フリーランスエンジニア・Webデザイナー・ライターがインボイスに登録した場合、これまで申告不要だった消費税を毎年納めることになります。その分の負担を月の単価に上乗せしてほしいと委託先(クライアント・エージェント)に相談することは、法律的に正当な行為です。
ただ、いくら正当な行為でも「消費税が増えたので単価を上げてください」という一文だけでは、クライアントはどう判断すればよいか分かりません。相談が通りやすくなるのは、いくら・なぜ・どういう根拠でを具体的に伝えたときです。
この記事では、消費税分の値上げを委託先に相談する際の「根拠・タイミング・文書の作り方」を整理します。
相談の根拠となる法律
消費税の値上げ交渉には、複数の法律が根拠になります。
フリーランス保護法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律・2024年11月施行)
業務委託の発注者(クライアント・エージェント)は、受託者(フリーランス)が消費税の課税事業者になることを理由として、委託料を一方的に引き下げることが禁止されています。言い換えれば、「インボイスに登録したからといって委託料を下げることはできない」という保護が法律で明文化されています。
この法律の対象となる「フリーランス」は、従業員を雇用しない個人事業主(法人化している場合は、役員が1名だけの法人)です。エンジニア・デザイナー・ライターの多くがこれに当てはまります。
下請代金支払遅延等防止法(下請法)・独占禁止法
消費税の「転嫁拒否」(消費税分の上乗せを受け付けない・消費税相当額の値引きを要求する等)は、下請法違反または優越的地位の濫用(独占禁止法)として禁止されています(公正取引委員会「消費税の転嫁に関するFAQ」より)。
クライアントが大手企業で資本金が一定以上の場合は下請法の対象になる可能性があります。規模の小さいクライアントとの取引でも、独占禁止法の「優越的地位の濫用」に当たる場合があります。
相談・通報窓口
- フリーランス・トラブル110番(フリーランス保護法):フリーランス保護法に関する相談・あっせん・調停
- 公正取引委員会(転嫁拒否・下請法違反の申告)
- 中小企業庁(消費税転嫁に関する相談窓口)
値上げ相談が通りやすい金額の提示方法
「消費税分を単価に上乗せしてほしい」というときに、相手が受け入れやすい伝え方は「いくら上げてほしいか」を具体的に示すことです。
計算の考え方:
月単価(税込)55万円(税抜50万円)の場合、受け取り消費税は5万円です。2割特例で納税していた年間約12万円(月1万円)が、3割特例になると年間18万円(月1.5万円)に増加します。この差額5,000円〜を1か月分として換算し、「月額5,000円の調整をお願いしたい」という形で伝えると、相手も計算が追いやすくなります。
ポイントは「消費税の増加分だけを上乗せしてほしい」という論点に絞ることです。スキルの市場価値向上の交渉とは別の話として提示すると、相手も判断しやすくなります。
交渉のタイミング
消費税の値上げ相談は、実際に増加する前に行うのが基本です。
2027年分(3割特例)が適用されるのは2027年1月1日以降の取引です。2026年末(12月)までに相談・合意しておくと、2027年1月からの請求書に反映できます。
具体的には以下のタイミングが自然です:
- 契約更新のタイミング(多くのSES契約は3か月・6か月単位)
- 2026年秋〜年末の面談・連絡のタイミング
- 2026年12月の請求書送付時に「2027年1月分から〇〇円の調整をお願いしたい旨」を添えて送付
更新のない継続案件でも、「来年1月からの消費税の変化について事前にご連絡したい」という形で連絡することは相手にとって迷惑ではなく、むしろ丁寧な対応として受け取られることが多いです。
フリーランス保護法で言える・言えないこと
フリーランス保護法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)を根拠にする場合、正確に理解しておくべき点があります。
言えること:
- 「インボイス登録によって消費税負担が増えたため、委託料の増額をお願いしたい」
- 「消費税の課税事業者になったことを理由に委託料を下げることは、フリーランス保護法で禁止されています」
言えないこと・注意点:
- フリーランス保護法は「下げてはいけない」という規制であり、「上げなければいけない」という強制ではありません。増額を義務付けるものではなく、交渉の根拠として使うものです。
- 消費税分を超えた単価アップ(スキル向上分・物価上昇分)は、この法律の射程外の別交渉になります。
文書(相談シート)を使う理由
口頭やメッセージだけで伝えると、「具体的にいくら?」「計算の根拠は?」を口頭で補足し続ける必要があります。A4の相談シートを添付することで、次の効果があります。
- 担当者が上長に持ち回るときに、そのまま説明資料として使える
- 「2026年・2027年・2028年・2029年以降」の税額を一覧で見せられるため、増加が漸進的であることが伝わる
- 法律の根拠(フリーランス保護法・消費税法)を明記できるため、感情的な値上げ要求でないことが伝わる
メールに添付して「ご確認いただいた上でご返答をいただけますと幸いです」という形で送ると、相手も判断しやすくなります。
SES・エージェント経由の場合の注意点
SESエンジニアがエージェント(派遣会社・SES会社)を通じて案件に入っている場合、消費税の相談先はクライアント(実際の現場の会社)ではなく、契約を結んでいるエージェントです。
エージェントとの契約書に「消費税別」と書かれているかどうかを確認し、「インボイス登録によって実質的に発生する消費税負担の増加分を、単価に反映してほしい」という形で相談します。
エンド(現場の会社)と直接やり取りして単価交渉すると、エージェントとの契約関係上問題になることがあります。窓口はエージェントです。
デザイナー・ライターの相談の進め方
単発案件が多いデザイナー・ライターの場合、「次回から消費税を加味した金額にしたい」という伝え方が自然です。
たとえば、これまで税込1.1万円(税抜1万円)で1本受けてきた記事の場合、消費税(1,000円)の2割特例期間は200円の納付でした。3割特例になると300円に増えます。この100円を次の発注から上乗せしてほしいという相談になります。金額が少ない場合は「5本ごと」「月まとめ」などの交渉も現実的です。
既存のクライアントに対しては、「先日インボイスについてお知らせした通り、来年1月から消費税の変化があります。次回の御見積から反映させていただいてよろしいでしょうか」という形で確認を取るのが丁寧です。
よくある質問
Q. 相談して断られた場合はどうなりますか?
断られたとしても、クライアントが義務として応じなければならない性格のものではありません(フリーランス保護法は「下げてはいけない」という規制)。断られた場合は、他のクライアントや案件を探す判断や、消費税負担を加味した上で継続するかどうかを決めることになります。
Q. 逆に「インボイスに登録しないなら取引しない」と言われました。
インボイス登録は任意です。ただし登録しない場合、クライアントが仕入税額控除をできなくなる割合が2026年10月以降は30%、2028年10月以降は100%になるため、クライアント側のコスト負担が増えます。「免税のまま・消費税相当分の値引きを求められる」か「インボイスに登録・消費税分を上乗せ請求する」かを比較して判断することになります。
Q. 消費税分だけでなく、賃上げ分も一緒に相談してよいですか?
同時に相談することは問題ありませんが、「消費税分(制度変更による追加負担)」と「スキル・経験に基づく単価見直し」は別の根拠に基づく交渉です。一緒に送る場合は明確に分けて記載することで、相手が判断しやすくなります。
自分の数字で相談シートを作る
年間売上・経費を入力すると、年ごとの消費税の試算と、委託先への値上げ相談シート(A4・法律根拠入り)を生成できるツールを用意しています。試算は無料です。
→ 委託契約に消費税が含まれているか確認してから、インボイスの登録を判断する。フリーランスエンジニア・デザイナー・ライターの場合。
▶ フリーランスエンジニア・デザイナー・ライターのインボイス試算ツール
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出典:特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(2024年11月施行)・消費税法附則第51条の2・消費税法附則第52条・第53条・公正取引委員会「消費税の転嫁に関するFAQ」・国税庁「令和8年度 税制改正特集」。本記事の内容は執筆時点の情報に基づきます。詳細は税務署・弁護士・税理士にご確認ください。


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