就労移行支援の虐待防止研修、支援員が「職場での虐待」に気づきにくい理由がある。
就労移行支援の虐待防止研修は、年1回以上の実施が義務だ。委員会も年1回以上の開催が求められる。
就労移行支援には、他の障害福祉サービスと異なる論点がある。利用者が就職後も定着支援の対象として事業所と関わり続けるため、「就労した職場での虐待」にも目を向ける必要がある点だ。
就職先の上司・同僚・会社が利用者に対して行う虐待は、「使用者による虐待」として障害者虐待防止法が対象としている。事業所の外で起きているため、支援員が直接目にする機会は少ない。しかし、定着支援期間中の職場訪問や利用者との面談の中で、そのサインに気づくことができる立場でもある。
事業所内での虐待防止に加えて、利用者が働く職場での扱いを把握し、必要に応じて行政や関係機関と連携する視点を職員が持つことが、就労移行支援の虐待防止研修では特に重要になる。
根拠となる基準省令の条文。
基準省令(指定障害福祉サービス等基準省令)は就労移行支援について次のように規定している。
指定就労移行支援事業者は、虐待の防止のための措置として、次に掲げる措置を講じなければならない。
一 虐待を防止するための対策を検討する委員会(テレビ電話装置等を活用して行うことができるものとする。)を定期的に開催するとともに、その結果について、従業者に周知徹底を図ること。
二 虐待を防止するための指針を整備すること。
三 従業者に対し、虐待の防止のための研修を定期的に実施すること。
四 上記の措置を適切に実施するための担当者を置くこと。
(指定障害福祉サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準 就労移行支援に関する条文より引用)
「定期的に」の水準は解釈通知(障発0330第12号)が年1回以上と示している。担当者の設置も義務として明記されている。
義務の構成は「委員会・指針・研修・担当者」の4点セットだ。研修の回数だけ足りていても、指針が古かったり担当者が不在だったりすると、基準を満たしていないとみなされる場合がある。運営指導では4点すべてが確認対象になる。
定着支援期間中に職場での虐待を発見する機会がある。
就労移行支援の事業所は、利用者が就職した後も一定期間(就職後6ヶ月間を上限として)定着支援を行う。この間、支援員は利用者が働く職場を訪問したり、利用者と定期的に面談したりする機会を持つ。
この定着支援期間が、「使用者による虐待」に気づく機会になる。職場で虐待が起きていても、当事者である障害者が自分から申し出ることは難しい場合が多い。利用者本人が「これが普通だ」と思っている場合もある。支援員が注意して関わることで、早期に状況を把握できる。
定着支援の中で気づきやすい使用者虐待のサインには次のようなものがある。
- 賃金が最低賃金を下回っている、または賃金から不当な金額が差し引かれている
- 雇用契約書に記載された業務内容と実際の業務内容が大きく異なる
- 休憩が取れていない・残業が常態化している
- 上司・同僚から繰り返し怒鳴られている・無視されている
- 「辞めたいが辞めさせてもらえない」という言葉を利用者から聞く
- 体重が急に減った・表情が暗くなったなどの身体・精神面の変化
職場訪問の際に「何か困っていることはないか」と直接聞くだけでなく、職場の雰囲気・利用者の表情・業務の様子を観察することが早期発見につながる。利用者が「大丈夫」と言っていても、表情や言葉のトーンに違和感を感じた場合は、その記録を残し事業所内で情報共有することが重要だ。
障害者虐待防止法が定める「使用者による虐待」と通報義務。
障害者虐待防止法は、虐待の種類として「使用者による虐待」を定めている。就職先の使用者(会社・事業主)が、働く障害者に対して身体的虐待・心理的虐待・経済的虐待などを行った場合、使用者虐待に当たる。
同法は、使用者虐待を発見した場合に都道府県への通報義務を定めている(通報を受けた都道府県は都道府県労働局長に通知する)。支援員がこの通報義務の存在を知っているかどうかが、研修の重要なポイントになる。
実際の対応の流れは次のとおりだ。
- 使用者虐待を発見、または疑いがあると判断した場合、まず事業所管理者に報告する
- 事業所として都道府県(障害福祉担当部局)に通報する。都道府県労働局への相談も同時に行うことができる
- 通報を受けた都道府県は都道府県労働局長に通知し、事業主への監督・指導につながる
通報は確証がなくても「虐待を受けたと思われる障害者を発見した場合」に義務が生じる。確証がなければ通報できないと誤解している職員がいる場合は、研修でこの点を明確にする必要がある。
また、障害者就業・生活支援センター(なかぽつ)や地域障害者職業センターへの相談も選択肢の一つだ。通報・相談窓口を複数知っておくことが、現場の判断の助けになる。
事業所内での虐待防止の基本も欠かせない。
職場での虐待への目配りと並行して、事業所内での虐待防止の基本知識も研修の柱だ。
障害者虐待防止法が定める虐待の種類は次の5つだ。
- 身体的虐待:殴る・蹴るなどの身体的な暴力・過酷な行為
- 性的虐待:わいせつ行為や性的な侮辱
- 心理的虐待:怒鳴る・脅す・無視・屈辱的な扱い
- ネグレクト:支援・介助・医療などを意図的に怠ること
- 経済的虐待:財産を無断で使う・金銭を勝手に持ち出すなど
支援員が日常的に接する場面で、虐待に当たる行為が意図せず起きることがある。「早くしなさい」「なぜできないの」といった言葉が心理的虐待に当たる可能性がある。研修では、こうした「気づきにくい虐待」を扱うことが重要だ。
「不適切な支援」と「虐待」の境界線は、合理的な理由があるかどうかで判断する。
研修で難しいのは、「虐待」と「不適切な支援」の境界線だ。明らかな暴力は虐待と判断しやすいが、声の大きさや言葉の選び方・支援の方法は「虐待かどうか」がはっきりしない場合が多い。
判断の基準として「合理的な理由のない行為か」という視点が使いやすい。利用者に苦痛を与えている場合や尊厳を傷つけている場合は、たとえ意図がなくても虐待や不適切支援に当たる可能性がある。
研修では、次のような具体的な場面を使ったグループワークが効果的だ。
- 利用者が訓練中にミスを繰り返した場合に、職員がどこまで叱責できるか
- 利用者が他の利用者に暴力をふるった場合の対応(物理的な制止はどこまでできるか)
- 利用者が「もう訓練したくない」と言った場合に、どこまで参加を促してよいか
ケーススタディ形式で「これは虐待か・不適切な支援か・適切な支援か」を職員が話し合うことで、判断の基準が共有される。正解を一方的に教えるだけの研修より、職員が自分の言葉で考える機会を作ることが研修の効果を高める。
また、職員の疲弊や燃え尽きが虐待リスクを高めることも研修で触れておきたい内容だ。支援の難しさを抱え込まずに相談できる職場環境を維持することが、虐待防止の土台になる。
利用者・家族への周知は、指針の中に方法を定める。
基準省令が義務として定める「指針の整備」には、利用者本人・家族への周知方法を含めることが求められる。「どこに相談すればよいか」「どのような行為が虐待に当たるか」を利用者や家族が知っておくことが、虐待の早期発見・防止につながる。
周知の方法として一般的なのは、重要事項説明書への記載と契約時の説明だ。支援中に改めて研修資料として配布する形でも構わない。就労移行支援では、就職が近くなったタイミングで「就職先での虐待(使用者虐待)」についても利用者に伝えておくことが現実的だ。利用者自身が使用者虐待の概念を知っていれば、問題が起きた際に相談しやすくなる。
利用者への伝え方は、障害の特性に合わせてわかりやすく噛み砕く必要がある。「虐待防止法」という言葉を使わなくても、「もし職場で困ったことがあったら、必ず連絡してください。一緒に考えます」という伝え方で十分な場合もある。
指針の整備と毎年の見直し。
虐待防止の義務の中に「指針の整備」がある。指針は一度作って終わりではなく、年1回以上の見直しが求められている。
指針に含めるべき主な事項は次のとおりだ。
- 虐待の定義と対象となる行為の例
- 虐待を発見した場合の報告ライン(誰に・どのように報告するか)
- 外部通報先の一覧(都道府県・都道府県労働局・障害者就業・生活支援センターなど)
- 利用者・家族への周知方法
- 就職後の利用者に関する情報共有の方法
特に就労移行支援では「就職後の利用者に関する情報共有の方法」を指針に明記することが重要だ。定着支援を通じて把握した使用者虐待の疑いを、事業所内でどのように共有・対応するかの流れを指針として文書化しておく。
指針の見直しは委員会の議題として組み込むと、委員会と指針更新を同じ機会に行える。4月の虐待防止研修・委員会のタイミングで、前年度の事案を踏まえて指針の内容を確認・更新する形が継続しやすい。
委員会の議題として取り上げる内容。
虐待防止委員会は年1回以上の開催が義務だ。委員会の議題として取り上げる内容の例は次のとおりだ。
- 前年度の研修の実施状況と参加人数の確認
- ヒヤリハット事例の共有(虐待に至りそうだった事案)
- 指針の内容に変更が必要な点の確認・更新
- 就職後の利用者の状況で気になる事案(使用者虐待の疑いがないか)の共有
- 次年度の研修テーマと年間計画の確認
「就職後の利用者の状況」を議題に入れることが、就労移行支援の委員会の特徴だ。他の障害福祉サービスでは事業所内の虐待だけが委員会の関心事になるが、就労移行支援では在籍中の利用者と就職済みの利用者の両方を対象に考える必要がある。
委員会を研修の直後に開催する形にすると、研修で学んだ内容を議題に活かしやすい。委員会の記録は年間計画・研修記録とともに保存し、運営指導に備えておく。
担当者の役割と新人職員への研修。
基準省令は担当者の設置を義務としている。担当者は研修の企画・実施管理だけでなく、日々の業務の中で虐待の芽に気づき、組織として対応するための窓口になる役割を担う。
担当者が行う主な業務は次のとおりだ。
- 年間の研修計画の作成と実施管理
- 虐待防止指針の管理・更新(委員会への提案)
- ヒヤリハットや苦情の情報を集約し、委員会に報告する
- 就職後の利用者に関する情報を定着支援担当者から収集し、使用者虐待の疑いがあれば管理者に報告する
- 職員からの相談を受ける
担当者は管理者が兼ねる形でも構わないが、職員が「相談しやすい存在」としての役割を期待されている。管理者が担当者を兼ねる場合は、職員が直接報告できる別のルートも確保しておくことが望ましい。
採用・着任時の研修についても確認が必要だ。解釈通知は、採用・着任時にも虐待防止に関する研修を行うことを求めている。新たに採用した職員が定着支援の担当者になる可能性もある。就労移行支援の事業所では、新人が定着支援を通じて「職場での虐待」に直面することが起きうるため、着任時の研修で使用者虐待の基礎知識を伝えることが重要だ。
運営指導で確認される書類。
行政による運営指導では、虐待防止に関する次の書類が確認対象になる。
- 研修の記録:実施日・参加者名・研修のテーマ・使用した資料(または資料の概要)
- 委員会の記録:開催日・出席者・議題・決定事項
- 指針:整備されているか・最後に見直した日が記載されているか
- 担当者の設置:誰が担当者か(就業規則や業務分担表などで確認)
特に確認されやすいのは「研修の記録が参加者ごとに残っているか」だ。「研修を実施した」だけでなく、誰が参加したかを記録しておく必要がある。パート・非常勤職員の参加状況も含めて記録に残しておくことが望ましい。
委員会の記録は「開催した事実」だけでなく、「何を議題にして何が決まったか」まで残しておく。「特になし」しか書かれていない議事録は、形式的な開催とみなされる可能性がある。就労移行支援特有の議題(就職後の利用者の状況確認など)を毎回盛り込むことで、実質的な委員会運営として記録に残せる。
就労移行支援の法定研修の全体像。
| テーマ | 研修の年間回数 | 訓練の年間回数 | 委員会 |
|---|---|---|---|
| 虐待防止 | 年1回以上 | なし | 年1回以上 |
| 身体拘束の適正化 | 年1回以上 | なし | 年1回以上 |
| 感染症 | 年2回以上 | 年1回以上 | なし |
| BCP | 年1回以上 | 年1回以上 | なし |
12ヶ月の年間計画に落とし込むと、感染症研修を2回配置し、残りの月にBCP研修・BCP訓練・虐待防止研修・委員会・身体拘束研修・委員会・感染症訓練などを割り振る。就労移行支援のキット独自テーマ「就職活動と職場定着の支援」を加えた12テーマで12ヶ月をカバーできる。
年間スケジュールの組み方。
12ヶ月の義務をどこに置くかは、他の業務との兼ね合いで決める必要がある。就労移行支援では、就職活動が活発になる時期(春・秋)に職員の業務量が増えることが多い。その時期に重い研修を入れると実施が難しくなる場合がある。
組み方の一例として、義務の少ない5月・8月などを「落ち着き月」として確保し、研修や訓練を4月・6月・7月・9月・11月・12月・1月あたりに分散させる形がある。就労移行支援のキット独自テーマ「就職活動と職場定着の支援」は、就職活動の多い10月に実施すると研修内容と業務が連動して職員に刺さりやすい。
年間計画は紙やスプレッドシートで作り、各月の担当者と研修テーマを記載しておく。実施後に「実施日・参加者数」を記録することで、計画と実績の対比が一覧で確認できる。運営指導では「計画に対してどのくらい実施できたか」が確認されることがある。計画書は年度開始前に作成し、委員会で確認した記録を残しておく。
感染症研修は他のテーマと異なり年2回以上の義務があるため、年間計画を立てる段階で2回分を確保しておくことが抜けを防ぐポイントになる。BCP訓練・感染症訓練はそれぞれ年1回以上の訓練が必要なため、机上訓練として委員会や研修と同日に組み合わせる形でも記録として残せる。
就労移行支援向けの法定研修ツール。
就労移行支援向けの法定研修・訓練キットを公開している。虐待防止を含む12テーマの研修資料・確認テスト・受講記録・委員会の議題案・年間計画を1つのツールで作れる。就労移行支援のキット独自テーマ「就職活動と職場定着の支援」では、障害者雇用促進法・定着支援の方法・通報義務の内容が含まれている。
無料版では虐待防止の1テーマをすべての機能で試すことができる。


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