コミュニカティブ・ランゲージ・ティーチング(Communicative Language Teaching / CLT)は、現代の外国語教授法の中心的なアプローチです。文法の正確さだけでなく、実際のコミュニケーションで使える言語能力を育てることを目標とします。この記事では、CLTの基礎理論と主な教授法の特徴・違いを整理します。
教授法の変遷:なぜCLTが主流になったか
現代のCLTを理解するためには、過去の教授法との対比が役立ちます。
文法訳読法(Grammar-Translation Method)
19世紀から長く使われてきた方法で、外国語の文法を詳しく説明し、目標言語のテキストを母語に翻訳することを中心に行います。読解・文法知識の習得には有効ですが、話す・聞くという実際のコミュニケーション能力が育ちにくいと批判されました。
オーディオリンガル法(Audio-Lingual Method)
1950〜60年代に行動主義心理学(B.F.スキナー等)の影響を受けて発展した教授法です。正しいパターンを繰り返し練習することで言語の習慣を形成しようとします(ミム・メム:Mimicry-Memorization・パターン練習)。
- 利点:発音・文型の正確さを繰り返しで定着させやすい
- 限界:創造的・柔軟なコミュニケーション能力が育ちにくい。チョムスキーの生成文法(言語は習慣ではなく規則から無限に文を生成できる)による批判を受けた
コミュニカティブ・アプローチへの移行
1970〜80年代にかけて、「実際のコミュニケーションで使える言語能力(Communicative Competence)」を育てることを重視するアプローチが主流になりました。ハイムズ(D. Hymes)が提唱した「コミュニケーション能力(Communicative Competence)」の概念(文法的能力だけでなく、社会的に適切に言語を使う能力も含む)がCLTの理論的基盤になっています。
コミュニカティブ能力(Communicative Competence)の構成要素
カナール&スウェイン(Canale & Swain)が整理したコミュニカティブ能力の4つの構成要素:
| 構成要素 | 内容 |
|---|---|
| 文法的能力(Grammatical Competence) | 語彙・文法・発音・文字などの言語規則の知識 |
| 社会言語的能力(Sociolinguistic Competence) | 場面・相手・目的に応じた適切な言語使用の知識(丁寧さ・フォーマル度の調整等) |
| 談話的能力(Discourse Competence) | 文と文をつなげてまとまりのある会話・文章を構成する能力(接続詞・代名詞の使い方・話題の展開等) |
| 方略的能力(Strategic Competence) | コミュニケーションの障害を乗り越えるための方略(言い換え・言い直し・ジェスチャー・「何と言いますか?」と聞く等) |
CLTの目標は文法的能力だけでなく、4つの能力をバランスよく育てることです。
CLTの主な特徴・原則
- 意味・内容中心:形式(文法・発音の正確さ)より、意味が通じることを重視する
- 実際のコミュニケーションを模倣したタスク・活動:ロールプレイ・インフォメーション・ギャップ活動・ディスカッション等
- 学習者中心:教師が一方的に教える(Teacher-centered)より、学習者同士の対話・活動が多い
- 誤りに対する寛容:流暢さ(Fluency)を優先する場面では誤りをすぐ訂正せず、コミュニケーションを続けさせる
- 本物の言語(Authentic Language)の使用:教科書の作文例だけでなく、実際に使われる自然な表現・場面を導入する
CLTの主な活動:インフォメーション・ギャップ
インフォメーション・ギャップ(Information Gap)活動は、2人以上の学習者がそれぞれ異なる情報を持ち、お互いに情報を交換して課題を達成するタスクです。「本物のコミュニケーション」が発生するため、CLTを代表する活動の一つです。
例:「AさんとBさんがそれぞれ時刻表の一部を持っていて、お互いに質問しあって完全な時刻表を完成させる」→情報を得るために実際に質問・答えるコミュニケーションが必要になる。
タスク基盤教授法(TBLT:Task-Based Language Teaching)
TBLTはCLTをさらに発展させた教授法で、タスク(現実の言語使用に近い課題)を中心にコースを設計します。ウィリス(J. Willis)のTBLフレームワーク(Pre-task→Task→Language focus)が知られています。
- Pre-task(タスク前):タスクに必要な語彙・文法を導入・準備
- Task(タスク本体):学習者がペア・グループでタスクを遂行し、発表・報告
- Language focus(言語フォーカス):タスク中に使われた言語表現を振り返り、文法・語彙の確認
ナチュラル・アプローチとクラッシェンの入力仮説
スティーブン・クラッシェン(S. Krashen)は言語習得に関する影響力の大きい理論を提唱しました。クラッシェンの「入力仮説(Input Hypothesis)」は「学習者の現在のレベル(i)より少し難しい入力(i+1)が理解可能なインプット(Comprehensible Input)として与えられると言語習得が促進される」というものです。
- 習得・学習仮説(Acquisition-Learning Hypothesis):自然な習得(Acquisition)と意識的な学習(Learning)は別のプロセス
- モニター仮説(Monitor Hypothesis):意識的な文法知識(学習で得たもの)は発話の前後に「モニター」として機能するが、流暢な会話では作動しにくい
- 情意フィルター仮説(Affective Filter Hypothesis):不安・やる気の低下・自信の欠如が言語習得を妨げる「情意フィルター」として機能する
クラッシェンの理論への批判:「習得」と「学習」の明確な区別が難しい・文法指導の効果を過小評価しているという批判がある。現代のCLTはクラッシェンの入力仮説の影響を受けつつも、明示的な文法指導(意識的な学習)の有効性も認めている点が特徴です。
フォームフォーカスト・インストラクション(FFI)
CLTは「流暢さ重視で文法を後回しにする」という誤解がありますが、現代のCLTでは形式(文法・語彙・発音)への注意(Form-focus)を組み込むことが一般的です。
- フォームフォーカスト・インストラクション(Form-Focused Instruction / FFI):コミュニケーション活動の中で必要な文法・語彙に焦点を当てた指導を組み込む方法
- フォーカス・オン・フォーム(Focus on Form):コミュニケーション活動中に問題が生じたときに、その都度文法・語彙の説明を行う
- フォーカス・オン・フォームズ(Focus on Forms):文法項目ごとに体系的に指導する(オーディオリンガル法に近い形式)
主な教授法の比較
| 教授法 | 主な特徴 | 時代 |
|---|---|---|
| 文法訳読法 | 文法説明+翻訳練習。読解・文法知識の習得に有効 | 19世紀〜 |
| オーディオリンガル法 | パターン練習・繰り返し。発音・文型の正確さ | 1950〜60年代 |
| サイレント・ウェイ | 教師は沈黙し、学習者の気づきを誘導する | 1970年代〜 |
| TPR(全身反応教授法) | 体を動かしながら命令形・動詞を習得する | 1970年代〜 |
| コミュニカティブ・アプローチ(CLT) | コミュニケーション能力全体を育てる | 1970〜80年代〜現在 |
| TBLT(タスク基盤教授法) | 現実のタスクを中心にコースを設計 | 1990年代〜現在 |
日本語教育でよく使われるその他の教授法
TPR(Total Physical Response / 全身反応教授法)
アッシャー(J. Asher)が提唱した教授法です。「立ってください・座ってください・ドアを開けてください」という命令に体で反応させることで、動詞・行動に関わる語彙を身体的な記憶と結びつけて習得させます。初級・子ども向け・行動・動作に関わる語彙の導入に特に有効です。
内容言語統合型学習(CLIL:Content and Language Integrated Learning)
CLILは内容(科学・社会・文化等)を日本語で学びながら、言語能力も同時に育てるアプローチです。「日本語で料理を学ぶ・日本語で歴史を学ぶ」という形式で、言語と内容の学習を統合します。日本語学習の動機付けが高い場合に有効です。
ストーリー・テリング(TPRS:Teaching Proficiency through Reading and Storytelling)
繰り返しの多い簡単な物語(ストーリー)を使って語彙・文法を自然に習得させる方法です。理解可能なインプット(クラッシェンの入力仮説と共通)を物語という楽しい文脈で提供します。
「正確さ(Accuracy)」と「流暢さ(Fluency)」のバランス
CLTの授業設計では「正確さ(Accuracy)」と「流暢さ(Fluency)」をどのように組み合わせるかが重要な課題です。
- 正確さ重視の活動:文法ドリル・誤り訂正・フォーカス・オン・フォームズ。語彙・文法の正確な知識を身につける
- 流暢さ重視の活動:コミュニカティブなタスク・ロールプレイ・ディスカッション。文法の誤りをその場で訂正せず、コミュニケーションを続けさせる
スウェイン(M. Swain)の「産出仮説(Output Hypothesis)」は、言語を産出(話す・書く)することで理解可能なインプットだけでは習得できない形式上の知識が活性化されるという主張です。クラッシェンのインプット重視への批判として提唱されており、現代のCLTでは「インプット(理解)+アウトプット(産出)」の両方を組み込むことが重要とされています。
登録日本語教員試験との関連
基礎試験「日本語の教育(教育)」区分では、各教授法の特徴・CLTのコミュニカティブ能力の構成要素・タスク基盤教授法の特徴に関する問題が出題される可能性があります。特に「文法訳読法・オーディオリンガル法・CLT・TBLTの違いを説明する問題」「コミュニカティブ能力の4要素(文法的・社会言語的・談話的・方略的)の説明問題」は重要なテーマです。
よくある質問
Q. CLTでは文法を教えなくていいのですか?
CLTは文法を「教えない」のではなく、文法を「コミュニケーション能力の一つの構成要素として位置づけ、コミュニケーション活動と組み合わせて教える」アプローチです。現代のCLTではフォームフォーカスト・インストラクションを組み込むことが一般的で、文法・語彙の正確さも重視されます。
Q. インフォメーション・ギャップ活動を設計するコツは?
「お互いが持っていない情報がある」という状況を作ることが重要です。両方が同じ情報を持っている状態では、コミュニケーションが発生する必然性がなくなります。また、タスクを達成するために「本当に話す必要がある」場面にすることで学習者の動機が高まります。
「気づき(Noticing)」の役割:ノーティシング仮説
シュミット(R. Schmidt)が提唱した「ノーティシング仮説(Noticing Hypothesis)」は、「学習者が言語の形式に意識的に気づくこと(Noticing)が言語習得の必要条件である」という主張です。
この仮説によれば、たとえ大量のインプットを受けても、学習者がその形式(文法・語彙)に気づいていなければ習得は起こりにくいとされます。CLTの授業でも「フォームに気づかせる」ための工夫(強調・繰り返し・入力強化等)が重要とされています。
- 入力強化(Input Enhancement):テキスト中の特定の文法形式を太字・下線・色で強調して学習者の注意を引く方法
- 気づき活動:「この文とこの文はどこが違いますか?」という形式の比較活動で学習者の気づきを促す
まとめ
- 教授法の変遷:文法訳読法→オーディオリンガル法→CLT(コミュニカティブ・アプローチ)
- コミュニカティブ能力:文法的・社会言語的・談話的・方略的の4構成要素
- CLTの特徴:意味・内容中心・実際のコミュニケーション活動・学習者中心・流暢さ重視
- TBLT:タスクを中心にコースを設計する。Pre-task→Task→Language focusの流れ
- 現代のCLTはフォームフォーカスト・インストラクション(FFI)を組み込み、文法の正確さも重視する
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「言語の教育」区分の全体対策については、こちらの記事もあわせてご覧ください。

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