- 語用論の基礎(発話行為理論・協調の原則・ポライトネス理論)——登録日本語教員 基礎試験で頻出
- 発話行為理論(Speech Act Theory)——オースティンとサール
- グライスの協調の原則(Grice’s Cooperative Principle)
- ポライトネス理論——ブラウンとレヴィンソン
- 日本語の語用論的特徴——間接発話行為と依頼表現
- 語用論的転移——L1の語用論的規則の干渉
- 異文化コミュニケーション——語用論的失敗
- 指導上の重要点——語用論的能力の育成
- 試験対策ポイント
- よくある質問
- コンテクストと語用論——場面・参加者・チャンネル
- 語用論的能力の評価——DCT(談話完成テスト)
- 談話標識——テクストをつなぐ語用論的表現
- まとめ
語用論の基礎(発話行為理論・協調の原則・ポライトネス理論)——登録日本語教員 基礎試験で頻出
登録日本語教員の基礎試験「言語と社会区分」および「言語と構造区分」では、語用論(Pragmatics)の基本概念が出題されます。語用論とは「言語が実際のコミュニケーション場面でどのように使われるか」を研究する分野で、発話行為理論・グライスの協調の原則・ポライトネス理論が核となります。
発話行為理論(Speech Act Theory)——オースティンとサール
オースティン(Austin)とサール(Searle)が提唱した「発話行為理論」では、言語使用を「行為」として捉えます。
| 発話行為の種類 | 概念 | 例 |
|---|---|---|
| 発語行為(Locutionary Act) | 言語的な発話そのもの——文字通りの意味の発声 | 「ドアを閉めてください」という文を発する |
| 発語内行為(Illocutionary Act) | 発話によって行う行為——依頼・命令・約束・謝罪等の機能 | 「ドアを閉めてください」は依頼という行為 |
| 発語媒介行為(Perlocutionary Act) | 発話が相手に与える効果・結果 | 相手が実際にドアを閉める |
発話行為の分類(サール)
サール(Searle)は発語内行為を5種類に分類しました。
- 断定(Assertives):事態を述べる——「今日は雨だ(情報の伝達)」
- 指令(Directives):相手に行為を求める——「窓を開けてください(依頼・命令)」
- 行為拘束(Commissives):話者自身が行為を約束する——「明日来ます(約束)」
- 表現(Expressives):感情・態度を表す——「ありがとうございます(感謝)・すみません(謝罪)」
- 宣言(Declarations):発話によって状態が変化する——「結婚を宣言します(宣言)・解雇します(通告)」
グライスの協調の原則(Grice’s Cooperative Principle)
グライス(Paul Grice)の「協調の原則(Cooperative Principle)」は「会話の参加者は互いに協力して意思疎通を達成しようとする」という原則です。この原則は4つの「格率(Maxims)」から構成されます。
| 格率 | 内容 | 違反した場合の含み(Implicature) |
|---|---|---|
| 量の格率(Quantity) | 必要な量の情報を提供する——過不足なく | 少ない情報を言ったとき→「他のことは言えない(隠している)」という含みが生じる |
| 質の格率(Quality) | 真実のことだけ言う——嘘や根拠のないことは言わない | 皮肉(逆のことを言って含みを出す)はこの格率への意図的な違反 |
| 関連性の格率(Relation) | 話題と関連することを言う | 唐突な話題転換→「答えたくない(会話の終了を望む)」という含みが生じる |
| 様態の格率(Manner) | 明確・簡潔・秩序ある表現を使う | 曖昧・冗長な表現→意図的な含みが伝わる |
会話の含意(Conversational Implicature)
グライスの重要な概念が「会話の含意(Conversational Implicature)」です。「言葉の字義的な意味以上の意味」が格率への違反・遵守から生じます。
- 「今日、来られますか?」→「ちょっと……(言い淀み)」:量の格率を意図的に破ることで「断り」の含意が生じる
- 「お茶でいいですか?」→「お茶で結構です」:「結構です」は「断り」にも「承諾」にも取れる——日本語の語用論的曖昧さ
ポライトネス理論——ブラウンとレヴィンソン
ブラウン(Brown)とレヴィンソン(Levinson)の「ポライトネス理論(Politeness Theory)」は、「人は誰もフェイス(Face)を守りたいという欲求を持つ」という考え方に基づいています。
- フェイス(Face):他者との関係における自己のイメージ——ポジティブフェイスとネガティブフェイスの2種類
- ポジティブフェイス:「承認されたい・認めてほしい」という欲求——「さすがですね(称賛)」はポジティブフェイスを満たす
- ネガティブフェイス:「邪魔されたくない・自律したい」という欲求——「〜していただけますか(依頼の丁寧化)」はネガティブフェイスへの脅威を軽減する
フェイス侵害行為(Face Threatening Acts:FTA)
依頼・命令・断り・批判などの発話はフェイスを脅かす行為(FTA)となります。ポライトネス方略はFTAによるダメージを軽減するために使われます。
- ポジティブポライトネス:相手のポジティブフェイスを守る——「一緒にやりましょうか(連帯感の強調)」「さすがですね(称賛)」
- ネガティブポライトネス:相手のネガティブフェイスへの侵害を最小限にする——「もしよろしければ(条件づけ)」「〜していただけると助かります(依頼の間接化)」
日本語の語用論的特徴——間接発話行為と依頼表現
日本語は語用論的に「間接性」が特徴的です。特に依頼・断り・批判などのFTAを含む発話では間接表現が多用されます。
- 「暑いですね(窓を開けてほしい)」:直接依頼ではなく状況の説明で間接的に依頼する——英語話者は文字通りに解釈して「はい、暑いですね」と返してしまう
- 「ちょっと……(断り)」:「ちょっと難しい」という言いかけで断りを含意する——日本語の特徴的な間接断り
- 学習者の語用論的転移:L1英語話者は日本語でも直接的な表現を使いがちで、日本語話者から「無礼・失礼」と受け取られることがある
語用論的転移——L1の語用論的規則の干渉
L2学習者が母語(L1)の語用論的規則をL2に当てはめてしまう現象を「語用論的転移(Pragmatic Transfer)」と言います。
- 正の転移(Positive Transfer):L1の語用論的規則がL2でも有効で習得を助ける場合——日本語・韓国語はどちらも間接表現を重視するため、韓国語話者が日本語の間接依頼を習得しやすい
- 負の転移(Negative Transfer/Pragmatic Interference):L1の語用論的規則がL2で不適切になる場合——英語では依頼を直接表現するのが普通(”Can you close the window?”)だが、日本語では間接表現が期待される場面で直接依頼を使ってしまう
語用論的転移は文法的な誤りと違い、外見上は正確な文法でありながら「不自然・失礼」な発話になるため、発見・指摘が難しいという特徴があります。
異文化コミュニケーション——語用論的失敗
語用論的失敗(Pragmatic Failure)は、文法的には正しくても語用論的に不適切な発話によってコミュニケーション上の問題が起きることです。日本語教育の文脈では次のような例があります。
- 「あなたは太りましたね(挨拶のつもりで体の変化を言った——日本では不適切)」——L1中国語話者の語用論的転移(中国語では体の変化を挨拶的に述べることがある)
- 「ちょっと……(言い淀む)」の断りを「理解できなかった」と解釈する——L1英語話者が日本語の間接断りを理解できない
異文化コミュニケーション教育(Intercultural Communication Education)では、語用論的違いを「正しい/誤り」ではなく「異なる文化的規範」として教える視点が重要です。
指導上の重要点——語用論的能力の育成
- コミュニカティブ能力の「社会言語的能力(Sociolinguistic Competence)」に語用論的能力が含まれる——文法が正確でも語用論的に不適切な発話は「失礼」「不自然」と受け取られる
- 依頼・断り・謝罪・感謝などの「スピーチアクト」を場面別に指導する——ロールプレイが有効
- 日本語の間接性(ちょっと……)を明示的に教えないと語用論的転移が起きやすい
- 語用論的失敗は文法の誤りと違い「正しいのに不自然・失礼」という問題——気づかせにくいため明示的指導が必要
試験対策ポイント
- 発話行為理論(オースティン・サール):発語行為・発語内行為・発語媒介行為の3区分と発語内行為の5分類
- グライスの協調の原則と4格率(量・質・関連性・様態)——格率への違反から会話の含意が生じる
- ポライトネス理論(ブラウン・レヴィンソン):フェイス・FTA・ポジティブ/ネガティブポライトネス
- 日本語の語用論的特徴——間接性・「ちょっと……」の断り・状況説明による間接依頼
よくある質問
Q. 語用論と文法の違いは何ですか?
文法は「文の正確さ(文法的かどうか)」を扱いますが、語用論は「発話の適切さ(場面・相手・目的に合っているか)」を扱います。「窓を開けろ(命令形)」は文法的に正しいですが、上司に言うと語用論的に不適切です。コミュニカティブ能力の育成では、文法能力だけでなく語用的能力(いつ・何を・どのように言うか)の指導も必要です。
Q. 「フェイス」とは日本語の「面子」と同じですか?
ブラウンとレヴィンソンの「フェイス(Face)」は、ゴフマン(Goffman)の社会学的概念に由来し、「他者との相互作用において自己が守ろうとする公的なイメージ」を指します。日本語の「面子(メンツ)」は主にネガティブフェイス(邪魔されたくない・批判されたくない)に近い概念ですが、フェイスはポジティブフェイス(認められたい)とネガティブフェイスの両方を含む広い概念です。
コンテクストと語用論——場面・参加者・チャンネル
語用論では「コンテクスト(Context:文脈・場面)」が発話の意味を決定する重要な要素です。コンテクストの要素を整理します。
- 物理的コンテクスト:発話が行われる場所・時間・周囲の状況
- 参加者の関係:話者と聞き手の社会的関係(上下・親疎・役割)——同じ「開けてください」でも上司から部下へ vs 部下から上司へで異なる語用論的解釈
- 先行コンテクスト(Discourse Context):直前の発話——「今日は暑いですね」の後に「窓を開けてください」と言うのとなしに言うのでは意味が違う
- 文化的コンテクスト:L1の語用論的規則——「ありがとう」の使い方、断りの間接性
語用論的能力の評価——DCT(談話完成テスト)
語用論的能力の評価には「DCT(Discourse Completion Task:談話完成テスト)」がよく使われます。DCTは「場面と状況を提示し、その場面での発話を記述させる」テスト形式です。
- 書き取りDCT:「上司に仕事を断る場面」の場面設定を読んで、適切な日本語を書く——語用論的能力の産出面を評価
- 選択肢DCT:複数の発話選択肢(依頼表現の丁寧度が異なる選択肢等)から最も適切なものを選ぶ——語用論的能力の知識面を評価
DCTの限界として「書き言葉による発話の再現は実際の発話とは異なる可能性がある」という点があります。実際の発話場面を録音・分析する「発話収集法(Role Play)」と組み合わせることで、より妥当な評価ができます。
談話標識——テクストをつなぐ語用論的表現
「談話標識(Discourse Marker)」とは「テクストの流れを整理する役割を持つ語・表現」のことで、語用論的な機能を果たします。
- 導入・列挙:「まず・次に・最後に・一方で・それから」——情報を順番に提示する
- 対比・転換:「しかし・ところが・だが・一方」——前の発話と逆の内容を示す
- 付加・補足:「また・さらに・それに・加えて」——情報を追加する
- まとめ・結論:「つまり・結局・要するに・したがって」——内容をまとめる
- 話題転換:「ところで・それはそうと・話は変わりますが」——新しいトピックに転換する
L2学習者は会話・ライティングで談話標識を使わないか、使い方が不適切(場面に合わない接続表現を使う)ことが多い。談話標識の体系的な指導はスピーキング・ライティングの流暢性・自然さを高めるために重要です。
まとめ
- 語用論は「言語が実際のコミュニケーション場面でどのように使われるか」を研究する——文法能力だけでなく語用論的能力が必要
- 発話行為理論(オースティン・サール):発語内行為(依頼・命令・約束・感謝・宣言)が日本語教育で特に重要
- グライスの4格率(量・質・関連性・様態)への違反から会話の含意(Implicature)が生じる
- ポライトネス理論:フェイスを守るための方略——日本語の間接表現はネガティブポライトネスと深く関わる
- 日本語の語用論的特徴(間接性・「ちょっと……」の断り)は明示的指導がないと習得が難しい
登録日本語教員の基礎試験対策には、AI問題集で繰り返し問題を解いて語用論の知識を定着させましょう。

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