらう方法があります。毎回の選択結果を記録しておくことで、「この利用者は〇〇が好き」という推定意思の形成につながります。
外出・活動の選択:「どこに行きたいか」を選んでもらう場面では、行き先の写真を複数並べて選択できるようにする方法が参考になります。行き先を選ぶプロセス自体が、本人の意思表示を尊重する実践として機能します。
日課の組み立て:就寝・起床・入浴のタイミングについて、「何時に起きたいですか」「先にお風呂に入りますか」という確認を継続することで、本人の希望のリズムが分かってきます。確認ができない場合でも、試してみることで反応を確認できます。
人間関係の選好:「誰と一緒にいたいか」「話したい相手は誰か」という確認は、グループホームの生活の質に直結します。特定の職員・利用者との関係を本人が好んでいるかどうかを、日常の反応から観察・記録します。
言語表現が難しい利用者への意思確認
知的障害・自閉スペクトラム症・重複障害のある利用者の中には、言葉では意思を表現しにくい方がいます。研修でよく取り上げる確認の手段を整理します。
表情と体の反応を読む:笑顔・身を乗り出す・視線が向く(肯定の反応)、顔を背ける・体をこわばらせる・手で払う(否定の反応)などの非言語的なサインを職員間で共有します。「この利用者はこのときにこういう反応をする」という情報を記録として蓄積します。
絵・写真・シンボルを使う:AAC(拡大代替コミュニケーション)の考え方に基づき、選択肢を視覚的に提示することで、指さし・視線で選んでもらう方法です。特別なツールがなくても、写真を印刷して並べるだけで実践できます。
試してみる(経験を通じた確認):「好きかどうか言葉で確認できない」場合、実際にやってみてその反応を観察します。「音楽が好きかどうか分からない」という場合は、実際に音楽を流したときの反応を記録することが「確認の方法」になります。
過去の記録から読む:これまでの支援記録・相談支援専門員のサービス等利用計画・家族からの情報に、本人の好みや生活歴が残っていることがあります。「この人は昔、農業が好きだった」という情報は、現在の活動の選択に活かせます。
意思決定支援の記録の残し方
意思決定支援の実践を記録として残すことは、支援の質を評価し、引き継ぎを可能にするために重要です。次の情報を残す形が参考になります。
- 何を確認したか(食事・外出・日課・対人関係など)
- どのような方法で確認したか(口頭・写真提示・表情観察など)
- 本人の反応・選択の結果(言葉・非言語的反応を具体的に)
- 確認できなかった場合の推定意思とその根拠
- 実施した支援の内容とその後の本人の様子
記録が積み重なることで、担当者が替わっても支援の継続性が保たれ、個別支援計画の見直しの根拠にもなります。
推定意思の使い方と注意点
推定意思とは、本人の意思が直接確認できない場合に、「本人ならこうするのではないか」と支援者が判断する際の材料です。支援者が自分の価値観や便宜で「〇〇の方が本人のためになる」と決めてしまうことは推定意思の適用ではありません。
研修で押さえておきたい点として、次の区別があります。
推定意思として適切な例:過去に本人が楽しそうにしていた活動・好んでいた食べ物・関わりたがっていた人・避けていた場所などの観察・記録をもとに判断すること。
推定意思として不適切な例:「職員が管理しやすい方を本人も望んでいるはずだ」「家族が希望しているから本人もそれを望んでいるはず」という決めつけ。これは本人の意思の推定ではなく、支援者側の都合の優先です。
研修では、事例を使って「この判断は本人の意思か、支援者の都合か」を職員が考える場面を作ることが、理解の定着につながります。
最善の利益の判断が必要な場面
本人の意思を確認するための支援を尽くしても、医療的な緊急判断・引っ越し・入院等の重大事項を本人が理解して選択することが難しい場面があります。こうした場合は「最善の利益」の観点で関係者が合議して判断します。
最善の利益の判断に参加する関係者は、支援者・相談支援専門員・家族・医療関係者など、本人をよく知る人々です。「職員一人が決める」のではなく、複数の関係者の視点を合わせることが求められます。合議の経過を記録に残しておくことも重要です。
地域連携推進会議との接続
指定基準第210条の7が求める地域連携推進会議では、日常の支援実践を外部の視点で評価してもらう機会があります。意思決定支援の実践について、自己評価の結果と具体的な取り組みを報告することで、外部委員からのフィードバックを支援の改善に活かせます。
障害者グループホーム向け法定研修・訓練キット
障害者グループホームの法定研修(12テーマ)に対応した研修・訓練キットを公開しています。意思決定支援テーマの研修教材・確認テスト・受講記録様式をブラウザで使えます。
出典:指定障害福祉サービスの事業等の人員、設備及び運営に関する基準(平成18年厚労省令第171号)第210条の5・厚生労働省「障害福祉サービス等の提供に係る意思決定支援ガイドライン」(平成29年3月)。


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