サロンからインボイス登録を求められたとき、「登録しなければ取引を続けられない」と言われてすぐに動く人がいます。一方で、「なぜ求めるのかが分からないから、どう返事をしていいか分からない」という人もいます。
サロンが登録を求める理由は、感情的なものでも恣意的なものでもなく、消費税の計算の話です。その計算の内容を確認してから動くと、その後の交渉がずいぶん変わります。
サロン側の「控除できなくなる金額」とは何か
業務委託で美容師やネイリスト、アイリストとして働いている人がインボイスに登録していない場合、サロンは毎年支払う消費税の一部を控除できなくなります。これを「仕入税額控除の制限」といいます。
消費税の仕組みを簡単に言うと、サロンはお客さんから受け取った消費税のうち、業務委託料として外注先(美容師やネイリストなど)に支払った分を差し引いて、残りを国に納めます。これが「仕入税額控除」です。
インボイス制度が始まってから、この控除は「インボイス(適格請求書)を発行できる登録事業者への支払い」にしか使えなくなりました。登録していない人への支払いは、一定の割合だけしか控除できません。
具体的な割合は、時期によって変わります。
- 令和5年10月〜令和8年9月末:支払い消費税の80%まで控除できる
- 令和8年10月〜令和10年9月末:支払い消費税の50%まで控除できる(現在はここ)
- 令和10年10月〜令和12年9月末:支払い消費税の30%まで控除できる
- 令和12年10月以降:全額控除できなくなる
出典:消費税法附則第52条・第53条(インボイス制度の経過措置)
サロン側の計算を、数字で確かめる
たとえば、あなたがサロンから毎月22万円(税込)の業務委託料を受け取っているとします。税抜きでは20万円です。
サロン側から見ると、この22万円のうち2万円が消費税分にあたります。あなたがインボイスに登録していない場合、令和8年10月以降は、この2万円のうち1万円(50%)しか控除できません。残りの1万円は、サロンが上乗せで納税することになります。
月1万円、年間にすると12万円です。あなたとのやりとりだけでこの計算が発生します。サロンが複数の業務委託スタッフを抱えていれば、この数字は人数分積み上がります。
令和10年10月以降は控除割合が30%になるため、控除できない分はさらに増えます。月1万4千円、年間16万8千円です。令和12年10月以降は、2万円すべてが控除できなくなります。
この計算がサロン側の「なぜ登録してほしいのか」の実質的な理由です。感情の問題でも関係性の問題でもなく、サロンの税負担の話です。
この計算が分かると、交渉の入り口が変わる
サロンが負担する金額が計算で出ると、逆のことも計算できます。「インボイスに登録したとすれば、サロン側が控除できるようになる金額はいくらか」です。
この金額の一部を、業務委託料への上乗せとして相談するとき、「消費税分をお願いしたい」ではなく「登録することでサロン側の控除不可額が変わる。その分の一部を補填してほしい」という話し方になります。
根拠がある交渉には、根拠のある返答が返ってくる可能性が高くなります。「分からない」「今は無理」という返答が来たとしても、何を根拠に相談しているかが伝わった場合と伝わっていない場合では、その後の交渉の展開が違います。
「登録してほしい」と言われたとき、まず確認すること
サロンから「インボイスに登録してほしい」と言われたとき、返答の前にできることが一つあります。現在の業務委託料の税込・税抜の内訳を確認することです。
確認するのは「支払われている22万円(税込)の内訳」です。税抜20万円に消費税10%を乗せた22万円なのか、それとも22万円がそのまま税込の扱いで処理されているのかは、契約書や明細で確認できます。
業務委託契約書に消費税の記載がない場合は、取引開始時の書面や支払明細を見ます。明細に「消費税」の行が別立てで記載されているかどうかで、税込か税抜かが分かります。
フリーランス保護法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)では、業務委託をする側(特定業務委託事業者)は業務委託料や消費税相当額について書面または電磁的記録で明示する義務があります(同法第3条第1項)。2024年11月以降の取引に適用されます。明示がない場合は、書面での確認を求めることができます。
登録するかどうかは、自分の税負担と合わせて判断する
サロン側の計算が分かった上で、もう一つ確認するのは自分の売上と消費税の関係です。
インボイスに登録すると、これまで免税事業者として消費税を納めなくてよかった人は、消費税を納める必要が出てきます。
ただし、2022年10月〜令和8年分(個人は令和8年12月31日まで)は2割特例が使えます。納める消費税が売上にかかる消費税の2割になります。令和9年分からは3割特例(個人は令和9年・令和10年分が対象)になります。
たとえば年間の売上(税抜)が240万円なら、売上に含まれる消費税は24万円です。令和9年以降の3割特例では、24万円の30%=7万2千円が消費税の納付額になります。月6千円ほどの税負担増です。
この自分の税負担と、サロンに求める上乗せ分を合わせて、「登録する・しない」と「交渉をする・しない」を判断します。
計算を整理してから動く
サロンからの「登録してほしい」は、多くの場合、仕入税額控除の話です。計算の内容が分かれば、登録することで誰にどれだけの変化が起きるかが数字で見えます。
登録しない場合のサロン側の負担・登録した場合の自分の税負担・交渉で得られる可能性のある上乗せ分、この3つが揃うと、次に何をするかが決まります。
当サイトでは、美容師・ネイリスト・アイリスト向けに年ごとの試算が確認できるツールを公開しています。無料で使えます。
また、サロンへの相談の出し方については、こちらの記事で整理しています。
▶ 美容師・ネイリスト・アイリストが消費税の値上げをサロンに相談するとき
インボイスに関する消費税の計算や申告については、税務署や税理士にご相談ください。このツールと記事は試算と情報整理のためのものです。
